第51話 「Eランク魔導師階位認定試験」

 案内の声を受け、回廊で待機していた組が腰を上げてぞろぞろと中央へ向かう。俺もその中に加わって試験会場へ向かった。

 中央部へつながる、屋内からの出口に立つ職員の方へ、前の受験生にならって受験証を手渡す。職員の方は視線を上下に走らせてから、「結構です、どうぞ」と言って先を促した。

 進んで闘技場中央に歩み出ると、人の列が三つあった。「左の列に並んでください」と職員の方に誘導され、その列に並ぶ。三手に分かれて試験を進めるということだろう。


 視線を上にやると、観覧席にはまばらながら人がいた。付き添いの人や、スカウトや、魔法庁長官補佐室とやらの美男子を見に来た人たちだろう。身なりの良い婦人や、目付きの鋭い男性、恰幅の良い商人らしき方に、黄色い声を上げている若い女性のグループなど、様々な観客がいた。

 黄色い声を上げられている例の室長は、ここからでは確認できなかった。試験自体は冒険者寄りの部署が取り仕切っている。その中に、規制派筆頭と言われている室長が混ざって試験に顔を出しているというのが、どうも気になっていた。

 メルに言わせると、こういう衆目にさらされる機会で出ることが多い人らしい。世評を気にしてイメージアップのため、あるいは受験者と観客双方に睨みを効かせるためというのが、彼の見解だ。

 あまり見回すと不自然なので、視界に入ったら少し確認する程度にしよう。幸い、一目見ればわかるレベルのイケメンらしい。


 列に並んでからほどなくして、全員並び終えたらしい。集団の中央前方から声がする。


「では、これよりEランク魔導師階位認定試験を開始します。各自、係員の案内に従ってください」


 それからすぐに、列の前方で光ったり音がしたりし始めた。実技試験が始まったようだ。

 前には20人ぐらいいて、後ろはそれより少ない。全員で100人ってところか。

 ただ、待つのも暇なので、受験者のマナの統計でも取ることにする。近くにいた職員さんを呼んで、メモやペンとか取り出していいか聞くと、すんなり許可をもらえた。


「筆記試験の場合は不可ですけど、今日は実技だけなので大丈夫です。復習ですか?」

「いえ、他の方のマナの色のカウントでもしようかと」


 すると、彼は少し難しそうな顔をし、腕を組んで何度か小さく首を縦に振った。


「いや、気持ちはわかります。気になりますよね。ここにいるみなさん、同期みたいなものですし」

「そうですね、同期といえばそうなのかもしれません」

「まぁ、あまり人に気を取られすぎないように。リラックスして臨んでくださいね」

「そっちの方は大丈夫です」


 笑顔で答えると、彼もにっこり笑って立ち去った。理解のある方で良かった。

 あらためて前方に視線をやって、色の統計を始める。最近できた知り合いはだいたい青色で、それももう少し上の方の色が多く、実は緑色って全然いないんじゃないかと心配になっていた。

 しかし、今回の試験で実際に数えてみると、緑に近い色が一番多いようだ。たまに明るい橙色とか深みのある青色とか見えて、いいとこの子も、最初はEからなんだろうなと思った。


 列の前方が捌けて少しずつ前に進むと、噂の美形が見えた。言われるだけあって相当なものだ。色白の肌にまばゆい金髪、整った顔は少し中性的で、スクリーンから飛び出してきたような感じだ。その彼は、無表情で油断なくあたりに視線を配っている。なるべく目を合わせないようにしよう。


 そして、いよいよ俺の番になった。紙の束を手にした職員の方に名前を呼ばれ、一歩前に歩み出る。


「では、まず魔力の矢マナボルトから。前方の的に目掛けて放ってください。どうぞ」


 最近はあまり実戦らしきものはやっていなかったけど、それでも害虫駆除の依頼などで虫を狙い撃つなどして、練習は絶やさなかった。

 五重になっている円の的目掛けて矢を放つと、真ん中の白い部分が一瞬青緑に染まった。的中したということだろう。試験官の方が受験証に何か書き込んでいる。


「次は光球ライトボールを。どうぞ」


 これも問題はない。青緑のぼんやりとした光球が宙に浮かび、少し経つと霧散した。


「次は瞬光ブリンクですね、どうぞ」


 ここからが試験のために覚えた魔法だ。単発型の器に文を書き込む。


『空かける 刹那の光 眼皮まかわを染めて 闇奪え 白から黒も み通し 常に居る色 一になれ』


“一瞬の光でもまぶたの裏まで染め上げて、目を開けても閉じてもずっと一色にしてしまえ”みたいな意味合いの魔法だ。鼓空破エアドラム同様に結構迷惑な魔法で、文どおり一瞬閃光が走った後、相手の視界が少し染まる。

 しかし、相手がマナのコントロールに慣れていれば途端に効かなくなる。このあたりの弱点も鼓空破と同じだけど、もとの威力や効かなくなる早さを考えると、鼓空破よりも弱い魔法らしい。その分、こういう試験には向いている。

