第4章 選択

第114話 「居城への帰還」

「申し訳ありません、帰還早々にお呼び立てしてしまいまして」

「いえ、もったいなきお言葉でございます」


 淡々とした中にも、明らかに謝意を感じ取れる軍師様のお言葉に、逆に恐縮しながら僕は恭しく頭を下げた。


 フラウゼ王国王都に対する我が方の攻撃は、僕が正体不明の攻撃を受けて負傷したことで終息した。攻撃に対してとっさに左手で光盾を展開したものの、光盾では防ぎきれずに左の肘から先を喪失し、門の維持が困難になる前に帰還することとなってしまった。

 左腕はいずれ再生する。おそらく、今日のうちにも元通りになるだろう。ただ、魔人の頂点にあらせられるこちらの方々を僕の傷が癒えるまで待たせるわけにもいかず、最低限の処置を施してから、こうして報告の場を与えられている。


 軍師様に向けて下げた頭を戻すと、目の前の方々から発せられる威圧感に少したじろぎ、思わず後ずさりしそうになる。魔人の六星――今この場には五星しかいないが――は互いに仲が良好とは決して言えず、その互いへの牽制がこちらにまで飛び火しているようだ。

 僕は極力平生の立ち居振る舞いを装って、今回の作戦の報告を始めた。報告と言っても、結局は師が考えたものを僕が実行したにすぎず、師の目論見を僕の口から語らせられることには確かな不快感や屈辱を覚えた。


 報告は五年前の出来事にまで遡る。なぜそこまで昔のことから始めるかと言うと、我が師の秘密主義が徹底していたために、他の幹部が知るところではなかったためだ。

 五年前、王都に紛れ込ませた工作員を用い、白昼の往来で殺人事件を起こさせたのがすべての始まりだ。魔法庁を事件の捜査のために動かす事に成功すると、次は国境近くのならず者たちを誘導し武力衝突を引き起こした。当初は小競り合いに過ぎない規模だったが、そこに魔人を介入させて魔法庁職員を優先的に殺害。

 すると、魔法庁の人員不足と、世情不安から来る民衆の要請により、大規模な人員登用が行われた。この機に乗じ、精神操作に長ける同胞の手を借りつつ、自分のマナの色を変えられる僕が工作員として任命され、”人間”として魔法庁に潜り込んだ。これが作戦の第1段階だ。


 入庁後、僕は主に王都の外での犯罪捜査で頭角を現した。しかし、これは言ってしまえば落ちている金を拾うようなものだった。精神操作の手を借りれば、ならず者を操ることなどたやすいし、そうでなくても金のためなら魔人相手でも取引するような連中もいて、連中とは今でもつながりがある。同胞の魔人が仕込んだ事件を解決することで、僕は功績を積み上げていった。こういうのを、マッチポンプとかいうらしい。

 先の武力衝突で実力者や上役が多く死んでいたこともあり、僕の昇進は早かった。ただ年齢的な事情もあってか、実権力のある部署の上役ではなく、長官補佐室という若手育成向けの部署に回され、そこでトップに立った。他部署のように強権を発揮できるわけじゃないが、部門横断的に動くことができる部署で、その点は何かと都合が良かったと思う。


 昇進を果たした後は、上司の役割ということで部下を動かすことに専念した。”仕込み”の事件が起きれば、部下に助言し解決させることで、僕への信頼は次第に強固なものになっていった。この頃から、発言力や影響力が増していったように思う。

 また、施策については他部署と協同して、民間への規制を次第に強化していった。危うきを遠ざけたいという民衆の希望もあり、さほど抵抗感を持たれることはなかった。

 こうした法の締付けが強くなったことで王都の住人、特に冒険者に対して余計なことをさせないように牽制することができた。魔法庁とギルドの間の緊張が増すことで、足並みを乱すという目論見もあった。それ以上に重要なのが、部下の連中にとっての法の精神が、いつしか縄張り意識に変わり、業務の全容を把握できるような職員の数が減ったことだ。

こうして数年かけ、作戦の本番に向けた環境づくりを行った上で、次に本番の下準備に掛かった。


 まずは闘技場のゴーレムだが、これは1年前に港で停泊中の商船から、”偶然”盗掘品として発見、押収したものだ。船乗りたちは事情を知らず、荷を便乗させられたことになっており、その場で魔法庁預かりの案件として秘密裏に処理することになった。本来の持ち主に知られたら奪還に来られる恐れがあるということで、全て内密に進めたわけだ。

 もちろん、”我々”が魔法庁の手に落ちるように仕組んだものなので、盗掘者が取り返しに来ることなどない。捜査委員会もじきに解散し、異動や他の案件のこともあってか、事情を知るものの間でさえ話題に上がらなくなり、やがてただの置物扱いになった。

