第197話 「元長官の戦い①」

 目の前で魔人が地に伏せ、自身の右腕を見ながら言葉にならない声を上げている。その表情は恐怖に染まり、奴は途中までしか無い右腕と僕を交互に見回した。

 僕が先程切って刎ねた腕の切断面では、リング状になった赤紫の霞が漂っている。再生の反応は、とうの昔に始まっている。にもかかわらず、奴の腕が元通りになろうという、その兆候はない。うっすらとした霞は、腕の形を取り始める前に霧散していく。

「何を、したんだ……」と声を震わせながら聞いてくる魔人に対し、僕は「質問に答えたらきちんと殺してやる」と答えた。すると魔人は、殺されなかった場合のことを想像したのか、顔を青ざめさせていく。


――僕の転移先は、だだっ広い草原の上空だった。最初に襲撃を受けた集落からは、そう遠くないポイントだ。

 当初の想定は、最初に襲われた集落が敵の手に落ちて拠点になっているというものだ。だから、そんな敵勢力の中心と思われる地域で、1人走っている人影を見たときには、少し困惑してしまった。言伝に遣わされた人間かもしれないし、あるいは魔人の伝令かもしれない。遠目には判別できなかった。

 結局、会って確かめようと近づき、いきなり襲われたのを返り討ちにし、今の状態になっている。ある程度の主導権を握っているとはいえ、敵国内で伝令を単独で遣うという連中の楽観と慢心には少し呆れたものの、好都合ではあった。


 すっかり顔が青くなって抵抗の気配も見せなくなった魔人に、僕は質問を投げつける。


「首謀者の名前は?」

「……デュラン」

「お前の所属は?」


 すると奴は驚愕に満ちた顔でこちらを向いた。それから、取り繕うかのように「何のことだ?」と聞き直してくる。


「魔人の上の方に5つ指導者がいるだろう。お前はいずれかの指導者の配下なのか、あるいはそうではないのか」

「……所属は、ない」


 ごまかすのをやめた奴の口調は、重く苦々しいものだった。所属なしの魔人が、連中の国ではその他大勢のような扱いを受けているのは知っている。そこからの脱却を目指しての、今回の襲撃と見れば、話の筋は繋がりそうではある。


「次の質問だ。今回の作戦に関わっている”名有り”と”徳あり”の、数と名前を答えろ」

「……! そ、それは」


 奴は即答せずに言い淀んだ。そんな奴に、僕は冷ややかな視線を投げかける。追加の苦痛を与えることはできるが、やりすぎれば反骨心が芽生えかねない。自ら口を割らせて、屈従させるほうが好ましかった。

 それから少し待つと、奴はためらいがちに口を開いた。


「名有りは、デュランしか知らない。徳も……たぶん、デュランだけだ」

「確かか?」

「徳があれば、どいつも自慢するから……」

「デュランの徳は?」

「……知らない」


 鞘から抜いた剣を、奴の顔に近づける。すると奴は恐れおののいて「本当に知らないんだ!」と叫んだ。そして、奴の体から徐々に色が失われていく。少しずつではあるが、精神の限界に近づいているようだ。腕の切断面の光も、先程までより薄ぼけたものになっている。

 首謀者の奴が、どういった徳を与えられているのかは、是非とも知っておきたかった。しかし、この様子では本当に知らないのだろう。奴が魔法庁に潜り込めた事実から察するに、おそらくは自分のマナの色を操ると言った感じの徳なのだろうが。

 首謀者の件は一端置いておいて、目の前の魔人に意識を移す。すると、魔人はすっかり憔悴しきっている。果てる前に情報を聞き出さなければ。


「近くに、お前たちが最初に襲った集落があるだろう。そこの現状を答えろ」

「……見張りが3人いる。住民の大半には、手をかけていない」

「いくらかは殺したのか?」

「そ、それは……抵抗しようとした奴、逃亡しようとした奴の大半は殺した。殺されてない奴は、集落の中心で磔になっている」

「見張りの力量は?」

「……俺達の中でも、強い方だ」


 おそらくは、今回の件に関わった中でも手練の方なんだろう。徳はなさそうだが、正確な力量のほどがわからないというのは少し問題だ。

 ただ、そのままにしておくわけには行かない。相手の侵略が失敗した際、帰り際に集落を焼き払うなどということは、十分に想像できるからだ。人質交渉のために、過度な殺生を控えているということもあるかもしれない。

 いずれにしても、1つ集落が敵の手にあるということが、こちら側にとっては重い枷になっている。すでに始まった戦闘で、押し返された連中が帰還するという可能性もある。情報を得るにせよ、見張りを倒して解放するにせよ、早く行動に移さなければ。

