第43話 「即席の先生」

 あらかた二人組ができあがったところで、係員の方々が何かを配り始めた。「はい、どうぞ」と笑顔で渡されたのは、白く薄手の手袋だ。


「手袋を受け取ったら、さっそくつけてみてくださーい! 利き手がおすすめでーす!」


 手袋は結構タイトで、手を入れるとピッチピチになる。リックの方はそうでも無さそうだ。

 それから、演台の上に立つNHK教育のお姉さんみたいな職員の方が、両手を上にあげつつ大声で説明を始めた。


「みなさーん、よく見ててくださーい! こうやってー、手をギュッと! 握って! 開く! 握る時に少しでも、手袋から光が漏れたら、うまくていってる証拠でーす! 係の者が巡回しますからー、色々聞きつつ、やってみてくださいねー!」


 ざっくりした説明が終わると、周りのみなさんがにぎやかに語らいながら、手を握ったりし始めた。

 リックもお手本通りにやっているものの、なかなか手が光る様子はない。


「先生、やらないの?」


 さすがにやらないわけには行かない。これが一発でできるとかなり嫌らしいけど……逆にできなかったら、それはそれで深刻な問題って気もする。

 意を決し、左の人差し指を口に当てて、彼に静かにするように促してから右手を握った。すると、きちんと青緑の光が漏れて、一安心ってところだ。

 もともとリックはおとなしいというか、冷静で落ち着いている子だけど、これにはさすがに少し驚いたようだ。それでも大声で騒いだりしなかったのはありがたい。


「先生、何か別の用でもあったの?」

「いや、マナを使えるようになった原因が、割とトラブルみたいなもんだったからさ。ちゃんとしたやり方を覚えたいんだ」

「ふーん」


 彼は腕を組んで、俺の光っている右手を眺めている。


「満足?」

「ん~、何か発見があったかっていうと、微妙だなぁ」

「できることに変わりはないし、いいじゃんか。僕を教えるのに専念してよ、先生」


 周りに漏れ聞こえないように、彼は小声で話し掛けてきている。こういうところの気の回りようが、他の子よりも少し大人びている感じだ。

 しかし、教えると言っても結構微妙ではある。マナを出せるようになったのはあの黒い手袋のおかげみたいなものだし、出せるようになってからは、あまり強く意識しなくてもマナを出せる。

 結局、例の水やり訓練みたいに、より強いマナを求められる時に意識していることを、この講習に合わせてアレンジするしかなさそうだ。


「そうだな~……手を握るときって、指を手首の側に曲げてる?」

「うん。それが普通だし」

「指をこちらに引き寄せるだけじゃなくって、手首や手の腹を前に押し出して指を迎えに行く感じで動かしてみよう」


 自分でもあまりやったことのない動きだけど、マナを押し出すイメージには一番近い気がする。手本をやって見せると、彼もそれにならった。


「なんか、変な感じの動きだね」

「たぶん、こっちのほうがマナが出やすいんじゃないかな」

「“たぶん”?」

「いや、専門家じゃないし」


 そう言って苦笑いすると、彼はそれ以上突っ込まずに真剣に取り組み始めた。なんとか、うまく行かせたい。思いついたことをアドバイスしていく。


「手袋を見るために今は目を開けてるけど、目を閉じた方がいいかもしれない」

「見なくてもいいんだ」

「まずは腕の付け根のあたりに、意識を集中した方がいいかな。なんか、少しずつ温かくなってきたら、その熱を少しずつ前に押し出す感じで、手を前に握り出すっていうか」

「わかった、やってみるよ」


 アドバイスしているうちに、後ろの方が少しざわついている事に気づいた。振り向くと、いくつかのペアが俺達二人を見ていた。

 よく考えれば、自分だけ手を握ったりせずアドバイスしっぱなしで、相方は他の講習生とは少し違う動きをしているんだから、多少注目されてしまうのはやむなしってところだ。

 そして……。


「すみません、そこのお兄さん。もしかして経験者さんですか?」


 係員の方に話し掛けられた。同世代か少し年上ぐらいの男性の方だ。柔和な顔立ちで、特に何か注意しようとかそういう感じはなさそうだけど、我流で教えている状況は少しマズイのかもしれない。


