第139話 「秋に買う水着」

 あの式以降、王都の雰囲気は少しずつ変わっていった。街路での人通りは徐々に増えていったし、店も少しずつ活気を取り戻していった。すぐに往時のような活況へ戻ったわけじゃないけれど、それでもあの式が王都のみんなに訴えかけるものがあったのは確かだと思う。

 ただ、ギルドの依頼があんまりないのは相変わらずだった。11月から国や魔法庁の上の方で大きな人事異動があるそうで、そのタイミングに合わせて商工会は自粛体勢を解除する予定らしい。それを受けてギルドへ依頼が従来どおりに舞い込むようになる。これまでの自粛ムードのせいで、抜け駆けするみたいに仕事を再開するのははばかられる店が多いため、だったら足並み揃えてということのようだ。


 10月17日昼頃。サニーの家で魔法を教えていた帰りに、王都の街路で冒険者の女の子2人組に声をかけられた。俺は向こうのことを詳しくは知らない。ギルドで顔を見たことはあるかな、程度の認識だ。なので、2人が互いに顔を見合わせた後、「主任!」とか呼んできたのにはびっくりしてしまった。


「どこでそれを?」

「あー、やっぱりマジで主任なんだ~」


 少し慌てふためく俺に対し、彼女たちは2人で少し会話した後、俺が主任だった――もしかしたら、魔法庁的には今も主任かも――ことを知った経緯について教えてくれた。

 あの式で、彼女たちは友人席にいたらしい。ネリーとは甘味処の開拓とか、舶来物の甘味の開拓とか、そういうのの仲間だそうだ。それで、あの式で紫のマナが新郎新婦を祝福しているのを見て、もしかして伯爵家のお嬢様が? と思い至ったとのこと。

 翌日ケーキをつっつきながらネリーに問いただすと、まさにそのとおりの回答を得た彼女たちだったけど、本来ならそこで話が終わるはずだった。


「その後ね、道で偶然お嬢様にお会いして」

「ねー」

「ちょっと、勇気出して聞いてみたの」

「聞いたって、何を?」

「どうして、式でああいうことをなされたのかって」


 それで立ち話も何だからと適当な茶店で、やっぱりケーキをつつきながら、お嬢様はあの式について色々お話したそうだ。魔法庁的な事情だの、社会的な事情だの……裏に色々な思惑はあったもの、一番の理由はネリーと友達だからというものだ。

 その発言は、平民の2人には衝撃的だったようだ。貴族のご令嬢と平民の娘が友達だなんて、と。でも、高嶺の花と思っていた相手がすごく気さくに話してくれたことに感激し、ネリーのことを羨ましく思ったそうだ。


「それで、私も自分の式でああやって祝福されたいです……って冗談のつもりで言ってみたんだけど」

「だけど?」

「お嬢様が、『私と友だちになったら、ですね。』って、すっごくいい笑顔で仰って」


 まぁ、そこでいきなり応諾するのはハードルが高かったみたいだけど、2人とも満更でもないようで、機会があればまたこうしてお茶でもしましょうってことになったそうだ。

 ……で、ああいう演出をお嬢様ご自身がお考えになったのか、そういう質問をした所、俺の名前が出たらしい。


「まさか、男の子の提案とは思わなくってさ」

「ケーキが喉につまりかけたよね」

「そこまでビックリする?」

「いやさ、すっごいロマンチストなんだな~って」


 目の前の女の子2人は、ニコニコしながらこっちを見てくる。視線が合うと、ドキドキしてしまった。背が低い、先にしゃべる方の子が話しかけてくる。


「また、ああいうことする?」

「ん~、魔法庁から請け負う感じでやる仕事みたいなもんだけど、今のところはそういう話はないかな」

「そっか。もし、私達にもその時が来たら、お願いね。主任さん」

「……仕方ないな~」


 つくづく、話の流れで安請け合いしてしまう自分を、ちょっと危なっかしく思いながらも了承してしまった。まぁ、俺の目論見通りお嬢様の友好関係は広がったようで、それは何よりだ。

 話はその後、ギルドの依頼のことになった。やっぱり目新しいものはないものの、ちょっとおもしろそうな研修の張り出しがあるそうだ。


「工廠の、ほうきの子が主催するんだって。興味はあるんだけど空歩エアロステップ使えるのが必須らしくて」

「私達は使えないんだよ~、リッツは?」

「俺は使えるけど……」

「よかったらどう? ヒマでしょ? それで、もし良かったら感想とか聞かせてほしいし」

「……そうだなー、とりあえず話だけでも聞いてみるよ」


 ほうきの子の研修ってことは、ちゃんと皆が乗れるようになるための、第一歩としてやることなんだろう。飛ぶことにも、研修内容自体にも、シエラの考えにも興味がある。俺は2人と別れて、ギルドへ向かった。


 ギルドに着くなり掲示板に目をやると、きれいな字で書かれた張り紙が目に止まった。

『ほうきで飛ぶための研修をやります。人数制限及び参加条件あり。空歩を使える方に限定しての募集です。興味がある方はギルドの受付まで。責任者:魔導工廠所属 シエラ・カナベラル』

