第47話 「試験対策」

 創世神話の最初の部分を読了すると、妙な寒気を覚えた。一度本を閉じ、両手でマグカップを持って熱をもらってから、また少し茶を口に含んだ。目を閉じてリラックスする。

 ふたたび本に手を付ける。先ほど読んだお話は、前世で知った、惑星ができあがるまでの過程によく似ていたように思う。まるで天文学者や地質学者に、おとぎ話でも書かせたみたいに。


 創世神話の後の顛末てんまつは、文化圏の違いによって様々に分かれるようだ。それでも各文化圏で共通しているのは、まず赤いマナを持つ人々が神々――最初の七人――の力を一番強く受け継いだとされて王族になったことだ。

 次いで強力な力を持つ紫のマナを持つ人々が、王族に力を認められて貴族となったこと。

 そして、世界を満たすマナの、裂け目になっているところが異界への目となり、そこから邪心を持つ魔人がこの世を侵略しようと目論んでいるということだった。


 ちょっと読み進めると、入門書らしくQ&A形式で解説が載っていた。あまり神学書(?)らしくはないと思いつつ、文化を知るにはちょうどいいと思って読んでいく。



Q1:緑のマナは創生において、どのような役目を果たしたのですか?

A1:一般的には、力の弱い緑の民が生きていけるように、六つのマナを投じて世界ができあがったと見られています。そのため、緑のマナで何かを成したと伝承する文化圏はあまりありません。

 これは、現代において緑のマナ固有の力がよくわかっていない、というよりも、おそらくは特別な力を持っていないだろうと考えられていることに符号しています。


 一方で、紫のマナが創生において具体的に何をしたのかも、よくわかっていない部分もあります。

 実際には、命を生み出したのは緑のマナであって、紫のマナは過ぎた繁栄を戒める懲罰のために後から用いられた、そう伝える文化圏も少ないながら存在します。これは魔人との戦いに貴族が率先して動くことから来た伝承であると考えられています。


Q2:創世における、橙のマナの役目は?

A2:橙のマナの力で、最初に金属の海ができあがったと考えられています。しかし、その際には赤い炎の力を借りたと言われており、あまり単独で成し遂げたと見られていません。

 続いて力を発揮した黄色の大地のマナの力が、より人類にとっては馴染みやすくわかりやすいものだっただけに、橙のマナの力は創世において省略されている伝承も存在します。その場合、赤の炎の力か黄色の大地の力に、橙の役目が吸収される形で伝わっています。


Q3:暖色系と寒色系とで、実際の力関係は?

 最初に動いたのが赤から黄色までのマナということで、暖色系のマナを持つ方が国の根幹を支える職を押さえていることが多い傾向にあります。赤は王族、橙は兵権、黄色が農耕や牧畜、鉱業に工業など。

 一方で寒色系は、どちらかというと世の中のルール作りや、人と人を結びつける仕事を任される事が多いです。官吏や交易、商売などは寒色系のマナを持つ方が高い地位につく傾向にあります。

 これは創世において暖色系の方が、手にとって触れたり、わかりやすい力を発揮したりしたのに対し、寒色系はあまり明確な力を発揮したとはみなされず、その役割において少し抽象度が高いと考えられている事に影響されていると考えられます。


Q4:魔人の赤紫のマナはどこから来た?

A4:創世の時点では存在しなかったと考えられています。世の中ができあがってから、赤いマナもしくは紫のマナを持つ人々の一部に邪心が起こり、少しずつマナが変性していったというのが一般的な解釈です。

 つまり、自然には存在せず、人が生み出した色であるという考えです。

 王族と貴族の婚姻で子が生まれても、そのマナが赤か紫のどちらかになる(実際にはほとんど赤に染まるようですが)ことも、赤紫のマナが理外の存在であるという考えを支持しています。



 どうも、創世神話に関しては、かなり客観的な視点で受け止められているらしい。世界の成り立ち、世の中の有り様の解釈を一つの神話の中に求めている一方で、各地でその捉え方が違っている。その”違い”を当然のものとして受け止めているように感じられた。原理主義者とかいないんだろうか。

