第171話 「帰ってからも本番②」

 俺達実験組の代表として立ち上がったウォーレンは、室内に居並ぶ錚々たるお歴々の顔ぶれに一瞬気圧されたかのように見えたけど、彼は胸を張って朗々とした声で述べた。


「瘴気への対抗策としての魔道具開発になりますが、実際に防ぐべき瘴気の発生源がありませんので、まずは代用として赤もしくは紫のマナを用いた実験の許可を」

「なるほど。工廠としては妥当な要求ですが」


 所長さんは部下の要求に賛同し、判断を魔法庁に委ねた。

 赤や紫のマナを魔道具として使う場合、技術面よりもむしろ文化的なものが理由となって否認されることが多いそうだ。特権的な力を民間に広めることで、社会上層の方々への敬意が損なわれるのではないか、そういう懸念があるわけだ。そうして社会基盤が揺らげば、事は一国で収まらない危険もある。

 話を向けられた侯爵閣下は、渋面になって考え込まれた。補佐のエリーさんは何も言わなかったけど、他の魔法庁幹部の方々は小声で話し合っている。それが浮足立っている感じにも見えた。

「この場で許可を出すというわけにもいきません。持ち帰って審議に掛けさせていただきたく思いますが」と侯爵閣下が仰ると、ウォーレンは殿下に視線を飛ばして反応を伺った。


「当面は、橙か藍色で代用するしかないね」

「はっ」


 ウォーレンは殿下のお言葉にすぐ反応した。落胆した感じはない。

 実はこの件に関しては、王都への帰り道で話題に上がっていた。おそらくその場で許可は出ないと考えていたのが現実になったわけだ。即座に否定されるよりはマシと言える。今後の実験結果が、魔法庁の審議の判断材料になるかもしれないし。

 なので、この陳情については予想通りの結果に落ち着いた。喜びはしないけど、望みが絶たれたわけでもない。一方、次の陳情はもう少し危険な内容だ。先程よりもかなりこわばった感じになったウォーレンが口を開く。


「複製型を魔道具に使わせていただきたいのですが」

「……それは、普段もそうしているのではないか?」

「正確に申し上げますと、作りたい魔道具の外部に複製術を使って量産するということではなく、目的の魔道具の構造内に複製術を使いたいのです」

「それはつまり……複製術を内包した魔道具ということかね? 魔道具ができれば、一般人が禁呪を身にまとうことになると?」

「はい」


 無理もないことだけど、場が騒然となった。工廠の方はまだ落ち着いているように見えたけど、それでも戸惑いは見えたし、魔法庁の幹部の皆様のうろたえようはすごかった。そんな中、侯爵閣下は渋い顔で瞑目され、エリーさんは俺に困ったような微笑みを向けた。きっと、彼女は俺の差し金だろうと思っているんだろう。


 複製術を組み込むというのは、俺が工廠のみんなとの議論で口にして、それに食いついたみんなが現実的な組み合わせへと昇華した構想だ。その時は魔法庁のみんなも話には加わっていて、「まぁ無理だと思いますけど」と前置きしつつも、議論には積極的に口を出してくれていた。

 実験の場では、瘴気を吸うために収奪型を用いていた。しかし、強いマナを吸わされる生地への負担を考えると、いざというときの保険もほしい。そこで俺が思いついたのが複製術だった。核になる部分さえ生きていれば、後は壊れても構わない――むしろ壊れたほうが好ましくさえある――部分を、瘴気を吸わせて複製すればいい。

 もっとも、俺が知っているのは1世代6つ複製を作る基本のやつと、その世代を増やしていける拡張型みたいなやつだけだった。今回の魔道具では、繰り返し反応するやつがほしい。そういうのが確実に存在するという確証はなかったけど、あるんじゃないかという予感はあった。複製術の”本来の用途”ってのを考えれば、繰り返し使えて然るべきだからだ。

 そういうのが存在するとは、工廠と魔法庁のどちらの職員も明言はしなかったけど、暗黙の肯定があったようには思う。


 ウォーレンの陳情は、やはり物議を醸すものだった。しかし、殿下が彼の発言を受けても落ちいておられるという事実が、陳情を受けた皆様にはプレッシャーになったようだ。つまり、王族は容認していると。殿下は、明確に権力をちらつかせて首を縦に振らせるようなことは決してなさらないけど、この件に関してのご意思を強く示されている。

 殿下がおられなければ即座に却下された可能性が高い提言も、暗然とした後ろ盾を得たことで議論の余地を作ったようだ。部屋のざわつきが収まったところで、侯爵閣下が仰った。


