第112話 「久しぶりの禁呪」

 俺の発言に、責任者さんは一瞬固まった。俺がとっ捕まった事は知っているようだから、伯爵家との関係や複製術周りのアレコレに関してもおそらく知っているはずだ。断られても仕方ない。

 しかし、固まった彼の顔は数秒してから次第に引きつったような顔になっていく。頭の中で悪魔と天使が取っ組み合いしているような、複雑な表情だ。

 結局、俺が最終的に何をしたいのかがわからないと許可しかねるということで、俺は器の段階まで描きながら考えを説明し、最終的に判断と許可を仰ぐという形でまとまった。責任者さんが他の職員さんを呼びつけて、闘技場の内側に誰も入ったり注目したりしないよう指示を出していく。上席者の様子がちょっとおかしいと思ったようで、職員さんは訝しげな表情で指示を聞いていた。

 指示が終わり、人目が無くなったところであらためて彼は俺の方に向き直り、微妙に期待感のこもった視線を俺に投げつけながら「さあどうぞ」と言った。


 今からやるのは簡単で、継続・可動型の器を作っては複製術で大量にコピーし、これを1つに重ね合わせる、それだけだ。コピーを重ねると強力な魔法になるというのは実証済みで、今回はそのコピー量をバカみたいに増やすため、増えた子器に複製術を記入して孫世代、更にその先も作っていく。

 実は、複製術に頼らずに器を作って重複させるという方法も試したものの、これは全くうまくいかなかった。まず、重ねたところで文を一緒に書けなかった。それと、同じ継続・可動型で器を作ったつもりでも、重ねたときには微妙にずれている感じがあった。たぶん、同じに作っているつもりでも微妙に大きさが違っていたり、あるいは模様の角度が違ったりしているんだろう。複製術で完全にコピーした器を重ね合わせたときみたいに、1つの魔法にまとまったような感じは、手書きでは再現不可能のようだ。

 それと、これは推測なんだけど、完全に同一の器を重ねることでレーザーの原理みたいなものが働いているんじゃないかと思う。つまり、それぞれの器のマナが完全に足並みをそろえ、1つの強力な力になるような。


 閣下に出された宿題は、1人で1つだけ書きかけの魔法を用意して王都に入り込み、状況を打破するという方法についてだった。それに対する俺の解は、いくつもの魔法を重ね合わせて実質1つにし、敵に叩きつけるというものだ。レーザーのくだりは少し別の表現に替えて、作戦の意図や技術的な面の説明をしながら、複製術を子から孫、ひ孫、玄孫やしゃご、その先……と展開していくと、責任者さんは難しい顔をして黙りこくった。


「やっぱり、マズいですか?」

「……重ね合わせてから判断します」


 俺が作業を始めると、彼はいつの間にか敬語になっていた。以前にエリーさんから「禁呪使いには一定の敬意が払われる」と言われたけど、今の彼もそういうことなのかもしれない。

 闘技場の中心から結構広範囲に広がった器の一大家系を、慎重に一つにまとめていくと、重なり合うごとに器が放つマナの輝きは力強いものになっていき、何だか行けるんじゃないかと思う一方で、危うさのようなものも肌で感じた。


 準備を整えている間にも、別の職員さんがこちらにやってきては状況報告をしてくれた。いつの間にやら俺も関係者扱いで、隠し立てなく教えてもらった。王都中央部での攻防に関し、どうも”敵将”は大した魔法を使ってきてはいないらしい。おそらく、魔獣を生むための赤紫のマナの濁流を制御するのに必死なのだろうとのことだ。

 しかし、その赤紫のマナが厄介なしろもので、矢を弾き落としたり魔獣を生み出したりと攻防一体の働きをしているらしい。敵将ではなく、そのマナの方をなんとかできれば。たとえば、強力なマナの塊をぶつけてバランスを崩せば……。

 連絡係の職員さんが、俺が用意した青緑の器を指して「これ、ぶつけるんですか?」と、あまりにあっけらかんとした調子で聞くものだから、俺も責任者さんも思わず苦笑いした。


「現在検討中だ。戻って引き続き連絡を」

「了解です」


 軽快に駆けていく職員さんを見送ってから、俺は足元の器に目を落とした。何世代かわからないレベルで作った器を必死でスタックし、なんとか1つに重ねた器は、普段よりもずっと色鮮やかに輝いている。

「検討中とは言いましたが」責任者さんが静かに言った。「これでいきましょう。ただ……ここから、念じて運んでいくわけですか?」

 王都までの距離を考えると、さすがにそれはちょっとしんどい。何かいい方法はないか、あたりを見回すと大きな布が視界に入った。ゴーレムを覆い隠すために使っていたやつだ。この布を適当な大きさに切り、その上に器を移動させてから布を運べばちょうどいいか。

 運ぶための案を伝えると、責任者さんは別の職員さんを呼び、その方に剣で布を切るように命令してくれた。「何から何まですみません」と俺が頭を下げると、責任者さんは神妙な顔になった。何秒かしてから、少し静かに話し始める。