 そうして集落に行くことを決めた僕は、最後の質問を投げかけた。


「予告よりも早い攻撃だが、意図するところはあるのか?」

「それは……早くに仕掛けろという、命令はなかった。でも、控えろという厳命もない」

「首謀者にとって、この先走りは望ましいことなのか?」

「……わからない。でも、あいつにはみんな不信感を持っている。その現れだと見れば、好ましくはないと思う」

「お前もそのクチか」


 デュランについて話すときだけ少し口が滑らかになった奴は、僕の問いに対してわずかに口角を釣り上げた。

 問答はそれ以上だ。放って置いてもそのまま果てるだろうけど、約束は約束だ。もはや指一本動かすのもできないくらい疲弊しきった奴の背に、僕は剣を突き立てた。それからすぐに、体の色が消失して表面から砂が剥がれ落ちていく。

 そうして1人始末した僕は、例の集落に足を向けた。


 近づいていくと、中心で火が燃えているのがわかった。少し大きな焚き火程度で、家屋を損壊させようという類のものではない。

 さらに近づくと、火の近くで磔になった住民の姿と、火を囲むようにして待機している魔人の姿が見えた。広い広場の中に魔人が3人いて、それ以上の影や気配はない。ここまでは情報通りだ。では、どうするか?

 これ以上の情報となると、やはり交戦しないと得られないだろう。しかし、戦えば僕が死ぬか敵を全滅させるかというものになる。1人2人倒した程度では、生き残りが住民にきっと危害を及ぼすだろうから。一旦戦い始めたのならば、住民の安全のためには殲滅しかありえない。

 しかし、3対1というのは初めてだ。こういう作戦に使われる程度の奴だから、数合わせの可能性はある。それに、3人の中に例の首謀者は見当たらない。おそらく、場所が割れている拠点というものを嫌ったからだろう。そちらに戦力が控えていると見るならば、こっちのはそんなに強くないかもしれない。

 まぁ、どこまで行っても憶測でしか無いのはわかっている。あとは自分を信じるだけだ。あるとも思えないけど、伏兵などの不確定要素に対応できるよう気を張りつつ、僕はさらに歩を進めた。


 集落の境界らしき色の違う土の道を踏んだところで、奴らのうちの1人が僕に気づき、話しかけてくる。


「おい、こいつがどうなってもいいのか?」


 奴は下卑た笑顔を浮かべ、磔になった男性の頬を左手の剣の峰で叩いた。どうも双剣使いらしい。双剣にしては、剣が少し長めに見えるが。

 一方、磔になっている男性は、まだかろうじて生きているようだ。彼は苦渋に満ちた表情で僕に向けて顔を上げ、枯れたかすかな声で「逃げろ」と言った。その言葉に、双剣使いがニタニタ笑う。


「だってよ、どうする?」

「それを人質にしているつもりなら勘違いだ。こちらの基準では死人の部類に入る」

「ハッ、面白いじゃねえか。お前も、俺達の基準じゃ死人みたいなもんだけどなぁ?」

「お留守番の仕事は吠えるだけか? 楽でいいな」


 双剣使いは、言い返してこなくなった。笑顔はますます凶悪な感じになり、目は血走っている。そして、少しずつ僕との距離を詰めてくる。

 仲間の1人が挑発にかかったことに、槍を持つ魔人はため息をついた。残りの1人は長剣使いで、腰に携えた鞘に剣を納めたまま、僕に向けて腕を構えて魔法の準備をしている。

 じりじり詰め寄ってくる双剣使いは、「お前らは手を出すなよ、俺の獲物だ!」と叫んだ。槍使いは即座に言い返す。


「バカか! 伏兵のことぐらい考えろ!」

「いたら今頃、お前らは砂になってるよ」

「ハッ、言ってろ!」


 まとめ役らしき槍使いは、それ以上何も言わずに歩き出した。そして、長剣使いに目配せして別方向へ動かす。3人で包囲するつもりらしい。

 僕は少し早足で、民家の前に移動した。すると槍使いと長剣使いが歩を止めた。民家と民家の間の空間は暗く、いかにもな雰囲気が漂っている。伏兵がいないと僕は言ったものの、それを真に受けるような奴らじゃないだろう。双剣使い以外は慎重派のようで、僕を円で囲うのを諦め、物影を避けて扇状に囲うことを選んだ。それは、僕にとって好都合な選択だ。

 とはいえ、やはり3対1には変わりない。魔人の集団戦なんて、普通は互いの力を十全に発揮できないから、そこまでのものではないと思うが。

 民家を背にした僕に、少しずつ近寄ってきた双剣使いは、普通の剣の間合いよりもずっと遠いところで立ち止まった。それから身を屈めて、突撃の準備体制を取る。すると、奴のズボンから赤紫の光が漏れ出た。

 そして……思っていたよりも、速度のある突撃をしかけてきた。ちょっと早まったかな。みるみるうちに近づく凶悪な笑みと刃を見ながら、僕はそんなことを思った。

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