第127話 「友人のこれから①」

 9月19日、9時頃。朝食を終え、読書しつつ同居人のみなさんとダベっていると、昨日に引き続き訪問者がやってきた。「最近、多いですね」「ホントホント」そんなふうに会話を途中で切り上げ、慣れたようでもやや緊張の残るリリノーラさんが戸へ向かうと、外に立っていたのはサニーだった。

 同居人の方々は彼とは面識がなかったものの、お役人が重い話を持ってきたのではないようだとわかって安心したようだ。力が抜けて弛緩した空気が流れる。

 まず間違いなく俺に用があるんだろう、立ち上がって彼のもとへ向かうと先に挨拶された。俺もそれに返す。

 彼が俺の知り合いだとわかると、リリノーラさんが微笑んで自己紹介を始めた。


「はじめまして、リリノーラ・メイフィールドです」

「サニー・ラングラン、冒険者です。どうぞよろしくお願いします」


 軽く握手したところで、彼は本題を切り出してきた。


「今から何か予定とかありますか? もしよければ、魔法を教えてもらいたくて」

「いいけど、Eランク合格したばっかだろ? やる気あるな~」

「それが、色々ありまして……それで、場所は僕の実家でと思っているんですけど、構いませんか?」

「……何時まで?」

「お昼までのつもりですが」


 彼の家には何回か行っていて、ご家族にも友人だと認識されている。この流れだと、昼食をお呼ばれする形になりそうだ。

 しかし、サニーの前で露骨に昼食の話をするのは、かなりイヤらしい気がする。「ちょっとタンマ」と彼に断ってからリリノーラさんと厨房に向かい、彼女とルディウスさんに、これから外出して昼は多分外食するという旨を伝えた。ルディウスさんが穏やかに笑って話しかけてくる。


「毎日お疲れさまです」

「おつかれと言うか……でもまぁ、そうですね。仕事関係の用事が多いですし」

「頑張ってきてくださいね!」

「はい、行ってきます」


 それから、俺はサニーと一緒に彼の実家へ向かった。



 サニーの実家は、王都から30分強は歩いたところにある。家業は牧畜業で、かなり広大な敷地で牧場をやっている。先祖代々、この土地を相続しているそうで、大地主というか名士のようなご家庭だ。

 周辺の集落から大勢雇って経営しているとのことで、牧場ではご家族以外の方々としょっちゅう顔を合わせる。サニーが客を連れてくるのは珍しいらしく、従業員の方々にはすぐに顔を覚えられてしまった。

 彼の家が育てている中で一番重要な動物が馬で、王都近郊の牧畜業をやっている中でも、軍馬の生産から調教に関しては最大手とのことだ。


 そういうわけでご立派な家庭を持っている彼だけど、やっぱり匂いは気になるらしい。正確には、友人を臭うところへ連れて行くのに抵抗感があるというか。俺と魔法の訓練をするのに、彼は厩舎から離れたところにある家の裏庭を選んだ。

 ただ、そもそも闘技場で魔法をやるなら、別に匂いの心配はないわけだ。それを、あえて自分の家を選んだ理由を聞いてみる。


「見つかったら、少し恥ずかしいので」

「誰に?」

「……セレナです」


 まぁ、「誰に」と聞いた時点で見当はついていた。しかし、彼女が闘技場に来ることはあるんだろうか。その辺も聞いてみると……


「この前、図書館で魔法関係の棚にいるのを見かけましたので。たぶん、魔法に興味があるんだと思います」

「ふーん。まぁ、いいことじゃないか。一緒に練習してもいいと思うし」


 特に含むところなく普通に提案したものの、彼は首を横に振った。


「……なんていうんですか。あの子が見てるところで、あまり努力したくないんです」

「あー」

「なんか、私に合わせようと努力してる、みたいに思われるのが……嫌というか、なんというか」

「んー、わからんでもない、かな?」


 おそらく、サニーはセレナに見劣りしない実力をつけたいんだろう。ただ、彼女の弓術に見合った実力になるまでとなると、魔法の道程はかなり遠い気がする。俺だってまだDランクになってすらいないんだし。

 しかし、色々と大変そうではあるものの、サニーがこうして男の相談のようなものを持ちかけてきてくれたのは、なんというか友情を感じられて結構なことだった。


「俺もまだDランクを目指す身だけど、それでも大丈夫?」

「はい、よろしくお願いします!」


 彼は俺をまっすぐ見据えて頭を下げた。仕事的には同期なんだけど、たぶん年齢的なことが理由だろう、彼は俺のことを結構立ててくれている。その分、「しっかりしないとな」と、自然と思わされる。


 俺の方から教えられるのは、Dランクに関して言えば大したものはない。合格したら教える側としての自信もついて、また話は変わってくるだろうけど。

 まず最初は、Dランクの円を描くところからだ。俺の場合は丸一日かかった。”先生”いわく、俺は集中力だの図形認識に長けているらしいので、円の習得には有利だったはずだ。それで1日かかるんだから、サニーはもう少しかかるんじゃないかと思う。教える側の力量も、正直アレだし。

