第45話 「お部屋探し」

 王都に着いてからマリーさんと別れ、まずはギルドへ向かった。

 受付はラナレナさんだった。日が昇ってから結構経っているので、さすがに眠そうにしていない。カウンターについて挨拶を済ませ、俺はさっそく今日の用件を切り出した。


「お部屋探しね。案内というか、紹介や斡旋もやってるけど、どうする?」

「とりあえず、自分で王都を色々巡ってみて、雰囲気を掴んでからって考えてますけど」


 するとラナレナさんは、地図とミシュランガイドみたいな小冊子をテーブルに出した。


「これが、補助金出せる宿を網羅した地図で、こっちの冊子は各商店街合同で出してるガイドブック。部屋探しに直接関係があるわけじゃないけど、参考になるかな~って」

「ありがとうございます」


 礼を言って受け取ると、ラナレナさんは笑いながら言った。


「ど~しても選びきれなかったら、またギルドへ来るといいわ。テキトーに選んであげる」

「そうならないようにします」


 苦笑いしつつ、ギルドを後にした。それから、出てすぐの中央広場にあるベンチに腰を落ち着け、もらった地図と冊子を広げてみる。

 王都ではまだギルドと孤児院、魔導工廠ぐらいにしか行ったことがない。ギルド併設の図書館もまだ行っていない。興味はあるけど、自分の住所がない状態で行くのに、なんとなく抵抗感があった。考えてみれば、ギルドの会員証が図書カードになるんだろうけど。

 ともあれ、他にもなにか用事ができそうな建物があれば、先に目星をつけておいて地図に書き込み、立地条件を考える材料にしよう。


 何かよく行きそうな店をとガイドブックを開いてみるものの、一番よく行くであろう店は喫茶店で、それを図書館1Fので済ませるならば、特にこだわる必要はなかった。

 それに、この国のみなさんはお茶が大層好きなようで、何の葉っぱかわからないけど、ことあるごとに様々なハーブティーを振る舞われる。街にも茶店は点在していて、北の方のお硬いゾーンにも何店舗かあるようだ。どこに住もうと、喫茶店探しに困る心配はないだろう。


 一度地図から目を離して空を見る。多少雲はあるものの、気持ちのいい晴れの日だ。各地区を歩いて、雰囲気を掴みつつ部屋を探すことにしよう。


 最初はこの中央区だ。広場の周りは各種行政施設や高級商店が立ち並ぶ、いわゆる一等地になっている。人通りも多い。

 ただ、活気があるといっても、並ぶ店は品格があり、近くにお役所もあって騒がしいということはない。あまり夜遅くまで開いている店は少ないようだ。開いているのは一部の料理店や高めのバーっぽい店ぐらいで、夜は静かになるだろう。

 住環境としては最高かもしれない。しかし、家賃も最高峰だ。小冊子で地区ごとの家賃相場を確認すると、ここらは手当なしで10万フロンはする。日本円で10万相当ぐらいだと思う。

 そもそも、この辺りは単身者、それも冒険者向けに部屋を貸す宿が少ないようだ。それに、立地で高くなっていると認められる分の家賃は割引の対象外になり、早い話が自己負担になる。今手を出すのは早すぎるだろう。別の地区へ向かう。


 次に向かうのは東区だ。門を出ると港町へ続くということもあって、商用でやってくる国外の方が他の地区よりも多く見られる。商店、飲食店、宿のいずれも他の地区より目に見えて多く、王都で一番活気のある地区と言って間違いない。まだ昼前の時間帯だけど、人通りはかなり多い。

 門を出て闘技場へ行くのに都合がいい地区というのは、魔法の訓練を考えると好材料だ。ただ、そこまで大きな差にはならないとも思う。

 住環境という点で一番支障になると思われるのは、夜間の騒がしさだ。大通りに面した辺りは特に酒場が多く、近隣の宿は大変だろう。そういった事情も加味してか、大通りに近い宿は家賃が意外と安めだ。だいたい6万フロン。立地を考えると破格なんだろうけど、夜の静けさは守りたい。

 大通りを離れると、服飾系や軽食の店が多くなり、家屋も高くなる印象だ。オシャレな区画って感じなのかもしれない。だいたい7万フロンってところだった。アリっちゃアリかな、と思う。

 ただ、東南あたりの区画は結構洗練度が高いようで、他の区画で見るよりもファッションに気を配っている方が多い。かなり垢抜けた印象を受ける。こういうところに住むと気後れしそうだし、何より地味すぎて悪目立ちするかもしれない。最悪、マリーさんに色々ご助力願う形になるかも知れない。


