第44話 「昇段と巣立ち」

 4月27日、夕方。仕事の報告書を提出し、ギルドの確認が終わって報酬を受け取る時、受付の方が満面の笑みで言った。


「リッツさん、Eランクへの昇格おめでとうございます!」

「えっ?」


 何か試験を受けたわけではないのに、勝手にランクが上がったことを告げられ、俺は困惑した。まわりの先輩方は「おめでとー」と軽い調子で微笑みかけてくる。ドッキリとかじゃなさそうだけど。

「会員証を」と言われたのでカウンターの上に差し出すと、受付の方は何やら書類を取り出してその上に俺の会員証を乗せた。すると、会員証を作ったときの刻名の儀みたいに、カードに光が刻まれていく。

 反応が終わったので取ってみてみると、表側のギルドの紋章に少し装飾が増えて豪華になっていた。こうやって、ランクアップの度に少しずつ勲章っぽく豪華になっていく、ということだろう。


「ランクが上がるのってどういう仕組みなんですか?」

「最初のFランクは、いわゆる試用期間です。何回か仕事をこなしてもらえれば、ギルド運営の判断で勝手にEへ昇格というカンジですね。Eからが本格的な冒険者の始まりって思ってください」

「Eになると、何か特典とかありますか?」


 そう聞くと、受付の方――ほとんど年は変わらないように見える――は腕を組んで「フフフ」と笑い始めた。


「よくぞ聞いてくれました! Eランク最大の特典は、王都内の家賃補助です! Fランクのときも些少ながら手当は出ますけど、安っすい上に定額制でした。しかし、Eからは割合で手当が付きますよ!」

「家賃に対して10%とかですか?」

「ノンノン! Eで30%ですね。厳密に言うと、部屋の広さや立地に対して割引限界が設けられていて……まぁ、贅沢するなってことですけど、昨年度実績ではEランクで実質26%の値引きになってます!」


 そんな調子で、ハイテンションでまくし立ててくる。

 しかし、家賃を3割強持ってもらえるってのは強力だ。この制度にはもちろん理由はあって、早い話が囲い込みのためだそうだ。身分証を作れるような人材を王都の中に留め、治安維持に役立ってもらおうという目論見がある。

 もちろん、王都には詰めている正規の兵士もいる。それでも、兵と冒険者では求められる役目が違うため、相互補完するという上の思惑もあるようだ。


「まぁ、王都は家賃が高いので、3割引きで普通よりちょっと安いかな~? ぐらいですけど、ギルドへ顔を出しやすくなるので、稼ぎにはもってこいです!」

「ああ、こっちに住んで、もっと顔出してねっていう」

「そうそう!」


 受付の方が結構ガンガン押してくるけど、こっちに住むってのは悪い話ではない。

 そろそろ、お屋敷から離れて一人暮らしを始めたいな、そう思い始めていた。ギルドへ顔を出すのが簡単になるからというのもあるし、お嬢様が最近不在がちになったからというのもある。おそらくは王都の中枢の方へ顔を出しているんだろうと思う。どうせ一人で魔法の訓練をするなら、お屋敷じゃなくても、ということだ。

 森の目の封印の方も、今ではほとんど安定したので、簡単な野営地とお屋敷とで交代の見張りを何人か立てる感じになった。つまり、お屋敷が監視の拠点になり、何人か交代で住み込んでいるわけだ。

 監視の方々とは顔なじみになって、普通に会話をするぐらいにはなった。ただ、まだ素性は明かしていないし、禁呪関係のことも知らせていない。

 そういう状況の中、お屋敷で魔法の訓練に勤しむのに、抵抗がないわけではなかった。


 とはいえ、あのお屋敷の皆さんには大変な恩がある。お互い様という気もするけど……だからこそ、勝手に一人で出るっていうのは良くないだろう。

 そこで、この件は奥様に相談することにしよう。閣下は本当に忙しいようで、長くお会いしていないからだ。


 ランクアップの話のついでに、聞いておきたいことがあったので、目の前の快活な受付さんに聞いてみる。


「魔法庁でやってる昇段試験ってどんなのです?」


 俺の質問に対し、彼女は少し早口で解説してくれた。

 魔法庁では認定魔法というものを公表している。この認定魔法は、ある文と器の組み合わせに対し、魔法庁が実用性を認め、広く教導するという意味合いがあるもので、各認定魔法には階位(ランク)が設定されている。

 そして、魔法庁が監督する魔導師階位認定試験というものがある。これは、各ランクの魔法のうち何個かを使用できることを実技で示すというものだ。それでEランク魔法を何個か使えることを示せればEランク魔導師だってことだ。


「EランクはEの魔法を全てってわけじゃないんですね」

「そうですね。別にEぐらいなら全部でも大丈夫かと思うんですが、DやCになると突破率が激減しちゃいますから。それで、どのランクの試験も必須魔法と選択魔法がありますね。Eだとだいたい魔力の矢マナボルトが必須で、それに4つ任意のEランク魔法をってとこです。それと、他のランクは筆記もあります」

「魔導師でランクアップしても、特典とかあるんですか?」


 すると、彼女は意気揚々と早口で教えてくれた。

 一番大きいのは教本の購入許可だ。教本というのは各ランクごとの認定魔法を収蔵した教科書で、今のランクの一つ上の教本しか買えない。Eランク魔導師ならDの教本をということで、実力にあった魔法を覚えろということらしい。

