第119話 「晴れ舞台へ」

 あの戦い以降、ギルドでは特に依頼がなかった。しかしギルドの裏方は、むしろいつも以上に忙しく動いているようで、大小含めると毎日のように新しい通達が出るため、依頼が無いとわかっていても結局はみんなギルドに顔を出すことになった。

 一番大きい通達事項は、家賃補助の強化だ。緊急性のある依頼しか無い”自粛”体制が解除されるまで、宿代はすべてギルド持ちになる。また、1日3食で常識の範囲内であれば、宿から提供される食事の代金もギルドが負担する。

 依頼が出ないため冒険者は一時的に収入がなくなり、宿代にも困ることになるからこその措置だろうけど、それ以上にも意図するところはあるだろう。さすがにギルド側から公言はされなかったものの、仕事仲間とヒマつぶしに密談して措置の目的を推測した。

 一番の目的は、王都からの流出を防ぐことだろう。現金支給は、与えた瞬間におさらばされかねない。一方で宿代の補助であれば、王都にとどまり続けないと意味がない。食費支給についても同様の意図なんだろうけど、これは宿で冒険者が飯を食ってれば同居人の目にも止まるわけで、それが民衆の安心感につながるんじゃないかという目論見も考えられた。

 何にせよ、宿代食事代補助のお達しには、”お前らはそこに居るだけで十分”というメッセージを感じられる。そう思うと悪くない話だった。

 ただ、ギルドの方がどう考えているか正確なところはわからないけど、少なくとも冒険者の方ではあまり王都から出ようという雰囲気がない。気に入っているからというのもあるけど、一番大きいのは先んじて逃げたくないという意地だ。武力を持たない住民が先祖からの土地や家に縛られているのに対し、冒険者は戦う力があってフットワークも軽い。当然、王都から出るのは個人の自由だけど、見知った人たちを見捨ててドロンするのはダサすぎる、そう考えている人が多いようだ。


 依頼がないし、闘技場も使えないけど、それでもギルドでダベる以外にやることはそれなりにあった。一番重要なのは、お世話になったところへの顔出しだ。お屋敷から始まって、王都の中でも孤児院や工廠、エスターさんの店や友人宅など、行くべきところはいくらでもあった。

 顔を合わせて実際に互いの安全を確認し、再会を祝って抱き合う。各所を訪問するたびにそんな感じだった。特に孤児院の子たちは、なかなか解放してくれずに大変で、ほとんど一日仕事になってしまった。

 互いの無事を喜ぶたびに、相手の安堵と喜びが入り混じったシリアスな笑顔を見るたびに、こちらで結んだ縁の強さを思い知った。ハグして相手のぬくもりに触れるたび、あの戦いで無事に済んでよかった、無茶したけど死ななくてよかった、心底そう思った。そして……心の奥底に拭いきれない闇があるのを感じた。あの日死んでしまって家族を悲しませたことの罪深さを、あらためて思い知った。



 9月11日、昼頃。宿の1階で本を何冊か積み上げ、朝から読書を続けていた。他の同居人の方々もテーブルで本を読んだり談笑したりしている。やはりみなさん暇らしく、だからって自室で1人はちょっと……という感じのようだ。


 闘技場の現場検証は終わったらしい。ただ、ヒマつぶしに使うのは少し遠慮した。というのも、Eランク試験を1週間後にやるというので、今はその受験生で溢れかえらんばかりだからだ。こんな大変な時期にという声もあったけど、試験担当の庶務課の声明は、”こんなときだからこそ平常運行”という、ある意味ではかなり心強いものだった。派閥闘争ではほとんど影響力がない部署だった上に、どうもいい意味でマイペースな職員の方が多いようで、心情的にあの事件を引きずっている感じはない。

 Eランク試験が近い一方、Dランク試験は来月に回された。あの事件が心理的な痛手になった受験生もいるだろうから、それが落ち着くまでという配慮だ。


 水を飲みながら本をペラペラめくっていると、入り口の戸がノックされた。こんな時期だから、きっと公職の方だろう。本から視線を上げると、リリノーラさんが少し緊張した面持ちで戸へ向かうところだった。

 彼女が戸を開けると、服装から察するにお役所の方が立っていた。それから何事か言葉を交わし、リリノーラさんに何か手渡すと、訪問者はさっさと立ち去っていった。

 何だったんだろうか。気になりつつも読書を再開しようとすると、リリノーラさんが笑顔で駆け寄ってきた。彼女が両手で差し出した封書を受け取り、中身を確認する。そこには、先の戦いでの功績を讃えて報奨を授与するという旨の記載と、13日にエトワルド候邸宅で催される授与式の案内があった。

