第100話 「余計な脇道」

 8月10日10時。俺とメルは王都から東の方へ2時間ほど歩いたところにある、静かな林の中にいた。周囲に人の気配はない。

 今日の用件は、メルに頼んでいた新しい魔法を教えてもらうことと、互いに何か新情報があればその交換だ。人の目を避ける必要があって、かつ魔法の練習に適したそれなりの広さの空間ということで、今いる場所をメルが選定してくれた。

 メインの用件は新魔法の方だったけど、それに先立つ話題があるようで、メルが切り出してきた。


「Dランク試験なんですけど、9月の中旬予定って聞いてました?」

「うん。いつもそれぐらいに実施してるって聞いてたけど」

「実は、今回日程が早まりまして9月5日になりました。じきに正式なアナウンスがあると思いますけど」

「……1週間ぐらい早くなったのか」


 メルは日程が早まった理由ということで、彼が掴んだ限りの情報を話してくれた。

 日程変更は魔法庁側の思惑というよりは、外部からの要請に応えてそうなったらしい。いつもEランク試験を先に実施してきていたけど、スカウト目的で来ている観客としては、より実戦力になりやすいDランク試験合格者を先に確保した上でEランク合格者への対応を考えたいという要望が前々からあった。今回の変更は、そういった頼みを魔法庁が聞き入れることで実現したようだ。


「さすがに、外部からの要請に合わせましたなんて公表しないでしょうけど。ただ、商工会の方では先に日程の情報が知れてるので、前倒しの理由としては確度が高いと思います」

「しかし、だいぶ早まり過ぎじゃない? Eランクの前にすればいいんだったら、Eランクを後ろに持ってくればいいわけだし」

「そこは魔法庁が無意識に、受験者に甘くしないようにしたとか……あと、月の中ほどに大きい取引を予定してる商店の横槍があったなんて情報もあります。まー、こっちはちょっとマユツバですけど」

「ふーん」


 なんであれ、予定が早まったのは確かのようだ。情報が出回っている以上、従来の日程に戻すなんてことはありえないだろうし、こうなると新日程の方に合わせて動かないといけないようだ。


「それで、リッツさんの方は試験対策どうです?」

「新しい魔法と記述対策はあんまり……覚える方は1ヶ月で間に合うらしいから、もうじき始めるつもりだったんだけど」

「早まっちゃいましたからね、明日からでも始めたほうがいいと思います。双盾ダブルシールド空歩エアロステップはどうです?」

「双盾は、普通の光盾シールドの8割強ぐらいの大きさかな。空歩は、あともう少しで染色が終わるぐらい」

「うーん、そのへんの進捗は他の受験生のみなさんより、ずいぶん進んでますけど」

「まずは試験に出る方をやらないとなぁ」

「ですね」


 そうは言っても、今回こうしてメルに会ったのは、試験の前に”余計”な魔法を覚えるためだ。日程が早まった今、やってる場合じゃないという気はしないでもないけど。

 本題に差し掛かると、メルは肩掛けカバンから少し大きめの本を取り出した。普通の教本ではないようだ。その本と、いつも彼が使っているメモ帳を器用に開き、彼が話し出す。


「まず、魔法を打ち消すための魔法ですが、こちらはあらためて調査したものの見つかりませんでした。もう少し継続して探ってみようかと思いますけど」

「できればそうしてほしいけど、正直言ってありそう?」

「うーん、難しいですね。魔法使いの基本って、殺られる前に殺るですから。防御策として万能じゃないと見向きもされないでしょうし……とりあえず、調べる意識はしておきます」

「うん、助かる」


 あまり期待はしてなかったけど、やっぱりなんでも打ち消せる魔法ってのは無いようだ。もしかしたら、彼みたいな情報通でも入り込めない界隈で、密かに知られてるのかもしれないけど。


「続いて、リクエストがあった魔法……というか、型なんですけど。周囲のマナを取り込む系のやつですね」

「あった?」

「あるにはあるんですけど……」


 彼は苦笑いしながら答えた。何か問題があるんだろうか、俺が少し訝るような表情になると、彼はすぐに言葉を継いだ。


「期待してるほどのブツかどうか、ちょっと微妙ですね。試しにちょっとやってみますよ」


 そう言うと、彼は青色のマナを宙に刻んでCランクの円を作り、その中に継続型と見慣れない型を2つ描き込んだ。その2つが描き終わると、器の外側にある殻の部分に新しい線が加わり始めた。どうも、描いた器に干渉する効果を持っているらしい。

 続いて、その器に彼は文を刻んでいった。こっちの文は俺も知っているやつで、薄霧ペールミストだ。Eランク試験に向けて覚えたやつだけど、実戦ではあまり使う機会がない魔法だった。彼が文を描き終わると、できあがった魔法陣の上に青色の霧ができあがった。Cランクの円で作っているということもあって、Eランクのよりは濃い色の霧だ。

 魔法を展開し終えたところで、メルはこちらに向いた。説明かと思ったけど、彼は腕を組み、少し眉を寄せて考えこんでいる。


「これ、話すと長いんですよ。あまり考えまとめられてませんし……」


 そう言って渋い表情をしながら、彼は今やった魔法について話し出す。

 まず、俺のリクエストで調べた、周囲のマナを吸うものについて。そういう働きをする型は存在していて、今の魔法で使った収奪型がそれに当たるようだ。ただ、この型には問題が2つある。