 それでも、俺を頼ってくれた信頼を裏切るまいと、口で教えつつ自分でも並行して彼と一緒にDランクの円を描き続ける。そうそううまくいくものではないけど、失敗続きの割にサニーの顔は焦りや苦渋がなく、どこか爽やかだった。


 俺達が練習していると彼のお母さんが途中でやってきて、よく冷えた茶を出してくれた。礼を言って茶をいただき、そこで小休止することに。少しずつ涼しくなってきているとはいえ、昼に向かって気温が上がってきている中で練習続きだったので、普通にじんわりと体に熱がこもっている。

 休みながらサニーと雑談すると、別にそこまで思いつめなくても、セレナにはピッタリなんじゃないかという気がしてくる。弓うんぬんはともかくとして、夏頃からかなり積極性を見せてきたサニーは、よく気が利くところもあって、先輩方からも目をかけられるようになっていたからだ。


「あんまり気にしすぎないほうがいいんじゃないかな。そもそも、セレナの弓術に相応しい男って、王都全体を見てもそうそういないと思う」

「それはそうかもですけど……僕なりのケジメというか」

「ケジメ?」


 彼は黙って顔をうっすら朱に染めた。聞かなくてもどういう系統の話かはわかる。ただ、具体的にどうするつもりなのかは気になる……というか、乗りかかった船という感じだ。聞くのが礼儀だろう。

 問いへの答えを待ち、茶をグビグビ飲んでいると、やがて彼がおずおずと口を開いた。


「魔導師のCランクまで上がったら、あの子に告白しようかな……って」

「へぇ~、Cか」

「……夢見すぎでしょうか?」

「どーだろ」


 Cがどれほどのものかは、未だによくわかっていない。メルに聞けば一発だろうけど、彼とは最近全く会っていない。きっと、色々ありすぎて忙しいんだろう。

 ただ、EからDまでの難度を考えるとCは更に難しいんだろうけど、不可能ってこともないはずだ。意中の人と添い遂げるためのハードルと思えば、超えられないこともないんじゃないか。


「Cランクがどれくらいのものかわからないけど、とりあえず俺がDランクに合格してからかな。そっから、2人で頑張ろう」

「ありがとうございます!」


 彼は爛々とした笑顔で礼を言ってくれた。本当に、こういうところとか好感が持てるし、今から告白行ってもいいんじゃないかとは思う。割と本気で。

 それに、セレナの弓術に負けない特技が彼にはあった。


 軍馬を卸す家業の都合で、やっぱり実際に乗る必要があって、もっと言うと戦地さながらに乗り回しては馬を鍛え上げているらしい。そして、「ここまで乗りこなせる奴が調教に携わってますよ!」というデモンストレーションとして、軍関係の方の前で馬術を披露することが、業界ではままあるようだ。

 サニーも幼少から鍛えられたらしく、得意なのが騎射術だ。セレナの弓術ほど精密なわけじゃないけど、彼女が的の中心に何発も射るのに対し、サニーは馬を駆り立てながら何発も外さず的に当てる。どっちも俺には不可解な技術に思えてならない。

 ただ、俺がそうやって褒めそやしてもサニーはあまり喜ばない。


「冒険者って、あまり馬に乗りませんからね」

「まー、そーだけどさ」


 実際、個人で馬を飼い続けるってのは、よほどの余裕がないと無理な話だ。パーティーを組んで一頭キープってこともほとんどない。また、みんなでそれぞれ馬に乗る場合は遅いやつに合わせることが多いようだ。結局、冒険者はそれなりに乗れれば十分ってことになって、飛び抜けた馬術を求められることはそんなにない。

 それでもサニーが冒険者を志したのは、幼い頃から軍の方と会う機会があって、人を守る仕事への敬意が自然と芽生えたことと、原っぱを小さい頃から馬と駆け抜けた経験から、広い世界への憧憬が根っこにあるようだ。つまり、人のために戦えるのに加え、冒険心や好奇心を満たせる仕事として冒険者に憧れたらしい。


 休憩してからまた練習を再開し、時間を忘れて没頭していると、「ご飯よ~」という声が家の方から響いた。かなり集中できていたらしく、サニーもそういう素質はあるみたいでなによりだ。


「ここまでにしようか」

「はい、ありがとうございました!」


 とりあえず、今日はDランクの円の殻の描き方までだ。それと、どうせ必要になるだろうからということで、マナの扱いの練習にと視導術キネサイトを用いた訓練法を教えた。ここも庭が広い――というか、あのお屋敷以上にある――ので、さぞや水やりのやりがいがあるだろう。


 その後、やはりというべきか、彼のご両親と牧場で働く方々に誘われて昼食を一緒にいただくことになった。でっかいテーブルを20人いくかどうかという大人数で囲んで、テーブルに置いた鍋や大皿から各自取り分けていくという、かなり賑やかな食事だ。

 インパクトのある量だけど決して手抜きっぽくない、滋味深い料理をありがたく味わいながら、ふとセレナがこの家に来たことはあるんだろうかと気になった。

 まぁ、多分無いだろうけど。ちらっとサニーの方に視線をやると、朗らかな表情の彼と視線が合った。聞くのも野暮だし黙っておくか。

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