第48話 「実験録①」
走り書きのメモは、本当にそっけない感じで実験内容が書いてある。日記はもう少しマシだったと思うけど、さすがに持ち歩いていない。仕方ないので、メモから記憶を呼び起こしていく。
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・4月10日 晴れ 一人で型の実験をする:三つの型と各文の組み合わせについて
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今日は器と文の組み合わせを試してみることにした。事前の教えでは、組み合わせの探求はすでに発掘済みの鉱脈で、目新しい成果は挙げられないだろうとのことだった。しかし、自分で色々試して発見する分には良い題材だと思う。
お嬢様は外出していて一人の実験になる。しかし、今後は一人でもやってしまおうと思う。というのも、ちょっと微妙な実験で考え事をしているときに、横にいられると少し緊張するというか、恥ずかしいからだ。ある程度考えがまとまってから報告する方が良いように思う。
今まで覚えた型は単発、継続、可動の3種類。これらの型にそれぞれ模様があって、それを円に刻んで器にしていくわけだ。
まず、
次に、光球ではなく
しかし、発動から着弾までが短すぎて確認できないだけで、もしかしたら矢の中にも光球みたく魔方陣があるのかもしれない。つまり、実際には継続型として機能し得るのではないか。
可動型のように自在に動かせるかどうかはともかくとして、単発型と継続型で違いは感じられるかもしれない。そこで、的あてみたいに横に撃つのではなく、空に向かって撃ってみる。矢とのつながりを意識して、どこまでも飛んでいく感じを得られれば、矢が継続型になったと考えていいだろう。
試しに空に向けて継続・可動の矢を撃ってみる。すると、撃ってから数秒間、意識が遠くなっていくような気がした。気になってもういっぺん試すと、やはり意識を空に引かれるような感じがあって、背筋に寒けが走る。
意味のない組み合わせではないんだろうけど、意識を持ってかれると危険だ。ただ、これを突き詰めると術者の力量次第では無限の射程距離を得られるのかもしれないし、着弾までの距離を調整できれば、継続型の”つながり”を鍛える訓練になるかもしれない。
続いて、型同士の組み合わせを試す。光球を使うのが一番わかり易いだろう。
単発と継続の組み合わせは意味がなかった。普通に単発型のみで作ったのと同じ挙動で、そのうち消えてなくなった。
少し興味深かったのが、可動型単体で作ったときだ。そのうち勝手に消えるとしても、それまでは動かせるだろうと思っていたけど、実際には何回か試しても動かすことはできなかった。単発型と可動型を組み合わせても同様だった。
この実験から、継続型は術者のマナと一緒に、思考も魔法につなげているのではないかと考えた。つまり、接続を維持するみたいな役目を果たしているのではないかと。USBケーブルみたいな感じだ。
試しに継続型のみで光球を作ると、消えずに残ったものの動かすことはできない。唯一できる操作といえば、意識して消すことだけだった。たぶん可動型は、継続型から伝えられた、動かすイメージを実行する作動部分なんだろう。
次に、三つすべての型を器に押し込める。つまり、単発・継続・可動を一緒に書くわけだ。
これは何回やっても失敗した。書く途中で器が割れて消えてしまう。定まった大きさ以上の円を書こうとすると、器が割れると教えてもらったけど、それと同じことなのかもしれない。
最後に、一つ気になった点があった。光球は可動型と組み合わせると動かすことができた。それはいい。しかし、器の方で動かす力を得られるなら、視導術の文は何をしているんだろうか。
ふと気になって、文を書かずに可動・継続型の器を作って、動かすイメージをしてみる。すると、器はその動かすイメージ通りに地を這っていった。
驚いたのは、そうやって動かせた器が、完全に地面や地形、ものの表面に追従していることだ。地形の凸凹に沿った形でマナの輝きを放っている。試しに文を書き込んでみるけど、凸凹の上だと何回やっても失敗した。おそらく、文も凹凸に合わせないといけないんだろう。
失敗を繰り返した後で本題に立ち返る。視導術の文は何の働きをしているのか。地面に器だけ書いて少し動き回らせた後、文を書き込んでみてからまた動かそうとすると、マナの模様に沿って土や砂が動いた。