「いやーまぁ、そんなもんかもですけど」

「念のため、どんな感じで教えてたか、確認させてもらえます?」


 少しまごついた俺よりも先にリックが答えた。身振りを交えつつ教えたことを反復する彼に、係員の方は少し腰を曲げて目線を合わせ話を聞いている。周りの皆さんも、少しざわざわ囁く声があるものの、成り行きを静かに見守っているようだ。

 リック伝いに俺のやり方を聞き終えた係員の方は、何回かうなずき、リックに「ありがとね」と言ってから俺に向き直った。


「うーん、アリですね」

「良かったんですか?」

「最初の、いわゆる”開通”が、一番フィーリングによるところが大きいんです。大きく分けて、指を意識する引き寄せ派と、腕を意識する押し出し派の2つになるんですけど」

「今やってるのは押し出し派の方ってことですか」

「そうですね。引き寄せの方が動きを教えるのは簡単なんですが、そばで経験者がアドバイスするなら、押し出しの方が感覚は掴みやすいというのが定説で」


 にわかに後ろがざわめき始めた。彼が言う「経験者」ってのは俺を差しているんだろうか。いや、間違いなくそのつもりで話しているんだろうけど。


「大変申し訳無いのですが、我々も人が足りないものでして……周りの皆さんに少しアドバイスをしていただけると助かります。行き詰まることがあれば、もちろん代わりますし……」


 そう言って彼は頭を下げ、丁寧に逃げ場を塞いできた。ただ、ここで応諾するとリックに悪い気がする。

 そう思って彼に視線を投げかけると、彼は笑って首を縦に振った。


「先生、がんばれ」



 我流のやり方を周りのグループに教え、1時間ぐらい経っただろうか。他のグループも二人組ではなく、もう少し大きい集団になっている。係員の中でも巡回しない方や、あるいは俺みたいなのが中心になって教えているんだろう。

 俺の受け持ちになった、身ぎれいな老婦人が少し興奮気味に声を上げた。


「少し、腕が温かくなった感じがしたわ」

「腕と一緒に肩も前に出しつつ、脇は締める感じで続けましょう。熱を胴体の方へ逆流させて逃さないようなイメージで」

「ええ、先生」


 リックの呼び方が伝染し、みなさんが俺を先生と呼んでくる。悪くはないはずなんだけど、それでも知り合ったばかりの方にそう呼ばれるのは気恥ずかしい。体の中の感覚に集中するため、みんなで目を閉じているのが幸いだった。

 肝心のリックは、割と早くに熱感を掴んでいた。たぶん、他の方よりも体得が早そうだ。巡回でやってきた係員の方は、「若い方が覚えが早いですよ~」と結構バッサリ言い残していた。


「私も、もっと早くに覚えておけばよかったわ~」

「そうですな。やはり後回しというものは良くありません」


 和気あいあいとした雰囲気で、皆さん取り組まれている。10人ほどのグループになったけど、本当に世代がバラバラだ。公園で太極拳教室でもやってる気分になってきた。

 目を細めながら様子を見ていると、リックの指先がかすかに黄色に光っているように見えた。あまり音を立てないように近づいてみると、人差し指の先から確かに光が見える。その当人が急に話し掛けてくるものだから少し驚いた。


「先生、手が温かくなっている感じだけど、どう?」

「目を開けていいよ」


 息を呑んで一拍おいてから、彼は目を開けた。周りの方が「おめでとう」と拍手を送る。

 そんな中、当の本人は後頭部を掻いている。嬉しそうだけど、何か言いたそうだ。


「これで、もうマナを自由に使えるってわけじゃないよね?」

「まぁ、この調子で頑張れってとこかな」

「……うん!」


 彼は力強くうなずいて、再度反復練習に入った。まだ先は長いだろうけど、何とか手応えをつかめたようだ。

 こうして最低限のお役目は果たせてとりあえずは安心だ。ただ、こうなると他の受け持ちの方も、なんとか上達させてあげたい。



「そろそろお昼休みにしまーす! 各自で自由にどうぞー! 練習の再開もご自由にー!」


 演台の上から声がする。つくづくいい加減な講習会だけど、雰囲気自体は思っていたよりもかなり良かった。

 俺の受け持ちの方々は、結局なんとかうっすらと光が出るところまではこぎつけた。あとは各人の努力で、色を濃く出せるようにといったところだ。午後からは、またそれぞれの二人組にもどるということで、ここでひとまず解散となった。


