第49話 「実験録②」

 ・4月22日 快晴 複製術と可動型

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 今日もお嬢様がいない。そんな日に複製術を使うのはどうかと思い、奥様に許可を得に行った。すると、あっけらかんとした調子で許可されて、少し拍子抜けだった。


 気を取り直して実験を開始する。継続・可動型の器を書き込み、複製術を使う。以前、視導術キネサイトを七倍にしたときにも同じことをやったけど、今回は文を書く前の状態に用がある。

 外側の空の器一つに意識を集中すると、その部分だけが切り離されて動いた。その一欠けを完全に別の場所に追いやっても、複製術の方は反応しない。中心の一つに、五つくっついたままだ。

 つまるところ、複製術はコピーを一度に六つ作って、それで終わりということらしい。常に六つ接するように作り続けるわけではないようだ。

 試しにコピー元――これからは親器と呼ぶことにする。コピー先は子器――に光球ライトボールの文を書き込んでみると、子器五つには同様の文が刻まれて光球が出来上がった。一方、切り離した子器はそのままだった。接触していないと複製の続きができないらしい。


 続いて、一旦切り離してから、また親器にくっつけるとどうなるのか。文のコピーを始めたところで、子器をくっつけようとすると、勢い余って親器と変に重なってしまった。すると、親器も子器の全ても消えてなくなった。

 たまたまそうなっただけかもしれない。そう考えて何度か同じ実験を繰り返すけど、結局同じ結果に終わった。親器のコピー中に子器が重なると良くないらしい。たぶん、コピー中のデータに干渉して整合性が取れなくなってぶっ壊れるとか、そういう現象なんだろう。

 試しに今度は親器と子器が半端に交差した状態で文を書くと、文が書き終わった瞬間にすべて消えてなくなった。文を書き込んだあとで、ちゃんとした魔法かどうかのチェックが入っているような感じだ。


 コピー中に重ねるのがダメなら、文を書いてから、つまり一つの魔法になってからだったらどうなるのか。試しに子器六つ作ってから親器に光球の文を書き込んで動かす。

 すると、シンクロナイズドスイミングみたいに同じ動きを始めた。親器経由で一斉に視導術の文を書かせると、同調して動いたことを思い出した。

 一度全て消してから、今度は子器それぞれに光球の文を書き込み、最後に親器に書く。書き終え、七つの光球ができあがってから、その一つに意識を集中し内側へ、つまり他と重なるように動かすと、今度は消えることなく重なり合った。酸素分子の模型みたいな感じだ。重なってる部分は少し明るい。

 全部足すとどうなるんだろうか。やってみると、単体でやるときよりも格段に明るくなった。ここから分離できるかどうかやってみると、ほんの少しはみ出していた一つだけは分離できたものの、あとのは完全に一つになってしまった。

 外見は一つになっている。目を閉じて頭の中でイメージしても、それは同様だった。全ての光球の魔法陣が重なり合って一つになっている。これを分割しようと頭の中でイメージしても、なかなかちぎれない。無理に一つだけ引き剥がそうとすると、イメージ全体が崩れて消えてなくなった。


 足すことはできても、後から分離するのは難しそうだ。ここでまた一つ、気になることができた。

 半端に重なった状態で文のコピーをしようとすると失敗した。だったら、完璧に重なり合わせた状態にしてから文を書くとどうなるのか?

 まずは器を書いて複製する。七つできあがったところで、それらを動かして重ね合わせる。いくらイメージしても分離できないレベルにまで重なり合ったら、光球の文を書き込む。

 書き込んだのは一回だけだった。そう認識しているものの、七つの器に全て書き込めたようだ。あるいは、重なった時点で一つの器になったのか。ともあれ、地面に残ったままの器はなく、一度の文の記述で、一つの明るい光球ができあがった。


 事前の準備が必要とはいえ、かなりズルいことをやっている気がする。これを視導術で試してみると、かなりの重さの物体まで持ち上げられるんじゃないか?

 試しに水を張ったタライと水差しを用意し、七つの器を重ねてから水差しに移動させる。そこで、立ち止まった。今からやろうとしていることが、俺の力量を超える行為の場合、とんでもないことになるかもしれない。

 手で水差しを持ち上げ、水が入ってないことを確認する。タライに浮かべ、視導術を書き込む。水が入っていないと、特に問題なく動かせる。

 水を少しすくっては戻し、徐々に水差しの中の水位を上げていく。いつもやってる水やりの限界を超えても、まだ水は入った。しかし、強力な倦怠感が襲いかかり、身の危険を覚えて魔法を解いた。

 今の現象を簡単に解釈するなら、いつもの七倍のパワーがある視導術になったものの、俺が七倍強くなったわけじゃないってことだろう。少なくとも、こういう形でのズルはできなさそうだ。



 ・5月5日 晴れ マナペンと視導術

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 可動型の器は単独で自由に動かせるけど、地面を這わせてばかりだった。これを持ち上げることができないか、試してみるとうまく行った。

 問題は、頭の中だけでイメージして立体的に動かそうとすると難しいことだ。さすがに視覚に頼らないと厳しい。

 ただ、見ながらであれば、器の状態で立体的に動かせるとわかった。地を這わせると凸凹に追従してしまい、文を書くのに困っていたから、これは朗報だろう。宙にあると凸凹のないきれいな器に戻る。