 マナの力は、最初に来た時は超常の力に感じられた。それでも、この世では確かなものとして存在している。

 そういった力が身近にあるおかげで、世界ができあがるまでの過程も地続きなものとして感じられ、過度に神格化がされない歴史をたどったのかも知れない。


 茶を飲みつつ読み進めていく。読み物としてなかなか楽しめる本だったけど、緑のマナに関しての記述は、だいたい持たざるもの扱いだった。

 お嬢様いわく俺のマナは青寄りということで、それは救いだったものの、もう少し緑の強みとかあればなぁと思わないでもない。


 ある程度流し読みが済んだところで視線を上げると、外側のオープンカフェの方に見知った少年がいた。巻毛で薄い色の金髪に少し日焼けした顔。ギルドの記者をやってるという子だ。メルクリーフとか言ってたっけ。

 Eランク魔導師の試験まであと一ヶ月ほどになっていた。彼に何かアドバイスでももらえると助かるだろう。魔法庁についての情報もほしい。

 屋外のナンパゾーンは、別にそれらしい組ばかりということもなく、性別や世代関係なしに歓談しているようだ。俺が彼に話し掛けたところで、変に思われたりしないだろう。

 本をしまってマグカップ片手に近づいていくと、頬杖をついて本を読んでいた彼が俺に気づき、小さく頭を下げてにっこり笑った。


「おはよう。メル……で、よかったっけ?」

「はい! おはようございます、リッツさん」


 初対面もこんな感じで明朗快活だったなぁと思い出した。彼に促され、白いテーブルに着く。


「何か、僕にお話でも? 無ければ、僕の方から色々とお伺いしたいところですけど」

「次のEランク魔導師の試験に出るつもりなんだけど、何か助言でもあればと思って」


 すると、彼はテーブルの上で手を組み、視線を落として少し考え込んだ。


「……もう少し、静かなところに行ってお話した方がいいかもしれません。少し長くなるかもですし。小腹は空いてますか?」

「それなりに入ると思うけど」

「甘いものでも軽くつまみながら、話をしましょう」


 彼の提案に応じ、飲みかけの茶を流し込んでマグカップを店員さんに返却する。すると、「また来てくださいね」と笑顔で言われた。頼まれなくても頻繁に行くことになると思う。


 それから、メルの案内で甘味処らしき店へ向かうことに。東南の方角の、ちょっとオシャレな区画へ歩を進める。

 歩いている間、メルは意外にもあまり話し掛けてこなかった。表情は朗らかなままだったけど、ときおり視線が鋭くなる。建物のドアや角から人が出てきたりする度に、そちらに視線を走らせていた。職業病なのかもしれない。


 大通りから離れて奥まった路地へ入り込んだ先に、目当ての店があった。店の外までほのかに甘い香りがする。大きな窓ガラスから覗ける店内にいるのは、だいたい女の子だった。