 縄張り意識はここでも良い働きをした。捜査するもの、押収品を保管・管理するもの、闘技場を運営するもの、それぞれが自分の仕事と居場所に拘泥して他部署に睨みを効かせていたおかげで、あのゴーレムが何なのか、本当に誰も把握などできていなかった。


 続いて、中央広場でのマナの乱れに関して。これは地下水道の存在と地表より上の”対魔法領域”の関係について、定期清掃にかこつけ実地で検証してきたものだ。地下水道の流れが妨げられると、地表部でマナの乱れが発生するらしく、激しい乱流の中では魔法を縛る働きが機能しなくなるようだ。

 決行日の前日には、巡回と称して水道に立ち入り、中央広場直下に肥大化しやすい即席のスライムを仕込んでおいた。事前検証で、大きくなるスピードは把握していたものだ。

 実際に大規模なマナの乱れを確認できたところで、そこに濃密なマナを与えてさらに刺激を加え、空間を決壊させて生成した門から魔獣を展開しというたわけだ。


 港に関しては事前に把握・干渉していた商談を利用した。その商談に関しては、大規模な商用ということで魔法庁の監査と承認が必要だったものを、規制緩和という名目で便宜を与えつつ介入した。相手国で出国前に時間の係る監査を行っていた代わり、自国港へ入港後に簡易な検査を行う流れだった。

 試験日に合わせた口実は、Dランク試験では商人が観戦することが多く、魔法庁で商売・交易を担当する部門は余裕があるからというものだ。件の商人も思い当たるところがあったのだろう、特に怪しまれずに話が決まった。


 今回の作戦について、僕は策を一通り説明し終えた。僕でもわかる反応を返されたのは3名。豪商様は大層感心したという様子で、満面の笑みで拍手された。皇子様は頬杖をついているものの、退屈というわけではなくにこやかな笑みを浮かべられている。軍師様も、先のおふた方ほどわかりやすくはないものの、少し柔らかな表情を僕に向けてくださった。

 しかし、聖女様は特に興味なしと言った様子で、お顔はピクリとも動かない。そして我が師も同様だった。弟子の報告に対してさほど反応を示すことはなく、むしろ他の幹部の方に注意を払っているように感じられた。

 先のお3方の反応は、僕に向けられたものなのだろうけど、結局は師の作戦の実行者に過ぎない。つまり、作戦の真の功績は師にある。そう思うと、僕に向けられた称賛も途端に空虚なものになった。


「長官を殺せていればと思ったが、厳しかったか」と師に突然言われ、心臓が跳ね上がった。それでもなんとか冷静になり、言葉を返す。


「相手は場馴れしておりました上、帰還を最優先にと考えておりましたので……」

「魔法を使えない相手に、か?」


 またも厳しい口調で責める師に、姿勢が悪い皇子様がそのままの格好で僕に助け舟を出した。


「ハハハ、大師殿もお人が悪いな! 殺したい相手がいるならば、あの場で魔獣の出し渋りをすることもあるまいよ」


 実際、あの場ではもう少し魔獣を展開できたはずだ。それに、数を増やさなくても種類を増やして撹乱することもできただろうし、魔獣の操者の力量にも現場担当としては疑問があった。

 皇子様の指摘に対し、師はただ淡々と答える。


「参戦者を増やせば、事前の準備等から策が露見する恐れがありましたので、数は絞りました」

「質も絞ったのでは?」

「作戦の一端を任せるに値する、信頼できるものを選んだつもりではありますが」

「なるほどな。ところで、左腕を失って帰ってきた弟子がそこにおるが、彼は信頼しておるのか?」

「愚問ですな」

「ほう。では、その返事はどちらの意味で使っておるのだ?」


 僕の肩を持っているようで、単に喧嘩を吹っかけて楽しんでいるようにも見える。こんなやり取りのさなかでも、このお2人の表情はそのまま変わらず、師は冷淡で無表情、皇子様はシニカルな笑みを浮かべていた。

 場の空気が険悪になり、皇子様の問に師が止まったところに軍師様が介入した。


「あなた方には、現場で働いた部下を労おうという気持ちがないのですか? このように言い争ったのでは、帰還しても戦場とさほど変わりはないでしょう」


 ありがたいお言葉ではあるが、肯定すれば他の2人への非難になりかねない。皇子様はあまり気にもとめないだろうが。軍師様の言に何か返事をしようとしたものの、結局言葉が出てこず僕が押し黙ると、軍師様はほんの僅かに優しく笑って告げた。


「作戦報告、ありがとうございました。今後については、また日を改めて話があるでしょう。それまで自室で英気を養ってください」

「……はっ!」


 何かモヤモヤと引っかかるものを感じながら、僕は礼をしてから会議室を後にした。



 報告を済ませたデュランを見送り、場は一時的に静かになった。これ以上の議題がなければ軍師殿が閉会を宣言する流れではあるが、どうもそうはいかないようだ。大師殿が口を開いた。