 間違いなくこのことだろう。さっそく受付の方に聞いてみると、奥の事務室へ案内された。

 事務室ではシルヴィアさんが書類仕事をしていた。挨拶もそこそこに、彼女が用件に入る。


「ほうきで飛ぶための研修ってことなんですけど」

「はい」

「きっと、思ってらっしゃるのとは結構違いますから、まずはその話です」


 話によると、研修でほうきは用いないようだ。空中でほうきから振り落とされても大丈夫なように、まずは空歩をマスターするところから下積みする必要があるとのことで、今回の研修はそのためのものだそうだ。

 ほうきに乗れないのは少し残念だけど、シエラの考えあってのことなら納得できる。それに、空歩の練習法を教えてもらえるのなら良い話だ。ほうきに乗れないことを了承し、空歩が使える旨をシルヴィアさんに伝えると、研修のもう少し細かい話をしてもらえた。

 研修日は10月25日から1泊2日。場所は王都から8時間近く北西へ行ったところにある……温泉地だ。


「なんで温泉なんですか?」

「ですよね。もちろん、理由はあります。空歩で何度も落ちまくる想定の研修になるので、落ちても平気なように水の上でやる必要があるんです」

「あー、海じゃできないですね」

「今はちょっと寒いですから」


 そういうわけで、訓練法と参加人数を加味して白羽の矢が立ったのが件の温泉らしい。行ったことがあるというシルヴィアさんによれば、温泉地はかなり広大で、温泉ひとつあたりの湯量も豊富。大の大人が何人もはしゃぎ回っても問題ない程度の規模らしい。


「そんなにはしゃぎ回らないですよね?」

「一応、レクリエーションの意味もありますから。シエラちゃんもそう言ってましたし」


 温泉でのレクリエーションと聞いて、一瞬やましい想像をしかけた。まぁ、さすがに水着着用で研修するらしい。別に普通の着衣でもいいけど、どうせなら濡れてもいい服の方が良いとのことだ。

 なお、参加費用は諸経費込みで18000フロン。宿泊は温泉地にある保養施設になるので、その宿泊費込みでの金額だ。

 金額的にも条件的にも特に問題がなさそうなので、参加の意を伝える。問題は人数制限の方だけど、シルヴィアさんは大丈夫と請け負ってくれた。


「あんまり多くなりすぎると面倒見きれないからって言うことで、シエラちゃんが人数制限を設けたんですけど、まだ10人いくかどうかですから。30人ぐらいまでなら平気です!」


 久々に彼女と話す気がするけど、相変わらず元気でイキイキとしている。仕事熱心なのもあるだろうけど、話の感じからシエラと友人らしいので、たぶん友情面でのモチベーションもあるんだろう。

 研修には彼女も参加するとのことで、事務員としての随行かなと思っていたら、本当に空歩を使って研修に参加するって言うんで驚いた。


「空歩、使えるんですか」

「実は魔導師ランクCなんですよ、私!」


 えっへんと言わんばかりにふんぞり返るシルヴィアさんに、可愛らしさと畏敬にも似たものを感じた。

 彼女は、現地で戦うことはない。ただ、それでも冒険者がどういうことをしているのか理解するためにと、魔法を覚えて仕事に役立ててきたようだ。その縁で魔法庁の、特に庶務課やエリーさんとは、以前から結構な結び付きがあるようだ。

 そんな彼女は、控えめに言ってもワーカーホリックなんだけど、後ろ暗い感じはまったくない。たぶん、仕事が楽しくて面白くて仕方ないんだろう。

 話がまとまったところで、俺は彼女に礼を言って退出した。次は水着の調達だ。



 いざ水着を買うとなると、どこで買えばいいのか悩んだ。王都にも、さすがにスポーツ用品店なんてものは無い。たぶん、服屋にあるんじゃないか。あるいは港湾の店か、釣具店とかだろうか。

 結局、衣類で困ったらエスターさんに店に頼るのが手っ取り早い。店についた俺は、もはや馴染みになった店員さんに相談した。

 一言で水着と言っても結構色々あるようで、伝統的なのは上半身も着るタイプだそうだ。自転車部で着ている感じの格好に近い。俺が水着と聞いてイメージするのに近いサーフパンツ的なものは、ちょっと新し目で流行りのタイプとのこと。

 それで、どっちがいいんだろうか。最終的には店員さんのセールストークにお任せする形になった。


「冒険者の方にはパンツタイプが人気ですので、こちらのほうが露出が増えても目立ちにくいですね。着たまま浸かれるバスローブもありますから、湯冷め対策に合わせるのも良いかと思います」

「着たまま湯に入るんですか? バスローブで?」

「はい。水を吸いにくく、保温性が高い素材で作られてます。人前でも恥ずかしくなくって、ぬくぬくできて、手間がかからなくて。これからのシーズン、温泉に向かわれる方には絶大な支持を誇る一品です」


 立て板に水といった名調子で勧められて、少し迷ったものの結局買ってしまった。依頼が来ない間だというのに、報奨金で散財しているような気がして、ちょっとダメ人間っぽい気がしないでもない。

 でも、まぁいいか。たまにはレクリエーションも。

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