 小洒落たオープンテラス的な茶店で、持ち込みのカップに薄緑のハーブティーを注いでもらいつつ、今度は南区の方へ歩く。

 南の方は静かな住宅街の中に、大衆食堂や青果店、雑貨屋が混ざる感じの区画だ。落ち着いていて住みやすい感じではあるものの、宿は少ない。持ち家率が高い区画ってことだろうか。

 少ない宿は大通りに集中していて、家賃は結構する。だいたい65000フロンってところだ。割と安い飲食店が周りに多い印象で、食費を安くあげられそうだというのは魅力的だ。

 しかし、南区も大通りには酒場が結構ある。というか1階で酒場やってて上に宿っていうところが多い。夜はキツイかも知れない。


 南区から西区へ向かうと、さらに住宅が増える。この西区は大通りから離れるほど高級な家が増えるのが特徴で、大通り沿いの方が庶民向けという感じだ。それでも他の地区の大通りよりは落ち着いていて品のある印象を受ける。飲食店は、少し高めの店が多い。それと、地区全体に茶店が他の地区より多い。

 また、いわゆる文教地区ってやつなのかもしれないけど、西の方は劇場があったり学校があったり、書店が多かったりした。

 宿はあまりない。西区も持ち家率が高いんだろう。宿はいくつか大通り沿いにあって、だいたい7万フロンだった。


 各地区を一通りまわったころには、昼を過ぎていた。

 ここで改めて、自分が自室に求めるものを考えてみる。たぶん、自室ですることといったら読書するか日記つけるか、筋トレするか寝るか、そんなところだろう。

 夕方、仕事終わりに帰ってきて静かに過ごす――そういうことを考えると西区がベストなんじゃないかと思う。


 そろそろ昼食をと思って店を探すと、1階で昼だけ飯屋をやってる宿屋を発見した。看板には、西風亭とある。ちょっと気になったので入ってみることにした。


「いらっしゃいませー!」


 店に入ると、愛想の良い店員さんが、元気の良い声で迎えてくれた。「お好きな席をどうぞ!」と言われたので、窓際の明るい席に座る。俺以外に客はいない。

 店内は壁が白くなめらかな石材、床が明るい板張りになっている。目立つ調度品は特にない。さっぱりした清潔感のある店――というか宿?――だ。


「ご注文は後にします?」


 そう言って彼女はお品書きを差し出した。この世界に来て二ヶ月ぐらいになると思うけど、未だに固有名詞っぽい料理はよくわからない。幸い、食べられない食材に出くわしたことはないので、なんとかなりそうではある。


「すみません、この辺りの生まれじゃないので、あまり料理がわからなくて。何かオススメってあります?」

「そうですね、干した近海魚なんかが、癖がないからオススメですよ。定食ですと、サラダと汁麺が付きます」

「じゃあそれで」

「はーい!」


 注文をとった彼女は、店の奥の厨房に駆けていき、程なくして戻ってきた。俺以外に客がいないからだろう。俺の方を見てニコニコ笑っている。このまま黙っているのも何かもったいない気がして、店について聞いてみることにした。


「ここって、宿もやってるんですね」

「はい。どっちかというと宿がメインなんです。店子たなこのみなさん、お昼は外で職場の皆さんと取られるから、どうしてもお昼って暇になっちゃって、暇つぶしに開けてるみたいなもので」



 彼女はそこで切った。眉根を下げ、困ったように笑っている。


「でも、このあたりに住んでるみなさんって、昼はご自宅って方が多くって……店開けても暇なんですよ。あ、でも味は確かです!」

「楽しみです」


 店の雰囲気は良さそうなわりに、客がいないことに不安があったけど、そういう理由なら納得だ。昼食の味が良かったら、宿のことも聞いてみよう。


 十分ぐらいして厨房の奥から鈴が鳴った。彼女が小走りで料理を取りに行き、配膳してくれる。

 近海魚の干物とやらはイメージと違っていて、細かく刻んだ野菜と一緒にオイルで煮てあるようだ。アクアパッツァってやつに似ているのかもしれない。大きめのスプーンで魚の身をほぐしつつ、野菜と一緒に口に運ぶと、魚の旨味が口いっぱいに広がる。オイルにも魚の旨味が移っていて、それを含んだ野菜も、噛むほどに味が染み出してくる。

 汁麺はかなり縮れた白色の麺が入っている。フォークで巻いて持ち上げてみると少し透き通っている。スープには少しとろみがあって、多少赤みがかった色だ。マナーが良くわからないので、とりあえず音を出さないように気をつけてすすり、スプーンでスープをすくって口へ運ぶ。