「ここです、おいしいですよ」

「……男二人で、ここに?」

「大丈夫です。僕はここの常連なので、どうせいつもの取材なんだな~ぐらいにしか思われませんし、いま店内にいるお姉さんがたも、見た感じ全員顔なじみですし」


 中の様子をうかがっていると、客の女性と目が合った。笑いながら手招きされている。まぁいいかと思いつつ、先導する彼について店内に入った。

 店内は暗めの木材の板張りになっていて、シックで落ち着く雰囲気だ。店員さんはメルの姿を認めるなり、店奥の窓際の席を案内した。定位置ってやつなのかもしれない。

 差し出されたメニューに目を通すけど、さっぱりわからない。かろうじて、ここがケーキ屋なのはわかった。


「何かオススメとかある?」

「そうですね、最初はプレーンがいいですよ」


 彼がメニューで指差したのは、スポンジケーキだった。意外なのは、他のデコレーションだとか付いているのと値段が変わらないことだった。


「これ、スポンジケーキ単体で食べるための、専用のスポンジケーキなんですよ。割と人生観変わります!」

「へー」


 気のない返事をしつつ彼の顔を見ると、笑顔はそのままだったけど、視線が割と本気だった。よっぽどなんだろうと思って、スポンジケーキと茶をオーダーする。

 彼の方は、メニューを見て少し迷った後、呼んだ店員さんに「試作品あります?」と聞いていた。「ちょうど一つあるわよ」と彼女が返すと、メルはそれに決めた。


「試作品とか頼めるんだ」

「僕がギルドの半公認広報って話はしましたよね? それで、たまに宣伝頼まれたり食レポやったりしてるんです。まぁ、だいたいタダで引き受けてますけど」


 彼の人脈とか影響力は、想像以上に広いのかもしれない。魔法庁にマークされていて、それでも干渉されていないのは、色々幅広くやってるからなんだろうか。

 本題に入る前に、店について雑談をしていると、オーダーしてから数分でケーキが運ばれた。どうやってこの短時間で作ってきたのかが気になるところだ。メルに言わせると、開店直後には生地がほとんど焼き上がっていて、注文を受けてからクリームを盛ってデコレートしたりしているらしい。

 テーブルに置かれたスポンジケーキを眺める。何の変哲もないスポンジケーキだ。彼の方のケーキは、薄茶色のスポンジケーキの上にふわっとしたクリームが少し乗っている。

 話始める前に、まずは味わってくださいということで、フォークで切って口に運ぶ。スポンジの表面はほんの少し塩気があり、噛むと濃厚な甘みが口の中に広がる。口溶けの良い生地と一緒に甘みがスッと消えると、少し清涼感のある甘さが口の中に残った。濃厚なのにしつこくない、ついつい次の手が伸びる味だ。

 彼の方のは、もう少しパンチのある味のようだ。どうもスパイスをふんだんに使ったスポンジケーキのようで、一般受けはしなさそうな複雑な味らしい。

 ケーキを半分ぐらい食べたところで、彼が切り出してきた。


「Eランク試験についてのお話でしたよね?」

「うん、何かアドバイスとかあればと思って」

「リッツさんは、今どの魔法を使えます?」

魔力の矢マナボルト光球ライトボール視導術キネサイト鼓空破エアドラムの四つかな」

「……鼓空破は、普通の大きさで作ってます?」

「いや、少し縮めてるよ」


 俺が答えると、彼はフォークで次の一口の準備をしながら言った。


「現時点でほとんど合格みたいなもんですね。矢が必須魔法で、あとは選択が四つなんですけど、Eランク魔法では視導術が一番難しいので、それができるならほとんど問題はないです」

「なるほど」


 どうやら心配するようなことはないらしい。少し安心してケーキを食べる続きを始めたところで、彼が話し掛けてきた。


「ただ……選択魔法の四つは、もう少し簡単な魔法で固めたほうがいいかもしれませんね」

「へぇ、どうして?」

「Eランクに昇格すること自体は、正直たいしたことではないんですけど、試験自体は割と注目されてるんです。活きの良い若手をスカウトしようと、商会とかが見物に来ますし」

「……あえて簡単な魔法を選んで、お眼鏡にかなわないようにすると?」


 彼は口の端にクリームを付けながらうなずいた。


「視導術、鼓空破あたりは、お嬢様がその先の鍛錬を見据えてのチョイスだと思うんですけど、そういう意識の高いところを見せると、もしかすると少し注目されてしまうかもしれません」

「なるほど、今からでももう少し簡単な魔法を覚えた方がいいかな」

「そうですね、簡単なのだと薄霧ペールミスト染跡カラートレック瞬光ブリンクあたりです」


 こうしてスラスラすぐに列挙できるあたり、彼もやはり相当な知識や力量があるんだろう。

 少し圧倒されていると、彼はそれまでの少し真剣な表情を和らげ、笑顔になって言った。


「まぁ、魔法の選択であえて気をつけるなら、って感じですね。そこまで気をつけなくてもいいかもしれません。むしろ、魔法庁の職員の方が、リッツさん的には気をつけた方がいいかもしれません」

