第42話 「講習会」

 初仕事の地下水道清掃を終えてからは、毎日ギルドで手頃な仕事があれば受注し、なければ屋敷で魔法の訓練を繰り返す日々を続けていた。

 初期の仕事は一人でも簡単に済ませられるものが多かった。例えば、湖だとか低めの岩山でのちょっとした採集、近隣の街への配達、近くの港町での荷降ろしの手伝いなど。

 こういう単独の仕事が多いのは、覚えた魔法を実戦で試してみたい俺としては都合が良かった。さすがに、初めて会う野生動物に鼓空破エアドラムを使う勇気はなかったけども。



「お疲れさまです、報酬の5000フロンです」


 ギルドの受付の方が報酬を差し出してきた。会釈して受け取る。

 受付の方はラナレナさん以外に最低4人はいて、ローテーションしているようだった。俺が顔を出す時間帯が朝に偏っているものの、全員と顔なじみにはなれたようで、たまに軽く話をするようにもなった。とはいえ、あまり素性は明かせないので、こちらから仕事についての質問をすることが多いけど。


 今日は採集任務を昼すぎに終え、それからすぐに報告を書き上げて、こうして報酬をもらったところだ。外を見るともう夕方になっている。

 帰る前に、ギルド入り口近くの壁に貼り付けてある、掲示板に目を通す。でっかいコルクボードでできた掲示板には、本当に雑多な情報が載っている。勉強会や飲み会の知らせとか、フリーマーケットの告知とか、個人的な呼び出しとか。

 それらの貼り出しの中に1つ気になるものを見つけた。『魔法庁主催の講習会:マナの利用に関して』とある。詳しくはギルド受付へ、とのことだ。


 さっそく受付の方に聞いてみると、彼女は引き出しから紙を取り出した。渡されたのは掲示板の張り出しよりも詳細なパンフだった。


「魔法庁で定期的に開催している、マナを使ったことがない方向けの講習会ですね。王都東門から歩いてすぐのところにある、円形闘技場でやります」


 そう言いつつ、彼女は少しいぶかしげな顔になり、俺とパンフを交互に見て言った。


「リッツさんはすでにマナを使えますし、あまり出る必要はないと思うのですが」

「いえ、マナを使えるようになったのが、我流というかなんというか……このあたりの正当な流儀にのっとってないので、ちゃんとしたのを知っておいたほうがいいかなって」


 つまるところそういうことで、最初の森の中で無理やり引き出されたあれ以外にも、きちんとしたやり方があるなら知っておきたい。今の魔法の力がかなり偶発的なものに寄りかかっているようで、少し落ち着かない感じは前々からある。

 受付の方は合点がいったようで、笑顔に戻って話し掛けてきた。


「そういうことですか。でしたら引き止めはしませんけど」

「ただ、曲がりなりにもマナを使える奴が紛れ込んだら、変に思われたりしませんか?」

「それは~、後輩の様子を見るために忍び込んだら、魔法庁の方に見つかって手伝わされた、なんて話は聞きました」


 それはそれでマズい気がする。すると、俺の不安を感じ取ったのか、彼女は続けた。


「こういう外部向けの催しで出てくる方は、魔法庁の中でも……まぁ、かなりギルド寄りと言いますか。良い取り引き先みたいな部署なので、悪いことにはなりませんよ?」

「そうなんですか」

「ええ。そのせいか、魔法庁からは冷や飯食わされてる部署みたいなもので……私たちからすると、少し負い目がないでもないって感じの関係ですね」


 今までの話から、魔法庁はかなり厳格な組織のように思っていたけど、どうも一枚岩ではないようだ。とはいえ、講習会担当の部署が相手でも、あまり目立たないように振る舞う方が賢明だろう。

 パンフに目を落とすと、開催日時などが書いてあった。4月20日、午前9時より開始。円形闘技場、もしくは王都東門前広場に集合、飛び入り参加大歓迎!とある。割とフレンドリーで、いい加減な部署らしい。



 講習会当日の朝、闘技場に直接行けたものの、少し気になって東門前の広場に行ってみた。

 すると、広場には案外幅広い年齢層の人々が集まっていた。下は7歳ぐらい、上は70ぐらいまであるんじゃなかろうか。

「そろそろ時間でーす」と、係員らしき女性の方が声を上げた。青地に白いラインが入ったコートを羽織っている。たぶん魔法庁の制服なんだろう。


「身分証をお持ちの方は、各自で通行していただいて構いませんが、もしお持ちでない場合は、門衛の方に外出許可を頂く必要がありまーす。今回の講習会のために交付してもらう許可証なので、私達からはぐれたり、無くしたりしないように注意してくださーい!」


 なるほど。王都から外に出たことがない方もいるかも知れないから、特別にそういう措置が必要なわけだ。門の前で集合というのもそういう配慮なんだろう。

 係員の方が数名で手分けして、何やら書類を配り始めた。「身分証がない方に、こちらの書類を配ります。手を上げてください」と言っているので、近くで手を上げていた身なりの良い女性に頼み込んで書類を見せてもらった。

 書類には、魔法庁監督のもとで今日一日に限って外出を認めるうんぬんかんぬんとある。下の方には判子を押す箇所が二つ。王都から出るときと、また入り直すときに押すようだ。