 試験官の方は一度目を閉じて、少ししてから目を開けた。たぶん最初から立ちっぱなしで、フラッシュを焚かれっぱなしだったんだろう。それでもほとんど効いていないようで、事も無げに次を促された。


「次は薄霧ペールミストですね、こちらから合図をしたら消してください。では、どうぞ」


 今度は継続型の器を作り、そこに文を書き込む。


『吹けど離れぬ 霞あり 迷う心に 染みるなら 惑い惑わし 空おぼれ 隠れ温もる 仙の心地よ』


“いつまでも晴れない霧の中で戸惑うばかりなら、いっそ戸惑いも霧みたいにぼんやりさせれば、案外どうでもよくなって快適なもんだ”ぐらいに解釈している文だ。

 書き上がると魔法陣を中心に青緑の霧ができる。視界を妨げるほどの濃度ではないけど、中に入ると結構うっとうしい。瞬光みたいに視界が染まる。相手に使って撹乱するか、自分がいるあたりに使ってカムフラージュに使ったりするんだろう。

「そこまでで結構です」と試験官の方に言われ、魔法を解く。いよいよ最後だ。


「最後に染跡カラートレックですね、どうぞ」


 継続型の器を作り、文を書く。


『跡染めて しるべ残せば いちじるし 此の方このかた行く方ゆくえ 道透くばかり』


“足跡に色をつけてしまえば、これまでの足跡もこれからの道も、どちらも透き通るくらいにはっきりわかる”みたいな魔法だ。

 試験官の方が出来上がった魔法陣に一歩踏み込み、すぐに戻って何歩か歩くと、青緑の足跡が地面に残った。

 これは主に狩りで使う魔法とのことだ。自分の足跡を残して、目当ての獲物をおびき寄せたり、あるいは出没地点と思われるところに仕掛けておいて、獲物の巣穴までの道を確かめたり。

「結構です」と言われ、魔法を解く。魔法陣は消えたけど、足跡はそのままだ。放っておけばそのうち消えるので問題ないだろう。よく見ると、前の受験者に付けられたと思われる足跡がうっすらと地面に残っていた。


「以上で実技試験は終了です。こちらの受験証を持って、闘技場入口の受付に提出してください」


 彼は落ち着いた声でそう言って、受験証を手渡してきた。今更になってドキドキしてきた。受験証をチラッと見ると、下部にあるそれぞれの魔法の名前に赤字で丸がうってあった。たぶん合格だろう――というか、これで違っていたらかなりキツい。


 少し足早に受付へ向かう。つとめて平静を装い、受付の方に受験証を渡すと、一言「おめでとうございます」と言われ、俺はホッと胸をなでおろした。

 すると、「では、身分証の提示をお願いします」と言いつつ、彼女は別の書類を取り出した。冒険者ランクが上がったときと同じような感じの処理を行うんだろう。

 身分証を提示すると、彼女は書類の中の紋章らしき部分に身分証を重ねおき、受験証を作ったのと同じ要領でマナを流すように指示される。

 言われたとおりにすると、書類から模様がカードに移り、またギルドの紋章が少し豪華になった。


「以上で試験は終了です。お疲れさまでした」と両手でカードを差し出され、こちらも思わず両手で受け取った。温かい視線で微笑まれて、なんだか少し恥ずかしくなったので、照れ隠しに少し質問をする。


「Dランクの試験はどんな感じですか?」

「Dランクですと年に二回、三月と九月の中旬に実施されます。早い方ですと三ヶ月ほど先ですね。実技試験の後、実技の合格者で筆記試験を行います」

「難しいですか?」


 すると、彼女はすごくいい笑顔になった。


「Eよりは格段に難しくなりますが、それでも三ヶ月で合格する方が毎期数名はいらっしゃいます。頑張ってください」


 頑張れば、やれないこともないぐらいの難易度らしい。教えてくれた彼女に一礼してから、外に出ようとしたけど、やり残したことを思い出して中に戻る。

 回廊部分を歩いて職員の方を探すと、ちょうど暇そうにしている方を見つけた。観覧席向けの案内担当なんだろうか。近づいて話しかける。


「すみません、少しいいですか?」

「どうされました?」

「いえ、闘技場に布を被せられた資材らしき何かの一角があって、気になりまして」


 最初に来たときから気になっていたものの、なかなか職員の方に聞く機会がなかった。彼が詳細を知っている保証はないけど、知らなければ深追いしない方がいいだろうと、なんとなく感じる。

 俺の質問に対し、彼は少し申し訳無さそうな表情になった。


「すみません、僕もよく知らないんです。別の部署が担当している件なので」

「そうですか」

「まぁ、監視だけは任されてるんですけどね。近寄らない方がいいですよ」

「そうですね、注意します。ありがとうございました」


 こうしてやんわり忠告してもらえただけでも、実はありがたいことなのかもしれない。良い機会が来るまでは詮索しないようにしよう。彼に礼をして闘技場を後にした。

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