 読み進めるにつれ、手紙を持つ手が小刻みに震える。読み終え顔を上げると、輝かしいばかりの笑顔のリリノーラさんが両手を差し出していた。おずおずと右手を差し出すと両手で握られ、テーブルに積んだ本にぶつからない程度にブンブン振られる。


「すっごいです、おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

「夕食はごちそうにしないとですね、いま兄さん呼んできます!」


 俺の右手を解放した彼女は、会話の勢いそのままに小走りでルディウスさんを呼びに向かった。1人になる間もなく、今度は様子を見守っていた同居人のみなさんが、興味津々といった感じで近寄ってくる。隠すのもなんか感じ悪いので、かなり照れくさいけど一番近くにいた方に手紙を渡した。

 すると、みなさんから口々に称賛された。だいぶ恥ずかしい。グラスを手に取り水を飲み干しても、顔のほてりはそのままだった。

 嬉しいのは確かだけど、気にかかるのは功績の内容だった。宰相様は俺が論功行賞の対象外になると仰っていた。ただ、王都の中での一件が対象外なのであって、闘技場での件は生きているのかもしれない。たぶん、そういうことだろう。

 みなさんに褒めそやされながら、次は式典の事が思い浮かんだ。服、どうしようか。ドレスコードとかあるんだろうか。さすがに、あの時のボロボロの服では出られない。いや、それも名誉の負傷ということでアリなのかもだけど。

 着ていく服について思いを巡らせたところ、2つアテがあった。この場が落ちついたら早速行こう。まぁ、行ったら行ったで、今みたいにちょっと恥ずかしいことになるだろうけど。



 昼過ぎ、2時頃にお屋敷にたどり着くと、出迎えたのはマリーさんだった。他の方は出払っているのか、お屋敷は妙に静かだ。

 挨拶の言葉を交わしてから手紙を取り出し彼女に手渡すと、こちらが用件を伝える前に彼女は「服でしょうか」と言い当て、思わず苦笑いしてしまった。


 案内された衣装部屋で、彼女は少しカッコいい服を見繕ってくれた。黒い月の夜、戦いの後に着させられた奴だ。袖を通すのは2回目になる。姿見で確認すると、あの時よりはまだ様になっている感じはある。ただ、それでもやっぱり照れくさい。鏡越しに、俺の後ろで微笑むマリーさんと視線が合い、ますます顔が赤くなった。「良くお似合いですよ」と、ほどほどに情感のこもった声音で追い打ちをかけてくる。

 向き直り、俺は彼女に問いかけた。


「これ、戦闘前に用意してもらった記憶があるんですけど……式典の場でも大丈夫ですか?」

「軍功を称える場での装いとしては、相応しいものと思います。あとは、堂々と振る舞っていただければ」

「あー、ははは。善処します」

「はい、善処なされませ」


 いたずらっぽい笑顔にちょっとふざけた感じで言われ、顔が思わずほころんだ。


「ところで、皆様は?」

「家の皆様は王都での会合に招集されております。森の監視の方々も出払っています」

「……そりゃそうですよね、こんな時期ですし」

「ええ……2人っきりですよ、2人っきり」


 久しく見ていない、ちょっと悪い笑顔で彼女は俺に近寄ってきた。ついつい身構えてしまったけど、何のことはなく襟を整えに近寄ってきただけだった。それでもこの距離にマリーさんが居るってのは、かなり恥ずかしいけど。