 そうやって書類を見ていると、持ち主から声をかけられた。


「あなたはいわゆる身分証を持っているのかしら?」

「はい、冒険者ギルドからいただいています」

「あらそうなの。私は王都で生まれ育ったから、別に外に出る用事がなければ要らなかったんだけど……」

「何か用事でもできたんですか?」

「妹が結婚して、王都の外で暮らすことになって……まぁ、いい機会だから、私も身分証を作っておこうかしらって」


 単に妹さんに気軽に会いに行くためか、それとも出会いを探すためか。ふとそんなことを考えてしまった。さすがに失礼すぎるので、別のことを聞くことに。


「妹さんはどちらへ?」

「アルセールよ」


 アルセールというのは王国第2の都市で、王都から馬車で二日ぐらいの場所にあるらしい。依頼でもまだそこまで遠出したことはなかったから、詳しいことはわからない。

 あまりプライベートなところに踏み込まないように気をつけつつ、田舎者なのでと言って第2都市について教えてもらうよう頼むと、彼女は快く色々教えて下さった。名産品とか、うまいパン屋とか、妹さんと旦那さんの職業とか、お二人の馴れ初めとか……。


 少し圧倒されつつ、よもやま話に耳を傾けていると、門の方が空いてきて外出許可の番が回ってきた。「それじゃあね」と笑顔で手をふる彼女を見送ってから、辺りを見回す。

 しかし、特に知り合いはいない。もしかしたら、闘技場の方にいるのかもしれない。

 なんとなくだけど、ハリーは今回の講習に参加してそうな気がした。掃除のときには、マナを使えないことを気にしている風だったし。

 そうこうしている間に、門の受付はほとんど人がいなくなっていた。俺もそろそろ闘技場へ向かうとしよう。



 東門から20分ほど歩くと、円形闘技場に到着した。かなり壮麗な建造物だ。城壁に近い素材でできているようで、石というよりはセラミックに近いような、滑らかな質感だ。光沢のない白色で、あまり汚れとか風化みたいなものを感じさせない。できてからずっとこの姿なんじゃないかと思わされる。

 構造の中に入ると、そこかしこに柱が立ち、アーチ状の梁が天井を支えている。特に灯りはついていないけど、明り取りが多いんだろう。外から陽の光が差し込み、内部の白い床や壁材を照らしている。柱の多さの割に、圧迫感は感じさせなかった。

 気になったのは、そこら中にテーブルとかイスが散乱していることだ。通行の邪魔になるほどのものではない。

 しかし、闘技場なら円の内側に用があるだろうに、どうして内側を見れない位置に、こうも腰を落ち着ける準備があるのだろう。少し不思議に思った。


 闘技場の中を進んで、中央の部分にたどり着いた。いわゆる見世物をやるところだ。すでに百人近い老若男女が集まっている。

 誰か知り合いがいないか、辺りを見回すと、背後から低い声で呼びかけられた。


「リッツか?」

「ああ、ハリーか」


 予想通り彼が来ていた。しかし、彼にとっては俺がここにいるのが予想外のようで、少し不思議に思われているようだ。


「お前はマナを使えるんじゃないのか?」

「いや、何ていうかさ……マナを使えるようになった経緯が、ちょっとしたアクシデントみたいなものだったから、ちゃんとしたやり方を確認しておきたいんだ」


 そう言っても、彼の疑問はまだ解けないようだ。不思議に思っている顔を変えずに、問いかけられる。


「こう言うと悪いが……お前はそういうのを気にしないと思ってたんだが」

「ん?」

「マナなんて、使えれば同じだろって……そうは思わないのか?」


 なるほど、彼の中のイメージでは俺はそういう人間らしい。確かになぁと思って、ちょっと苦笑いした。


「いやまぁ、そう割り切るのもいいけど。基礎はちゃんと抑えときたいんだよ。急に使えなくなっても困るし」

「なるほど」


 今度は合点がいったようで、疑問が晴れたような表情になった。


「講習は二人一組でやるらしい」

「ふーん、どうする?」


 俺が聞くと、彼は首を横に振った。


「俺にこの講習を勧めた、知人が言うには、知らない相手と組んだ方がいいらしい」

「そうなのか?」

「こういう機会にでも、知り合いを増やしておいた方が良いとか言われた」


 彼の交友関係ってのがあまり想像できないけど、確かに積極的に友達を増やそうって感じでもないから、そういう意味では良いアドバイスなのかもしれない。


「じゃあ、別々にやろうか」

「ああ」

「マナを出せるようになったら、何色か教えてくれよ。あと、ネリーにも見せないとな」


 俺がそう言うと、彼は小さな声で「ああ、そうだな」と返した。少し恥ずかしがっているようにも感じた。気のせいかも知れないけども。


 彼と別れてから少し経つと、ちょっとした演台に乗った職員の方が、両手を口の前に添えて大声を出した。


「これから講習会をはじめまーす! まずは二人一組を作ってくださーい! 余った方は職員が一緒にやりまーす、わざと余ってもいいんですよー!」


 彼女がそう叫ぶと、集まった皆がドッと笑った。

 相方探しが始まると、すでに知り合い同士で来ていた人たち以外の独り者が、手頃な相手を求めて首を動かす。ハリーは知らない人と組むっていう話なので、俺もよほど変な人でなければ誰でもいいか。

 そう思っていたら後ろから肩を叩かれた。


「リッツ先生?」


 振り返ると孤児院の男の子がいた。年長側の子で、名前は確か……。


「リチャード?」

「リックでいいよ」

「……リックは一人で来たのかな」

「うん。園長先生に言って、参加させてもらったんだ」


 さすがに、この子をほったらかして知らんぷりはできない。魔法庁の人に捕まる前に、教える側に回ることになりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る