「ああ、やっぱりか」

「正確に言うと、試験に顔を出す大半の職員は、かなり冒険者よりなんですけど」


 ケーキを口に運び、茶で口を潤してから彼は続けた。


「魔法庁の、長官補佐室っていう部署があるんですが、その室長が試験に毎回顔を出してまして……」

「その人が問題なんだ」

「魔法庁の中にも色々派閥はあるんですが、規制派、つまり口やかましい集団の筆頭と目されています」

「目されている?」

「カリスマっていうんでしょうか、自分から指示を出さなくても、周りが勝手に動くみたいな感じの人物なんですが、そういう配下に規制派が多いので」

「ああ、なるほど」


 目をつけられるとマズイというのはわかった。最後の一口になったケーキを味わってから、少し茶をすすって彼に「どういう感じの人?」と問いかけると、彼はいい笑顔で答えた。


「すんごい美男子なんで、すぐわかりますよ。彼見たさに女の子が見物に来るくらいで」

「室長って言うから、年配のイメージだったんだけど、若いんだ」

「たぶん二十代ですね。もともと補佐室ってのが、長官を支えるためのベテランか、あるいは幅広い仕事を経験させたい、将来有望な若手が配属されやすい部署で」

「彼は後者ってことか」

「そうですね。数年前に色々と人事の大移動があって、室長と室長次席が若手になりました。魔法庁の長官も半年前に30代ぐらいの方になったばかりで、若返り人事とか言われてます」


 ケーキを頬張りつつ話す内容でもないとは思うけど、大変頼りになる情報だ。茶を飲みながら彼の解説に耳を傾ける。


「長官はあまり王都にいないので情報が少ないんですが、おそらく無派閥と考えられています。ただ、室長の暗然とした勢力が強いので、あまり表立って動いてないだけって感じもします」

「……この前、講習会に参加して魔法庁の職員の方と話す機会があったんだけど、少しイメージと違ってたんだ。厳しいところだと思ってたけど、一枚岩の組織じゃないんだね」


 彼も最後の一口になった。頬張っておいしそうに楽しみ、茶で一服してから真面目な顔になって話し始める。


「内部で色々派閥はあるようですが、強いのは規制派で、次に大きいのが穏当派ですね。単に大事を起こしたくない方々です。冒険者寄りなのは、実務派とか言われてます」

「実務派?」

「講習会とかで動くことが多い方々です。魔法庁的には諸事雑務担当っぽいんですが、ギルド的には実務的な方々なんです」

「なるほど」

「まぁ、わかりやすい派閥は規制派と実務派ですね。それ以外は板挟みというか……様子を見ているうちに、自分がどういう派閥かわからなくなるという方も多いみたいで」

「……やけに詳しいね」


 俺がそう言うと、彼は苦笑いして答えた。


「この店の常連さんで、親兄弟や彼氏さんが魔法庁で働いているって人が結構多いんです。それで、聞かされた愚痴を僕にも教えてくれるみたいな」


 そこまで言うと、客の女の子の何人かがこっちを見て手を振った。一種の情報交換場所として機能しているらしい。


「店的に大丈夫?」

「わきまえてますから大丈夫。ケーキの宣伝はタダでやってますし」

「ああ、そういう……」

「そもそも店員さんも、魔法庁絡みの愚痴を聞かせてくれますし……」


 とりあえず、この店の中で話す分には問題ないようだ。魔法庁関係で色々聞きたいことがあれば、たぶんこの店を使わせてもらうことになるんだろう。

 聞いたことを書き留めようとメモを取り出すと、彼が尋ねてきた。


「交換条件ってわけじゃないですけど、何か面白い話とかあります?」

「面白い話?」

「魔法の練習してて何か発見したりとか……例のアレの発見みたいな話です。聞かせていただける話があれば、ぜひ」


 有益な情報をもらったことだし、恩返しということで何か話ができないかとメモを見返す。


「ネタが無いわけじゃないけど、すでにメルが知ってる話かもしれないなぁ」

「過程が違えば別の話ですからね、お気軽にどうぞ」


 走り書きのメモを見ながら、色々と実験したことを思い返す。楽しめる内容ならいいけど。

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