 仕事モードの目つきに戻ったマリーさんは、実際に着られた服の各所に油断なく視線を走らせてチェックしながら「真面目な話ですが」と切り出してきた。


「Dランク合格祝いの件、覚えてますか?」

「えーっと……ケーキ作ってもらうって話ですか?」

「はい。あの件ですが、無しにしませんか? 縁起が悪いといいますか、あまりそういった気分になれないかと思われますので」

「……そうですね」


 俺もそうだけど、おそらくはお嬢様の心情を慮ってのことだろう。例の戦いのことを思いながらケーキを食べるということにもなりかねない。


「私のケーキは、別の機会にしましょう」

「わかりました。ところで、今回の授与式は、皆様も出られるんですか?」

「奥様がお屋敷に残られ、閣下とお嬢様が出席なされます。私も付き人として出席させていただくことになるでしょう」

「なるほど」

「当日は、またこちらまでお越しください。侯爵様の邸宅までの道すがら、私にからかいつくされれば、緊張もほぐれて恥ずかしさも感じなくなるでしょうから」


 冗談っぽいけど、やりかねない。服の寸を測り直していた彼女が顔を上げると、その目は笑っていた。



 9月13日、夕刻。侯爵閣下の邸宅は、俺がイメージしていた貴族のお屋敷に相違ないスケールのものだった。やっぱり伯爵家が実用本位すぎるんだろうか。

垢抜けた執事さんの丁寧なご案内に恐縮しながら邸内に入り、足を踏み入れた大広間は大勢の人間でごった返していた。

 報奨の授与式ということだったけど、式への立ち入りはだいぶフリーのようで、ギルドの掲示板には開催の案内まで貼られていた。おそらく、同僚を称揚する場に参加することで、士気高揚させるという目的があるんだろう。沈みがちな王都から出て立食パーティーに参加できるということで、ただ参加するだけでも冒険者的には悪くない話らしく、この場にいる知人はそれこそ数え切れないくらいだ。

 ここまで一緒にやってきた閣下とお嬢様は、邸宅に着いてから別行動になった。マリーさんも、俺とは別にホールで動いている。それとなく目で動きを追ったところ、主に給仕の方々と話をしているようだ。たぶん世間話と仕事の話をしているんだろう。

 そうやってあたりを見つつ料理を適当に頬張っていると、後ろから背をつつかれた。振り向くと、そこにいたのはルクソーラだった。気合の入ったナイトドレス姿の女の子もいるなか、彼女はブラウスにジャケパンみたいな装いで、意外と落ちついた印象だ。


「元気? あの後会わなかったから、ちょっと心配だったけど」

「あー、まぁ、なんとかね」

「王都で、何かした?」


 さすがに言えない。ただ、何もしてないと言っても嘘だと見抜かれそうだ。結局、「秘密」としか言えなかった。すると、彼女は追及するでもなく、あっさり引き下がった。


「ま、言えない話ってあるもんね。でも、何か頑張ったんでしょ?」

「それは、まぁ、うん」


 彼女は俺の答えに満足したのか、笑顔で服をつつき、「似合ってるよ。じゃ、またね」と言って立ち去った。この邸宅までの道中、散々「カッコいい」「似合ってる」と言われて”訓練”したおかげで、特に恥ずかしくはなく、ただ純粋に嬉しさを覚えた。


 他に知り合いは、そう思って探していると、さっき去っていったルクソーラがエルウィンを連れてやってきた。かれは灰色のタキシードらしきもの着ていて、背の高さもあってか妙に合っている。

 あの時の3人がそろうと、こうして集まってきた理由がなんとなくわかった。一応の念押しのためにと、エルウィンが口を開く。


「あの時の働き以外では、特にこうした場に呼ばれる覚えがないからな。あらかじめ4人で集まっていたほうがいいだろう」

「肝心のリーダーがいないけど……まだかな?」

「……あっちじゃない?」


 ルクソーラが指差した。ただ、彼女は指差しつつ別の方に顔を向けている。それが気になりながらも、指差した方に視線を向けると、エルウィンと似たような服を着ているものの、ガチガチに固まっていて緊張しきっているラウレースがいた。軽く吹き出しているエルウィンを意外に思いながら、俺はラウレースの方へ向かった。


「大丈夫か?」

「お、お前ら……こんな場で、よく平気でいられるな?」


 小声でコソコソ話しかけてくる。あの時大声で堂々と振る舞っていたのとは正反対だ。


「しっかりしろよ、あの時堂々としてたのが評価されたってことなんだからさ」

「そりゃわかってるって」


 彼を2人のもとへ案内し、この数日間どうやってヒマつぶししたか、みたいなどうでもいい雑談をしていたところ、あたりが少しざわめき、そのあと波が退くように静かになっていった。

 周囲の視線が集う先に俺も目をやると、立派な服を着ていて、それに負けないくらい風格のある初老の男性がいらっしゃった。おそらく、侯爵閣下だろう。頭髪は少し白いものが見え隠れするけど、立ち居振舞いには老いを感じさせず、壮健な印象だ。

 いよいよだな、そう思うと身が引き締まって少し震えた。ラウレースはどうかなと思って視線をやると、俺よりもさらに表情が固い。視線が合い、お互いに苦笑いした。

 それからすぐ、完全に場が静まり返ったのを確認してから、侯爵閣下らしきお方は広間前方で登壇し、会にやってきた一同に向き直った。

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