たぶん、視導術の文は動かしたいものと、器をくくりつけるための働きをしているんだろう。そして実験を繰り返すうちに、動かせないものもあることがわかった。おそらく、生きているものはダメのようだ。草は何回やってもくっつかなかった。
一方で、不定形のものはくっつけられる。器を水の中に突っ込んでから文を書き込むと、青緑のマナの光に沿うように水がまとわりついた。
視導術以外でも試そうと思って、継続・可動型の器を書いて少し動き回らせた後、矢の文を書き込むと、そこから魔法陣ができて
もう少し注意した方がいいな。
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・4月11日 くもり 器への追記実験:成功
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動かせる器を書き込む。目を閉じると、器との”つながり”を感じる。頭の中のイメージをそのまま形は崩さず、右に滑らせてから目を開ける。すると、実際に書いた器もイメージ通りに右へ動いていた。
おそらく、頭の中のイメージそのままに、現実でも動きを反映させられるのではないかと思う。ただ、見ながら動かす方が確実だし、常人では頭の中で動かせる量にも限度がある。
しかし、本当に試したいのは別のことだった。
黒い月の夜、霊薬で酔ってから前後不覚になりながらも、バリケードみたいに器を書き込みまくったことを思い出した。あのとき、最終的には目を閉じて魔法を書きまくってたはずだ。別に見なくても魔法は書けるはずだ。
目の前の継続・可動型の器を、とりあえず目で見て動かし、目を閉じてからも動かし感触を確認する。目を閉じても、その器がそこにあることがはっきりと分かる。
頭の中で、その器のイメージに光球の文を書き込み、目を開ける。光球はなかった。
少し落胆してから、ふと気になって、器があったはずのところに歩み寄る。そこは、地面が少し凸凹していた。
再度、凹凸のない場所を見つけてから、同様の手順を繰り返す。目を閉じて、先に書き込んだ器に光球の文を書き込む。今度はうまく行ったようだ。まぶたを超えて青緑の光がぼんやりと見える。
目を開けると、期待通りに光球ができあがっていた。思わずガッツポーズする。
まぁ、これだけだと実戦では使えないだろう。目を閉じても魔法を書けるってだけでは。
しかし、これで視界が通らないところにも、魔法陣を展開できるわけだ。狙いをつけることができないし、距離感すらうまくつかめないだろうから、実用化には大変なハードルがあるけども。
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・4月14日 晴れ 継続型の距離限界
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空に向かって継続型の矢を撃ったときに、気が遠くなるという経験を以前にした。
この”射程”を伸ばすのも、魔法使いとしての訓練になるんじゃないか。そう考えて、継続型の”接続距離”みたいなものを伸ばす訓練をやってみることにする。
しかし、作った光球を動かしてみるものの、遠ざける一方では本当に遠ざかっているのかいまいちわからない。一応、俺の”射程”は裏庭では収まらないのはわかった。
広い表側の庭でも試してみるものの、光球を遠ざけるほどに、遠ざけるための力が弱まっていく感じがあった。たぶん、信号が微弱になるとかそういうイメージだろう。そういう状態で力を注ぎ続けるのが、限界を引き伸ばすのにはちょうどいいのかもしれない。
一番の問題は、遠ざけに遠ざけた光球が力量の限界に到達して消えたとき、その距離がわからないから上達をつかめないことだった。
そんなことを悩んでいると、マリーさんが俺の訓練を見ていたことに気がついた。なんかニヤニヤしている。
いまさら見られていたことに気がついて、気恥ずかしさを覚えつつ、彼女に助力を請うと、彼女は微笑んで快諾した。
訓練は屋敷の外、塀に沿ってやることになった。垣の端に立った俺が目の前に光球を作り、目を閉じて遠ざけるイメージをする。遠ざかっていく光球に付いてマリーさんが歩いていき、光球が消えたら消えた地点の塀にリボンを括り付ける。「新記録ですね」と笑いながら彼女が言った。
「そりゃ、最初の記録ですし」
「それが案外、偉大な一歩かもしれませんよ?」
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