 また、不正な流出を抑止するために、各人につき各ランクの教本は一冊までしか買えない。それでも、人づてに教えてもらうなど教本に頼らない魔法の習得法はあるものの、本気で魔法を覚えるなら教本がないと、特に高ランクでは話にならないそうだ。

 他の特典としては、冒険者ギルド側での制度として、冒険者ランクよりも魔導師ランクが先行していれば、冒険者側のランクアップ要件として認められるらしい。Eランク冒険者がDランク魔導師になったら、Dランク冒険者にランクアップするための条件として認める、みたいな。


「そういうランクアップって、他に条件はないんですか?」

「そーですね。冒険者のランクアップは、それまでの稼ぎと報告書の内容、風聞等で総合的に決めますから……色々考えてランクアップの判断をしてる、ぐらいにしか答えられません」


 少し申し訳無さそうな顔で返答された。まぁ、魔法を頑張ってれば冒険者の実力としても評価されるぐらいに考えておけばいいだろう。

 色々教えてくれた彼女に礼を言って立ち去ろうとすると、「お部屋探しの手伝いもやってますからー!」と言われた。

 まずは相談からだな。



「いいんじゃない?」

「そうですね」


 夕食の席で一人暮らしの件を切り出すと、意外にもあっさりと返事をいただけた。


「お部屋の方は決まっているのかしら?」

「いえ、それはまだです」

「空き部屋が多い宿でしたら、私に心当たりがありますので、お任せいただけませんか?」

「それってウチでしょ?」


 奥様がツッコミを入れられ、三人で笑った。

 監視の方々がこちらに住むようになったとは言え、まだ遠慮があるようで食事をとるのは外になることが多いようだ。閣下もお嬢様も、最近は外で取られる事が多く、俺がいなくなるともしかしたら寂しくなるんじゃないか、そんなことを思っていると……。


「リッツ君がいなくなったら寂しくなるわね」

「わざと料理を多く作って、衛兵の皆様に召し上がっていただきましょう」

「なるほど?」

「より多くの胃袋を掌握できた方の勝ちです」

「ふふん」


 俺がいなくなった後でも楽しくやっていけそうなお二人だった。もしかしたらほんの少しは寂しくなるかもしれないけど、あまり気にしないというか。

 楽しく話しながら食事するお二人を見ながら、俺もチキンソテーを口に運んだ。この食卓ともじきにお別れか……そう思うとなんとなく切なくなる。短いながら色々と濃い日々を送った気がする。

 なんだかんだで、俺が一番、寂しがるかもしれない。



 翌朝、買い出しに行くというマリーさんと一緒に王都へ向かうことになった。


「魔法の訓練はどうします? 城壁を超えると使えませんよ?」

「あ」


 イタズラっぽく微笑む彼女に指摘され、返答に詰まった。そんな俺を見て、彼女は含み笑いを漏らしてから言った。


「東門から出たところにある円形闘技場が、魔法の訓練でよく使われますよ。魔法庁の中でも理解のある方々が見ていてくださるので、安心して使えますし」

「わかりました、そっち使います」

「お屋敷に戻ってもいいんですよ? 水やり訓練もありますし」

「あー、そういえば……」


 水やり訓練をはじめて三週間ほど経過した。水差しの水位は五割ってところで、まだまだ発展途上と言ったところだ。ここでやめるのは中途半端って気はする。


「水やりですけど、たまにお屋敷に戻ってきたら、それまでの訓練の成果ってことで私たちに見せるというのはどうです?」

「それもいいですね。なんとか目に見えるぐらい上達していきたいもんです」

「では、期待させてもらいましょうか」


 とは言ったものの、あれはあれで負荷を自在に加減できるという、訓練としてはかなりできの良いものだっただけに、それに代わるものをとなると少し難しい。

 しかし、自分なりのトレーニング方法を見つけるというのも、一人暮らしの一環ではある。きちんと考え出して、鍛えて、胸を張って報告しよう。

 ただ、成果を報告しようにも、不在がちなお嬢様のことは気になる。マリーさんは何か知っているのだろうか。


「私もあまり聞かされていません。国の上の方々に掛け合っておられるようですけど……まぁ、あの子の今後の身の振り方に関してなのかなって思ってます」


 屋敷の外で、こうして二人で話す時、マリーさんはお嬢様のことを”アイリス”とか”あの子”とか呼ぶ。マリーさんと初めて王都に行った日以来そんな感じだ。


「身の振り方っていうと……」


 俺が少し不安になって深刻な顔になると、彼女は逆に少し笑った。


「いえ、リッツさんが考えている感じのことにはならないと思いますよ? ここだけの話ですが、色々と人脈を使われているみたいで……悪いようにはならないだろうとのことでしたし」

「閣下が?」


 俺が聞くと彼女はうなずいた。


「もしかしたら、あの子も冒険者になったり、一人暮らしをするようになったり……私はそう思ってます」

「そうなったら……それはそれで寂しいんじゃないですか?」

「いえ、あの子が一番寂しがり屋です。きっと頻繁に屋敷に顔出すと思いますよ」

「それもそうですね」


 俺がそう応じると、ご本人がいないのをいいことに二人で少し笑った。

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