 まず1つ目の問題は、周囲のマナを取り込んだところで、器の中でマナの内圧が高まると割れてしまうということだ。それを防ぐために、今やってみせたように殻を増やす型を合わせて器の強度を高める必要がある。この型は殻用の追記型というもので、他にも型自身に魔法陣を描かせる型は存在するようだ。複製術も、言ってしまえばこの追記型の仲間みたいなものなのかもしれない。

 次の問題は、そもそも収奪型で吸うべき周囲のマナが、術者自身で出すマナよりもずっと薄いことだ。なので、魔法陣の記述の助けにしたり威力を高めたり、そういう用途には全く適さない。


「……そういうわけで、収奪型の数少ない実用例が、この薄霧との併用です。こうして合わせて使うことで、周囲のマナの濃さを目視するそうです。収奪型を使わない薄霧を横に置くと、違いがわかるって寸法ですね」


 そう言って彼は、Cランクの円に継続型を描き込んだ器と、薄霧の文を合わせてもう一つ青い霧を作り出した。比べてみると、収奪型を使ったほうは確かに少しだけ色が濃い。


「マナの濃度を確かめたい状況自体、だいぶ少ないですけどね。強いて言うなら、黒い月の夜でしょうか。瘴気の濃さを確認することで、平民の安全を確保するという用途に使えると思います」

「なるほどな~」


 一通りの説明は終わったようだ。メモを取っている俺を見ながら、メルは口を閉じている。彼に依頼した本題は収奪型の方だったけど、おまけで知ることができた追記型も結構な収穫だ。メモ帳の上にペンを走らせながら、俺は彼に問いかけた。


「この追記型で殻を強化していくと、実質的には限りなく強化できる?」

「うーん、器側のマナ濃度が高まりすぎると注ぎ込めなくなるって記述は見ましたね。ただ、術者の力量にも左右されるそうです。マナを送り出す力が強ければ、もっと濃くできるみたいな」

「なるほど」

「ただ、タメの時間がもったいないってのはあります。避けられちゃお終いですし。対応したり考えたりする時間の余裕を与えないのが、魔法使いの戦闘の基本ですから」

「のんびり殻を強化してる暇なんて無いわけか」

「流派にもよるところですけど。威圧や威嚇に使う流派もあれば、この追記型を大半の魔法に合わせる流派もあるそうです。タメなしですぐ書ける濃度を高めていく感じですね」

「へぇ~」


 一瞬で書ける濃度をそのときの力量とし、それを鍛えていくなら確かにスピードと威力を両立できそうではある。理にかなった話だとは思うけど、どうも主流じゃなくてかなり規模が小さい流派でやってるようだ。

 メルに聞くと、そもそも人によって効果が変わる魔法は好まれないらしい。


「魔法庁としては、どの魔法も個人差が出なくなるのを理想としてますね。というか、個人差が出ないというのが実際に建前としてあります。誰が使っても同じで、だから覚えた数で力量を測るって感じです」

「あー、なるほど。試験もそんな感じだしね」

「ですです。威力や効果で個人差を出したくないってのは、魔法庁に限らず冒険者の中でも割と一般的な認識で……人によって違ってたりすると、仕事前の確認が大変ですからね」

「確かに……」

「双盾みたいな自分用の魔法はともかく、攻撃や補助みたいな自分以外の相手に使う魔法は、魔法庁の承認基準にあわせるのが一般的なマナーですね。気心知れた仲のパーティーで使うならその限りじゃないですけど」


 人と違うことをしたがるのも考えものかもしれない。一方で、基準とされる魔法が意識されているからこそ、ちょっとしたオリジナルが相手に強い印象を与えるということもありそうだ。


「……教えてもらった収奪型と追記型って、魔法庁ではどういう認識?」


 気になって聞いてみると、メルはいい笑顔になった。


「もしかしたらお察しかもしれませんが、魔法庁的には存在を認知してますけど、認定魔法には使われてません」

「状況次第で威力や効果が変わる魔法なんて認められないからか」

「そんなところだと思います」

「……そんな魔法、よく調べてこれたね?」

「あはは、それでご飯食べてますからね!」


 腰に手を当てて軽くふんぞり返った彼は、俺が世間知らずというのもあるだろうけど、ちょっと底が知れないレベルで色々知ってたり探り当ててきたりするから、本当に大したものだと思う。


「……それで、2つ型を教えましたけどどうします?」

「どうって……あー、試験が早まったんだったなぁ」

「それさえなければ、今日覚える流れかと思ってたんですけど」

「……いや、せっかくだし今日やっちゃおう。染色や追随みたいに、術者に負荷をかけてくる感じじゃないよね?」

「覚えれば使えるタイプの型ですね。負荷を強いる感じはないです」

「わかった」


 さっそく、型の習得に取り掛かろうとする。ただ意外だったのは、メルがこの場に留まってコーチをしてくれるということだ。てっきり調査結果を教えるだけ教えて別れるものと思っていた。彼に礼を言うと、笑顔で話し掛けられた。


「いいんですよ、今日は暇ですし。ただ、何に使うつもりか気になってですね」

「……うまくいったらそのうち教えるよ。まぁ、失敗しすぎて断念しても教えるかな」

「前者だといいですね、期待してます!」


 できるかどうかもわからないだけに、先に追及されずに済んだのは助かった。やっぱり、うまくいってから目論見を話したいし、それで驚かせてやりたい。

 思い描いている魔法をとりあえず脇において、俺は新しい型の習得に取り掛かった。


 しかし、今日これを覚えても、明日からは試験対策なんだよなぁ……。

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