「こちらも審議が必要かと。構想中の魔道具には、その価値を強く認めるところではありますが」

「お言葉ありがたく存じます。当座につきましては、複製術を使わずに開発を進めます」


 こちらも結局は予想通りの展開に落ち着いた。俎上に乗っただけでも儲けものだ。この後の判断次第ではあるものの、ウォーレンは満足げに着席した。

 続いて話題は今後の研究開発体制に移った。所長さんが話し始める。


「基本的には工廠職員の手で進めて参りますが、外部の方に意見を求めることもあるかと思われます。特に、例の実験に参加された方が対象です」


 所長さんの発言に殿下が「私もかな?」と仰ると、所長さんは笑顔で答えた。それから、所長さんは俺とお嬢様の方に視線を向けた。


「アイリス嬢とリッツ・アンダーソン殿には、当案件の顧問になっていただければと考えています。魔法庁で実験に参加された方につきましては、その代表者1人を顧問とするか、もしくは開発期間中出向していただければ」

「早急に検討し、対応させていただきます」


 所長さんと侯爵閣下がやり取りされる中、俺は自分に向けられた言葉を反芻していた。工廠の顧問っていうのは、どういうことなんだろう。

 頭の理性的な部分が色々と疑問を投げかけ、感情的な部分が妙な高揚感を味わっている中、所長さんは顧問に期待する役回りについて言及してくれた。

 つまるところ、工廠のみんなと一緒にネタ出しを手伝ってくれということらしい。それは、部外者かつ魔道具の素人に対しては無茶な要望に思われたけど、だからこそ非常識な突破口を見いだせるというのはあるかもしれない。魔法庁には迷惑かけそうだけど。

 お役に立てるかどうか、疑問に思う声も自分の中にはあったけど、自分が発案に関わった案件に今後も関われることへの嬉しさも確かにある。その場の皆様の視線に気後れしつつも、俺は顧問の役を謹んで受け入れることに。お嬢様も、もちろんオファーを快諾した。

研究に関わる人員についての話が済むと、話し合いは終了となった。最後に、ここまでと今後の協力について、所長さんから改めてお礼の言葉をいただき、照れくささを覚えながら俺達は部屋を出た。

 しかし、用件が全て終わったわけじゃない。顧問役を受け入れたということで、今後は工廠の本館に出入りすることになるわけだ。そのため、今から受付で入館証を作ってもらうことに。

 俺とお嬢様は入館証発行で受付に用があるから、殿下と魔法庁の職員の方々とはお別れかなと思っていたけど、魔法庁の方はまだ俺に用があるようだった。それとお嬢様にも。なので、入館証の発行が済むまで、工廠の外で待っていただくことに。

 殿下とは入り口でお別れする形になった。無言の笑顔で差し出された右手にうろたえてしまったけど、応じないのも無礼千万と思って握手した。


「色々無理を任せているみたいで済まないね」

「いえ、そのようなことは……ご期待に添えるかはわかりませんが、微力を尽くさせていただきます」

「ああ、頑張ってくれ」


 それから殿下は、お嬢様とも握手なされた。その時の会話は、よく聞こえなかった。頭がゆだっていたのかもしれない。王族の方から直に目をかけられていることへの、緊張と高揚が俺の中を満たしていた。

 お見送りを済ませた後、若干ふわついた足取りで受付に向かうと、受付の職員さんも俺と似たような感じでフワフワしていた。殿下がすぐそばにおられたからだと思うけど、立ち去られた後もそのままだったし、お嬢様に向けた彼女の視線には何か熱いものを感じた。

 そんな彼女には、既に話が行っていたようだ。見た感じの雰囲気とは裏腹に、手際よくテーブルの上に発行の準備をしつつ説明をしてくれた。

 今回の入館証は、正式なものではなく仮発行という形になる。いつお役目が解けるかはわからないけど、いずれ入館証を回収するとのことだ。あと、訪問の際には念のために受付にも顔を出してほしいとのこと。というのも、この件をまだ知らない受付もいるからだ。

 説明の後、用意していただいた書類に名前を書くと、ギルドの会員証を作ったとき同様に入館証が書類の上に浮かび上がり、先ほど書いた自分の名前が入館証に刻まれていった。そして、俺の手には青緑のマナが刻み込まれた入館証、お嬢様の手には紫のマナが刻み込まれた入館証が。

 発行手続きが終わると、受付の方は俺達に――どちらかというとお嬢様の方を向きながら――「またのお越しをお待ちしております!」と言って見送りしてくれた。その挨拶がちょっとおかしくて、俺は吹き出した。

 どうも、お嬢様はここの職員の方々から……なんというかアイドルみたいに扱われているようだ。頬を朱に染めながら彼女はそう教えてくれたけど、まぁ満更でもなさそうだった。貴族に向けられる畏敬や崇拝の念よりは、ずっと親しみが持てるからなんだろう。

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