「先生、お昼どうする? お金は持ってきたけど」

「いや、さすがに俺が払うよ」

「じゃあ、ごちそうになります」


 俺がおごるのはいいけども、肝心の飯屋のことを何も考えていなかった。

 とりあえず闘技場の外へ行こうとすると、後からハリーの声がした。ペアになっているのは、初老と思われる紳士だ。


「リッツ、昼はどうする?」

「実は何も考えてなかったんだけど、アテとかあるか?」

「外に屋台が並ぶらしいが」


 屋台と聞いて、闘技場の屋内にテーブルやイスが大量にあったのを思い出した。ああ、中で飲み食いしろってことだな。


「ちょっと買い出し行ってくるから、席取りお願いしてもいいか?」

「金は」

「後で割り勘で……構いませんか?」


 老紳士にも問いかけると、笑顔でうなずかれた。優しそうな方で良かった。

 席取りを三人に任せ、一人買い出しに出る。勢いで請け負ってしまったものの、一人になるのには理由があった。たぶん、見たこともないであろう食べ物の屋台に囲まれ、お上りさん状態になるだろうから。とはいえ屋台に興味はあるので、ちょっと無理を押して買って出たというわけだ。


 闘技場の外に出ると、朝にはいなかった屋台がいくつか並んでいた。おそらく、こういう催事になると姿を表すんだろう。食欲をそそる匂いが辺りに漂い、空きっ腹を刺激される。