 ここで一つ考えたのは、今まで対象物の大きさに合わせて視導術を書く大きさも合わせていたけど、別にそんな必要は無いんじゃないかということだ。あらかじめ書いておいた可動型の器を、動かしたい対象物のところまで持っていき、上に重ねてから文を書けば持ち上がるんじゃないか。


 試しにやってみるものの、ぴったり重ねるというのがうまく行かない。物に重なると、器がその形に合わせてちょっと伸びる。表面にラップがけするみたいに。

 何回か試行錯誤しているうちに、一つひらめいた。文を書く箇所さえ凸凹してなければ問題ないんじゃないか。それなりに高さがあって、かつ小さめの物体ということでコップを取り出し、上から器をかぶせるように乗せる。

 それから文を書き込むスペースを確認したところ、伸びたり歪んだりということはなかった。平面に投影したかのように、きれいなままだ。その状態で文を書き込むと、うまく行った。コップから魔法陣がはみ出したまま魔法が発動し、魔法陣ごとコップを持ち上げ動かすことができた。


 この要領でマナペンを持ち上げたらどうなるんだろうか。

 というのも、視導術で継続・可動型の器とマナペンが結びついた場合、マナペンは指の代わりに魔法陣で俺が持っているのと同じような状態になる。マナはきちんと流れるように思われる。これで筆記が可能かどうか。

 マナペンを持つのは、少し発想を転換すれば余裕だった。テーブルからはみ出すようにペンを置き、器を地面に立つように傾け、ペンが刺さる形になるように器を動かしてから文を書く。すると、コマみたいな格好でペンと器が合わさり、動かせるようになった。

 問題は筆記ができるか。テーブルに置いたメモ帳にペン先をつけると、かなり薄いながらも青緑の線を引けた。俺から魔法陣へ流れたマナを、マナペンが吸っているようだ。

 視導術で重いものを持つときの感覚を思い出し、動かす力はそのままに、マナの流れだけを強く意識する。すると筆圧は変わらず、線だけ少し濃くなった。指で持つときより、まだまだかなり薄いけど。ただ、こっちの書き方だと、指で持つより濃淡を効かせて書けるかもしれない。



 ・5月6日 くもり マナペンでの訓練:似顔絵

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 Eランク試験に向け、みんなどんな感じで練習しているのか、気になって闘技場に来てみた。

 矢の練習をしている人はあまりいない。多かったのは光球とか視導術で、知らない魔法もいくつかあった。

 偵察が済んだところで闘技場の回廊内に入り、適当なテーブルに着いてから昨日のマナペンの遠隔筆記を試す。

 指で持つよりもずっとペンのコントロールが難しい。これをうまくコントロールできるようになれば、魔法使いとしての力量も向上するのではないかと考えた。

 何か書く題材があれば、訓練に役立つだろう。そう思ってパン屋で買った昼飯をスケッチする。

 恐る恐る動かせば、輪郭の方はそれなりにきれいに書ける。ロールパンよりももっと造形的に難しいパンの方が良かったかな……そんな事を考えていると、後ろから話しかけられた。


「何してるの?」


 冒険者らしき男女の二人組みだ。


「いや、視導術でもマナペンを使えるから、魔法の練習にスケッチしてるところ」

「???」


 さすがにわからなかっただろう。言ってる自分でも、途中で何言ってんだコイツという気持ちになった。先ほどの簡潔過ぎる説明に少し補足を入れると、今度は納得してもらえたようだ。


「なるほどな、細かくて精密な動きができるように、ペンで訓練してるってことか」

「ロールパンじゃ、ちょっと簡単すぎたけど」

「人の顔でも描けば?」


 女の子の方が提案した。連れの青年は乗り気で、「いいな、お前描いてもらえよ」と笑っている。女の子の方もまんざらではないようで、近くのテーブルから椅子だけ引っ張って座った。モデルになる気満々だ。


「下手でも怒らないでくれるなら、やってみてもいいけど」

「面白そうだから、なんだっていいよ」


 意を決してペンを紙につける。高校の美術は、平均よりマシ程度の成績だった。さすがにこの状況で写実的に描く勇気はない。適当にデフォルメした顔で許してもらおう。

 しかし、顔の形に合わせた曲線を描くのが案外難しい。最終的に、顔文字よりはちょっと装飾のある程度の絵になった。彼女に顔を合わせないようにしながら、紙を差し出す。


「へぇ、まあまあだな」

「結構かわいいね」


 慰めか本気かよくわからない。曖昧な笑みを浮かべつつ小さく頭を下げると、女の子が紙を手に取り、「もらうね、ありがと」と言った。青年の方は笑顔で手を振り、二人とも去っていった。

 まぁ、悪くはなかったんだろう。模写の難度を上げるため、ロールパンを一口かじり、またスケッチを始める。

 十数分後、また別の子に声をかけられ、似顔絵を描く羽目になった。


 その日は結局、デフォルメした顔を描くのが少しうまくなった。



 茶をすすりつつメモを見返すと、気を失いかけたり複製術を使ったり、割と危険で話しづらいことをやっている気がした。さすがに、話す話題は選んだ方がいいだろう。まぁ、似顔絵の件でいいんじゃないかな。


「視導術の練習で、似顔絵を描いてたんだけど」


 メルはちょっと身を乗り出して、胸ポケットからメモとペンを取り出した。

 ネタは小出しにした方が後々困らないんじゃないか、そんなことを思いながら話し始めるものの、結局は彼の雰囲気にあてられて他のネタも明かしてしまうのだった。

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