 麺の方は、特に味というほどのものはない。ただ、弾力は結構ある。スープは辛味と酸味が程よくあって、酸辣湯にタイの米麺をぶっこんだ感じだ。音を立てていいなら、かなり気持ちよく食べられそうな一品だ。

 干物も麺も味がはっきりした料理で、そこにサラダのさっぱり感がうまくバランスを取ってくれる。

 そこそこ量はあったけど、あっという間に平らげてしまった。店員の彼女に視線を移すと、笑顔で「いかがでした?」と聞かれたので、「大満足です」と返した。


「良かったです、お口に合って。今日は観光ですか?」

「いえ、宿を探してるんです」

「そうなんですか、ウチも何部屋か空いてますよ?」

「とりあえず、部屋を案内してもらえますか?」


 俺がそう伝えると、彼女は何度か瞬きした後、「ちょっと待っててくださいね!」と言ってから、店のドアに休業中の札をかけ、テーブルから空いた食器を手早く片付け、奥の厨房へ消えた。

 ややあって、奥から彼女と、おそらく料理人であろう青年がやってきた。二人は顔立ちが似ている。世代も同じぐらいで、俺よりも少し年上ぐらいだ。たぶん、親族なんだろう。

 彼女はお茶の一式をテーブルに並べた。青年がイスを手で差して座っていいか尋ねてきたので、うなずいて返した。二人とも対面に着く。


「えー、店主のルディウス・メイフィールドです」

「妹のリリノーラです」

「リッツ・アンダーソンです」


 自己紹介を終えると、店主の彼が一口茶を口に含んでから、ためらいがちに切り出した。


「他にも宿の内見しました?」

「いえ、ここが初めてですけど」

「うーん……ウチは結構狭めなんで、他にも見た方がいいですよ」


 やる気が無いというわけじゃなく、単に控えめな感じなのかもしれない。「ぜひウチ」と押し込んでくる感じはない。

 一方でリリノーラさんは結構積極的なようだ。身を乗り出して、こちらに問いかけてくる。


「何か、ウチを見て気になるところとかありました? あるいは、このあたりの雰囲気に魅力を感じられたりとか」

「そうですね、静かなところの方が合ってるかなって。ここは大通りに面している割には落ち着いた雰囲気で、立地も良さそうでしたし」

「ええ、すでに住んでらっしゃる店子のみなさんも、そういうところに魅力を感じられてて」

「どういう方が住んでるんです?」


 何気なく聞いたものの、これは個人のプライバシーに関わる部分かもしれない。教えてもらえるか微妙だったけど、ルディウスさんが答えてくれた。


「確か、服屋の店員、劇団の裏方、商工会職員、薬師……把握してる限りだとこんな感じですね。今の所六人に部屋を貸してるところです」

「お客さんは、どんな仕事をされてます?」

「冒険者を始めて、少し経ったところです」

「そうなんですか。冒険者の方は初めてですね! 冒険者の方ってもう少しにぎやかな地区の方が好みかなって思ってて、ほら、飲んでもすぐ帰れる場所にあると便利みたいな」

「いやー、あんまり飲めないんで」

「ああ、なるほどです」


 話はこのあたりで一度切り上げて、空き部屋を案内してもらうことになった。二階と一階のどちらにも空き部屋はあるらしい。


「二階の方が少し家賃が高いですけど、ちょっと見晴らしがいいのと、日差しがいい感じで入ってきてオススメです」


 そう言われて案内された二階の空き部屋は、食堂の部分と同じように床は板張りで壁は白い。先の紹介通り、比べては失礼だけどお屋敷の部屋よりは少し狭い。しかし、窮屈というほどではないし、部屋の大きさに対して窓は大きめで、開放感はある。

 問題は、この先どれだけ自分の荷物が増えるかってことだ。魔道具やら何やら気に入ったものを買い込むと、ちょっと狭いのがネックになるかもしれない。

 部屋中に品定めをするように視線を走らせると、案内してくれているリリノーラさんが、少し心配そうな顔になった。


「やっぱり、ちょっと狭い……ですか?」

「いえ、丁度いいくらいなんですけど、今後何かの拍子で荷物が増えると困るかと思いまして。共同の物置とかあります?」

「一階にあります。そちらもご覧になります?」

「お願いします」


 階段を降りて案内された物置は、鍵付きのクローゼットや木のロッカーがいくつか並んでいた。


「お部屋の鍵でこちらの鍵も開けられます。追加する場合はレンタル扱いで、少し頂く形になりますね。冒険者の割引が効くかどうかは、ギルドに掛け合ってみないとわかりませんけど」