「こういう禁呪の使い方を”奴ら”に知られると危険だから、我々は禁止して禁呪が人目につかないようにしています。それは納得していただけますか?」

「……はい」

「ただ、自分たちが禁止しているからと言って、相手に知られてないなどと考えるのも、同じぐらい危険じゃないかと思うんですよ。自分たちが足踏みしていれば、相手も同レベルに留まってくれるみたいな、ね」

「まぁ、職場じゃ言えませんよねー」


 布を剣で切りながら職員さんが口を挟むと、少し軽い調子で責任者さんが「そうそう」と同意した。


「結局の所、信頼できる誰かに託して前に進んでもらわないと、我々は連中に勝てないんです。ただ、これまではその誰かを見定める、その責任から逃れてたんじゃないかと思ってですね……許可したのはそういうわけです」


 言い切った後、責任者さんは笑って付け足した。


「それに、法だなんだと言って手をこまねいていると、国や職場がなくなりかねませんしね」

「……しかし、助けた連中に叩かれたりしませんか?」

「その時は辞表で叩き返してやりますよ」

「じゃあ僕も」


 話に乗ってきた職員さんが、切り終えた布を俺に手渡してくれた。ちょうどいい大きさだ。さっそく煌々と輝く器の横に布を置き、器を布の上に滑らすように動かす。いくつもの器が一つになってるだけあって、動かす時にちょっとした抵抗感を覚えた。器1つだけの状態ではほとんど感じない負荷だ。これを射撃に使うと考えると、先行きが思いやられる。

 布の上に器が移動したのを確認し、布を持ち上げると器も完全についてきた。こういう横着なやり方は初めて見るらしく、職員のお2人は感嘆の声を上げた。


 器の準備ができたところで、これから王都に向かうわけだけど、事情を知らない門衛さんには確実に止められるだろう。説明と説得のために責任者さんも同行してくれることになった。「首もかかってますしね」と彼は笑う。

 布を小脇に抱え、俺達は外に向かって駆け出した。すると、回廊部分に入ったところで今日の仲間に呼び止められた。「どこ行くんだ、王都か?」とラウレースが真剣な顔つきで聞いてくる。

「ああ。ちょっと策を用意したから、献策しに行く」と俺が答えると、エルウィンが会話に入ってきた。


「その布か?」

「まー、そうなんだけど、極秘なので見せられないっていうか……」

「別に見たいわけじゃない。閣下が話しされてたのも、その件か?」

「そんなとこ」

「そうか」


 色々疑問は尽きないだろうけど、彼は質問もそこそこに切り上げ、俺の肩をポンと叩いて一言「頑張れよ」と言った。ラウレースも、力強い笑みで「俺たちの分も頼むぜ!」と言って励ましてくれた。

 そして、いつの間にか横にいたルクソーラが、ニコニコしながら話し掛けてくる。


「頑張ってね。活躍したら、またいいアダ名できるかもよ?」

「あー……いいアダ名つくといいな」

「画伯次第だね」


 彼女は少しいたずらっぽい笑みでそう答え、両手で俺の背を優しく押した。

 外に続く道は開いていて、ただ周囲からの熱い視線が注がれていた。高まる期待感や興味を背に受けながら、俺は駆け出して闘技場を後にした。


 外に出ると周囲は意外なほどに静かだった。遠目には王都の城壁が見え、それと東門の前に人が集合しているのがかろうじて確認できる程度で、深刻な事態が進行しているという実感はあまり湧いてこない。

 しかし王都に向けて走り、近づくにつれて少しずつピリピリとした空気を感じるようになった。人の集まりから騒ぎの声がかすかに聞こえる程度にまで近づくと、緊迫感が嫌でも伝わってくる。責任者さんによると、集まった方々は東区の避難民のようだ。北区や中央区以外の区画には、避難用の地下構造があまりないらしく、公共設備・施設が特に少ない東区はそれが顕著で、ああやって一度外へ退避させているのだとか。

 俺達2人が近づくと、避難民の注目が少しずつ集まってきた。ざわめき声も少しずつ大きくなっていくように感じる。


 そして門までたどり着くと、責任者さんが門衛さんを1人捕まえて協議を始めた。

 まず、門に備わっている魔法検知機構は切れないようだ。怪しい人間を入れるなという、宰相直々の命も下っているらしく、そんな中で門の守りを緩める措置は取れないとのこと。

 だからといって、検知が働いている中を強行突破するのも考えもので、引っかかると閃光とそれなりの音を発するらしい。そうなると集まった避難民がパニックに陥りかねない。そもそも、魔法の持ち込みと気づかれ、それを黙認したと思われたり噂が立ったりするのは好ましくない。

 実は裏口があるそうだけど、部外者がここまで多い中では使えない。避難民に紛れて密偵が入り込んでないとも限らないからだ。

 議論の末、別の門の使用を検討し始めたところで、あたりがにわかに騒がしくなった。避難民の方々が、空を指差して何か騒いでいる。

 俺達もその方に視線を向けると、シエラがほうきにまたがって空を飛んでいた。

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