 そうして、何を買おうか視線を走らせ物色していると、背後から女の子の声がした。


「リッツ?」

「あ、ネリーも来てたんだ」

「いや、私はちょっと様子見に来ただけ」

「……ハリーにこの講習会を勧めたのって、ネリーだろ?」


 俺がそう問うと、「あったりー」と彼女は笑った。


「何色か気になるからね。それで、リッツはどうしたの?」


 今日何度目になるかわからない参加理由を答えると、ハリー同様に少し驚かれた。


「あまり、そういうの気にしないタイプだと思ってたんだけど」

「ハリーにも似たようなこと言われたよ」

「あはは。それで、お昼ってここで何か適当に買う感じ?」

「そうだけど……正直、よくわからなくて困っててさ」


 ネリー相手に見栄張っても、すぐに看破される気がしたので、ここは素直に申告した。


「私もそんなに詳しいわけじゃないけど……ご一緒していいなら、私のチョイスで適当に買うよ。何人?」

「ネリー含めて五人」

「おっけ」


 彼女はそう言うと、屋台をいくつか見て回ってから、1店を選んで注文を始めた。


「おじさん、海鮮フライ適当に10本と、大皿で海藻サラダ」

「あいよー」


 オーダーを受けて、店主の方が熱した油の中に春巻きらしきものを突っ込んでいく。


「私ってさ、山育ちなんだ。それで、ここって海寄りだから、色々と初めての料理が多くって」

「なるほど」


 王都の東には港町がある。歩いて2時間かかるかどうかぐらいの距離で、王都でも魚介類を扱う飲食店は多い。


「ところでさ、リッツってどんな仕事受けてるの?」

「一人でできるやつメインだよ。迷惑にならないように、覚えた魔法を試してみたいんだ」

「そーゆーことね。あまり仕事で一緒にならないから、ちょっと気になってて」

「そういえば、地下水道の掃除の後、一緒にまたなんかしようって言ってたっけ」

「そうそう。なにかちょうどいい仕事あったら、一緒にどう?」

「いいよ」


 仕事の盛り上がっていると、注文の品がすべて揚げ上がり、店主さんは五本ずつ皿に盛ってくれた。


「皿はウチまで返しにきてくれよー」

「はーい」


 揚げ物の皿を二つ俺が持ち、ネリーにサラダを任せて闘技場の中に入る。

 すると、席取りの三人は何やら雑談をしていた。会話がなかったらという心配がないこともなかったけど、杞憂に終わって何よりだ。

 ただ、俺が知らない女の子と一緒に来たせいだろうか、リックは目を白黒させている。


「知り合いの方?」

「仕事仲間」

「つまり先生?」

「違う、冒険者の方」


 リックとのやり取りを終えると、ネリーから質問が入った。


「リッツは先生もやってるの?」

「そんな立派なもんじゃないけどね。こどもの質問にアレコレ答えるぐらいで」

「ふーん」


 割と興味ありげな視線を返された。一緒に一回しか仕事をしてないけど、それでもネリーの方が、ああいう先生みたいな仕事に向いてるんじゃないかという気はする。

 それから、皿をテーブルに並べ席につくと、対面の老紳士の方に頭を下げられた。


「どうもありがとうございます」

「いえ、ただ買ってきただけですし……冷めないうちに食べましょう」


 実際けっこう腹が減っていたし、美味しそうだしということで、会話もそこそこに食事に入った。

 海鮮フライとやらは、見た目は春巻きだけど、噛むと小籠包みたいに汁が溢れた。春巻きも中身はみずみずしいというか個体より液体に近いが、今食ってるのはさらに液多めという感じだ。

 パリパリの衣のすぐ下には海草が巻いてある。中の、熱すると液化する煮凝りみたいな具を、一度海草で巻いて外の衣がグズグズにならないようにしているんだろう。

 具の方は歯ごたえのある魚介が多い。タコとかイカとか貝類みたいな。噛むほどに味が出る具のおかげで、溢れないように中のスープを先にすすりだしても、後が物足りなくなるということはなかった。

 海藻サラダの方は、そのまんまだ。メインの揚げ物が、けっこうパンチのある料理だから、さっぱりしたサラダは箸休めにちょうどいい。


 サラダをつつきながら、話題は今回の進捗に移った。ハリーと老紳士は、何か掴みかけるところまでは行っているようだけど、まだ手が光るところまでには到達していない。

 そこで、昼食後は一緒に四人で練習しようということに。「ネリーはどうする?」と俺が聞くと、彼女はカバンから本を取り出した。


「図書館で何冊か借りてきたから、ここで読んでるよ。いい感じになったら声かけてね」


 取り出した本は薬草や周囲の生態に関するものだった。そっちの本の方にも興味がないわけではないけど、とりあえずは講習の方に集中しよう。



 昼食後、皿を返却してからさっそく練習に戻る。

 昼まで参加して、昼食後は帰るという方が案外多いみたいで、まだ中で昼食を食べている方を含めても、残っているのは朝の半分というところだった。

 午前の練習で少し手を光らせるところまで行ったリックは、押し出し方式に、指メインの引き寄せ方式も混ぜて、それぞれの感触の違いを意識しながら練習する事になった。

 ハリーと老紳士には、指よりも腕の方に意識する押し出し方式のやり方を伝える。午前中までは指の方メインでやっていて、何かいい感じまで行っていたとのことだ。だから、別のやり方を教えることに若干の抵抗はある。しかし、もしかしたらそっちの方が合うかも知れないという、二人の希望で教えることになった。