 割り当てのクローゼットをさっそく見てみる。鍵を開けると、ハンガーを掛ける棒以外に、小物を入れられるような棚が組み付けられていた。あまり物を増やさなければ問題は無さそうだ。

「大丈夫です」と言って鍵を閉めると、リリノーラさんは期待と不安が相混じった表情で、俺を食堂のテーブルへ案内した。


 俺が案内をしてもらっている間、ルディウスさんは書類等の準備をしていた。顔を見る限り、ここで決めてもらおうっていうガツガツした感じではなく、あくまで説明用って感じだったけども。

 俺達が席につくと、彼は「一応説明します」と、落ち着いた口調で切り出してきた。


「一ヶ月の家賃が、二階が72000フロン、一階が70000フロンですね。物置の棚レンタルは一枠で5000フロン。朝食と夕食はサービスでやってます。昼食は居住者だと半額。あと、衣類の洗濯もサービスでやってます。部屋の掃除は居住者の希望次第で、これもタダです」

「飯付きで、その値段なんですか?」

「そうですけど」


 食費込みでこの値段なら、予想以上に安く上がりそうだ。問題は、食費のサービス分に対して家賃の割引が適用されるかどうかだったけど、それは特に問題ないらしい。あくまで店側のサービスということになるそうだ。

 それから、立地や部屋の条件等を加味して割引を適用した場合の試算をしてもらうと、1階が50500フロン、2階が52500フロンになった。


「この辺りですと、似たような値段でもう少し部屋が大きいとことか、もう少し安いとこもありますけど……」

「昼食はすごく良かったですよ。ところで代金まだですね、いくらですか?」

「700フロンです」

「はい……今いただいているお茶は?」

「さすがにお代はいただきませんよ」


 昼食の勘定を済ませて、お二人を見る。正直ここに住めばいいんじゃないかなという気はする。昼食が半額になるわけで、額面以上にお買得物件だろうし、店員のお二人もかなり親切に感じる。

 それに……こうやって十分満足できる部屋を見つけた後、もっといい部屋を求めて探すのに抵抗がないわけじゃない。手間はかさむだろうし。よほどのことがない限り、ここに住もうと思う。

 ただ一つ心残りがあって、最近お嬢様にあまり会えてない状況で、いきなり屋敷を去るのはちょっと……ということだった。さすがに引き止められはしないだろうけども、ご挨拶ぐらい済ませてから一人暮らしをするのが筋なんじゃないかと思う。

 そういうわけで、出してもらった書類を受け取り、お二人に「持ち帰って考えます」と言った。

 その後、外まで来て見送られる形になり、ルディウスさんは「うちを選んでいただけると嬉しいです」と言って頭を下げ、リリノーラさんは朗らかな表情で「また昼食にでもいらしてくださいね!」と言って手を振って送り出してくれた。



 内見から二日後、珍しくお嬢様が終日屋敷にいる日だ。

 日課の水やりをこなしつつ、俺は一人暮らしを始めようと考えていることを打ち明けた。お嬢様は、寂しいというよりは羨ましく思っている感じの表情になった。


「お部屋の方は決まっているのですか?」

「ええ、まぁ。いいところを見つけましたので」

「そうですか、では安心ですね」


 会話がそこで途切れて、少し静かになった。意外とあっさりしている。ただ、これっきりってことはさすがにないだろう。何より俺がまだ勉強したいことが山ほどあった。


「新しい魔法を覚えるときとか、またこちらで色々と教えていただけませんか? 複製術はここぐらいでしか使えませんし」


 俺がそう言うと、彼女はにこやかに笑って答えた。


「私も、リッツさんの実験や検証には興味がありますから……よろこんで」

「ただ、お嬢様が不在かどうか、向こうではわからないのが困りますね」

「そうですね……私の方の用事は一段落つきつつあるので、外出も減るかと思いますけど……」


 そこで切った彼女は、少し腰を曲げ、俺の顔を覗き込むようにして笑顔で言った。


「毎朝通ってはいかがですか? お花たちも待ってますよ?」


 冗談めかした提案だったものの、実際しばらくの間はそれなりの頻度で顔を出すことになるんだろう。マリーさんとは、折に触れて屋敷に戻って成果を見せるみたいな話をしていたし。

 水やりは、少しずつ上達しつつある。水差しに満杯まで汲んで、こぼさず水やりをやれるようになって、やっと卒業かな。咲き誇る色とりどりの花を見ながら、そんなことを思った。

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