「みなさまに申し上げたい提言がございます」

「……どうぞ」


 我々に視線を送り反応を見た後、軍師殿は彼に先を促した。


「提言というのは、司直殿の放逐でございます」


 ある程度予想できていた提案ではあったものの、実際に聞くと、いよいよかという気分にさせられる。魔人の六星が1つ欠ける、その日が来たようだ。

 重大な提案に対し、相変わらずの聖女殿はさておくとしても、豪商殿は明らかに狼狽しているし、軍師殿はかすかに気色ばむような態度を見せている。彼女は、やや詰問するような口調で言った。


「意図をお聞かせ願います」

「……今回の作戦の成就により、かの王国に留まらず、人間側の多くの国で何かしらの動きがあるでしょう。事態が大きく動き始める局面で、司直様の存在はむしろ害になるかと」


 司直、ユリウスの力の前には、何人たりとも偽証不可能だ。昔はその力で内部統制や督戦を担っていたものだが、もともとやる気がなかった上に大師殿と決裂したこともあり、今では自室で半ば謹慎の身となっている。ほぼお飾りのようなものだが、それでも邪魔らしい。


「誰にとって害になると?」

「みなさまにとっても、では?」


 この返答に対しては、さすがに面食らった。自身が彼を苦手にしているのを隠しもせず、我々の痛いところをついてきた。確かに、私もこの場の全員に対して秘密にしていることがあるし、他の3名も同様だろう。秘密の中身の数や質に差はあるとしても。

 自身の発言に対する、場の反応を見定めた後、大師殿は続けた。


「今後に控える策においては、同胞を駒のように用いるものもございます。そういった策に司直様が疑義を呈すことで、機を逸し利を失う懸念がございます」


 彼の言う策というものは、彼自身どういった目論見でやっているのか定かではないものの、人間社会を脅かすという点では一貫性があり、魔人全体の利に適うものだ。その点においては、私も認めるところだし、彼と折り合いの悪いであろう軍師殿も同意見だろう。それに、そもそも魔人というものに一般的な、他者を顧みない精神性を鑑みれば、成果が出るように他者を用いてやるという彼は、他よりもずっと建設的とさえ言える。彼のああいう態度が非難の的になるとすれば、そちらのほうが不合理とさえ言えた。

 一方で大師殿の真の目的ははっきりしない。まさか魔人全体のためなどというお題目を本気で掲げているのでもあるまいが。彼の真意がはっきりしないからこそ、虚偽を許さないユリウスの存在が一種のカウンターになるわけだが、こうして魔人全体の利を盾にされると難しいところだ。

 私がそうやって思索に耽っていると、今度は軍師殿が異議を唱えた。


「彼を追放することで、下級の魔人たちの統制が取れなくなる可能性があります」

「現にその様になっているかと。ただ、私は下々の野放図は作戦の遂行に邪魔になるとは考えておりません。むしろ、相手方への良い牽制、あるいは目くらましになるかと」


 どうやら、下々の連中に勝手に動いてもらうことで、自分の策を匂わせずにプレッシャーを与えたいようだ。

 下の連中については、ユリウスによる督戦部門が機能していないこともあり、彼がそれなりに働いていた頃に比べれば放埒もいいところだ。彼を侮る声すら、たまにこちらまで報告で上がってくる。力量の無さから来る放言だとしても、内部統制を司る長がそのように下々から軽んじられたのでは、いないほうが良いという気さえする。

 それに、軍師殿の主張は、結局はユリウスに腰を上げて貰う必要がある。彼女は、心情的にユリウスの放逐という手段を取りたくないのであろうが、そのためには彼に不本意な現場復帰を促す必要がある。これも心情的には受け入れがたいだろう。どうも自身の中で板挟みにあったと見えて、軍師殿はわずかに顔を歪ませたまま沈黙した。

 代わりに声を上げたのが豪商殿だ。と言っても、意見というよりは感情の吐露のようなものだったが。


「大師殿の主張するところはもっともでございますが、それでも仲間を追放するというのは心苦しいですな」

「同感です」


 大師殿がニコリともせずに同意したのには、さすがに茶を吹き出しそうになった。理もそれなりにあるだろうが、感情の後押しもあってユリウスの追放に動いているのだろうし、そもそも他者との別れを惜しむような感性を持ち合わせていないだろうに。

 豪商殿の発言で、それぞれが物思いに沈んだのかどうかはわからないが、一時的に座が静まり返った。そのことを、これ以上の議論がないと判断したのか、少し時間を開けて軍師殿が口を開いた。


「……これ以上の意見がないようですので、決を採ります」

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