 練習再開から数十分、老紳士の方の手が少し青く光り始めた。「おめでとうございます」と言って彼を祝福すると、「ありがとうございます」と言って深く頭を下げられた。

 あとはハリーがうまくいけば完璧だ。相方の成功を見て、彼は目を閉じて深く息を吸い込んでから、長くゆっくりと吐いた。彼にここまでの感触を聞いてみる。


「指だけのと、腕も使うのと、どっちの方が良さそうだ?」

「腕も使ったほうが、内側から力を感じる……気がする」

「じゃあ、このまま続けようか」

「ああ」


 一人取り残される形になってしまったけど、彼は落ち着いていた。そこまで自分に過度の期待をしていない、うまくいけばいいな程度に捉えているようにも感じられる。

 ただ、俺は彼が何色なんだろうかと気になって仕方がない。


 それからまた数十分、ハリーにも兆しがやってきた。手を見ると黄色に寄った山吹色ぐらいの光が漏れ出ていた。俺のマナより格上のようだ。


「良かったな、光ってるぞハリー!」

「ああ、ありがとう」


 言葉は少ないものの、喜んでいるのと感謝の気持ちは十分に伝わった。すると、「お姉さん呼びに行く?」とリックが聞いてきた。

 講習自体は、ほとんど延長戦みたいな感じになっている。いつ切り上げても良さそうだけど、もう少し鮮やかに色が出てから見せてやろう、ということになった。


 ハリーがとりあえず光を出せるところまでいったことで、リックも老紳士も安心して自分の練習に集中できるようになったようだ。三人とも一心不乱に励んでいる。

 その様子を見ていて、俺も何か練習した方がいいんじゃないかと思ったけど、たまには教える側に徹するのもいいかと思い直した。


 マナの色は血筋によるところが大きいというのは、前にお嬢様から聞いていた。ハリーは今マナを使えるようになりつつあるところだけど、結構上の方のマナを持っている。いいとこの生まれなんだろうか。気になりはするものの、初仕事のときも今日も彼は自分のことはあまり口にしないので、聞き出さないでおくことにした。

 ネリーも、積極的に話し掛けてくるものの、人の詮索はあまりしない。自分から話し出すのを待つみたいに。そういう距離感が、冒険者の不文律なのかも知れない。


 ちらほら帰り始める方も増えてきて、朝の4分の1ぐらいになっただろうか。職員の方はまだまだ残っていた。

 そうして人が減ったことで、闘技場の様子がよく見えるようになった。端の方に何か、積んだ資材に布がかかっているような一角が見える。そこには、立ち入りできないように縄を張ってある。


「なんだろ、あれ」

「さあな」

「魔法庁の方ならご存知なのでは?」


 老紳士の提言を受けて、職員の方に視線を移す。

 しかし、聞きたいのは山々ではあるものの、今日は何か少し目立ってしまっている気がする。たとえ好意的に見られているとしても、魔法庁の方相手に強い印象を残すのは避けたほうが良いかも知れない。

 そのため、質問はまた別の機会に取っておくことにした。


 時間の経過とともに、更に人が減っていく。俺たちのグループも、ある程度コツを掴みかけたから帰ろうか、そういう流れになった。

 そこで、リックが小走りでネリーを呼びに行った。昼食で割となついたように見える。


「では、今日の成果を見せてもらいましょうか」


 笑顔で腕を組んでいるネリーに、少し緊張した面持ちのハリーが腕を前に差し出して手を握ると、淡い山吹色の光が溢れ出した。


「へぇ、ハリーは暖色系ね、いいじゃん!」

「そっすね」

「んも~!」


 俺が笑いながら少し卑屈に言うと、ネリーも笑って俺の背中をパンパン叩いた。ハリーも微笑んでいる。


「今日は……いや、今日も助かった。ありがとう」

「なに、いいってことよ」


 ハリーと握手する。さすがにマナは出されなかった。そう指摘すると苦笑いされた。老紳士とも握手してから、職員の方に手袋を返しに行く。

 そして解散ムードになると、ネリーが尋ねてきた。


「この後どうする?」

「どうしような……報告に行く?」

「うん」


 リックに聞いてみると、彼は笑顔で答えた。すると、「報告?」とネリー。

 さすがに、孤児院の子だとはなかなか言いづらい……などと思っていたら、当の本人があっけらかんと「西の孤児院でお世話になってるんです」と言った。


「あ~、そっか。私もご一緒していい?」

「はい。みんな喜ぶと思います」


 リックが孤児院の子だと知って、他の三人とも少し哀しげな表情になった。

 ネリーは、ハリーに同行を勧めたけど、彼は「いや、いい」と短く答えて、俺たちに軽く頭を下げて立ち去った。老紳士も、相方が帰るのに合わせるように、会釈して去っていく。

 二人の背を眺めて見送る。すると、ネリーがつぶやくように言った。


「ハリーって、小さい子が苦手なのかな?」

「案外、子煩悩って感じもするけど」


 そんなことを三人で話しながら、孤児院へ向かった。


 孤児院に着いてから、ネリーはあっという間にこどもたちと打ち解けた。その様子を見ていて、彼女もここの先生をやりゃいいんじゃないかなと思った。

 そうすれば、お嬢様とも仲良くなるかも知れないし。

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