第41話 「秘密の実験」

 昼食後、裏庭で新しい魔法を教わることになった。


「先に有用なものを教えたので、少し微妙な魔法になりますけど……覚えていて損はありません」


 そう言って先生が少し離れた地面に書いた器は、矢と同じ単発型だった。

 しかし、大きさはいつものものと違って、だいぶ小さめに見える。彼女は器と俺の方を何度か見てから、「何か感じたら教えて下さい」と言った。俺が返事をすると、彼女は文を書き上げた。

 すると、できあがった魔法陣を中心に、透明な衝撃波がドームのように広がっていく。それは丈の短い草を弱く薙いで、やがて衝撃が俺のところにまで伝わった。パァンという少し小さく乾いた音が、耳の内側で聞こえたような感じがある。体の内部を弱くゆすられるような、不快な衝撃も覚えた。

 今感じたことをありのまま話すと、彼女は一度うなずいて言った。


「耳をふさいでも音が聞こえるはずです。もう一度やってみましょうか」


 その返事代わりに指を両耳に突っ込んで待ち構える。それから再度放たれた魔法は、やはり耳よりも内側で音を発するような感覚があった。


「どういう魔法なんですか?」

鼓空破エアドラムという、こけおどしの魔法です」


 今度は魔法が発動しないよう、ただの二重円に文を書き込んでいく。


『音の波去り 草伏せ仰ぎ 恐る心に うつろうか 空にあけたる 大つづみ


「訳はいかがですか?」

「ん~、草を薙ぎ払う音が去っていくと、何もない空間に太鼓のようなものが見えるほど怖くなってしまった、って感じですね」

「そうですね。そんな感じの魔法です」


 実際に魔法の発動を見てからだと、見たままどおりの文という感じだ。特に何かイメージが必要ということもなく、すんなり訳せた。この訳が合っているなら、気の持ちよう次第ではたいして効かないように感じる。こけおどしというのもそういうことなんだろうか。

 そのことを聞いてみると、微妙に違うものの、訓練を積めば効かなくなるタイプの魔法なのだそうだ。


「体の内側にあるマナを揺さぶることで、効果を発揮する魔法です。ですから、自身のマナのコントロールができていない方には効きますし、マナの扱いに慣れていれば効きません」

「お嬢様には効かないんですね?」

「そうですね。肌の感覚として、使われたというのが分かる程度で、音は聞こえません」


 やはり、こういうところでも鍛錬の差っていうのは出てくるようだ。彼女は解説を続ける。


「魔法を覚えるつもりのない冒険者や兵士の方も、マナを使えるようにする理由はいくつかあります。身分証を作るため、魔道具を使うため……この魔法に抵抗するためというのも、大きな理由の一つです」

「実戦で驚かされるとまずいですからね」

「はい。そういうわけで、互いにある程度力量があれば、使う側も使われる側も”効かない”前提で考えている魔法です。明らかな格下以外には使うことはないでしょう」

「魔獣や動物には効きませんか?」

「相手によって示す反応が違うので、経験次第というところです。変に刺激を与えて凶暴化するということもありますから、確かな知識がなければ危険ですね」


 なるほど。あまり有効に使えないというか、自己防衛のために存在を知っておく感じの魔法のようだ。


「ところで、いつもより小さく魔法を作ってましたが、意図的にそうしたんですよね」

「いきなり本来の大きさで作ると、びっくりしてしまうかと思ったので。普通の大きさでも卒倒はしないと思いますが……試しますか?」

「……お願いします」


 怖いもの見たさ――聞きたさ?――というよりは、後学のためにと思って、頼んでみた。

 その後やってきた衝撃波は、体の中でバァン!と先ほどよりもずっと大きな音を立てた。耐えられないわけではないけど、戦闘中にいきなりやられると、かなりマズイだろう。

 少しふらついて、息を整え終わると、彼女が話し掛けてきた。


「午前中に水やり訓練をしたのは、魔法陣を小さくする訓練と、自身のマナをうまくコントロールする訓練を兼ねてのことで、どちらも鼓空破の練習に関係があります」

「小さく作れば練習でうんざりしなくて済みますし、マナの制御がうまくなれば抵抗力の向上を確認できるってことですね」

「はい。最初のうちは小さめに作りましょう。大きく作ってもいいことはありません。かすかに音が聞こえるかな、ぐらいの大きさを把握したら、それで練習を。そうすることが、任意の大きさで魔法を作る訓練にもなります」


 一つ一つの魔法の習得が、次へのステップとしてつながっている。時間を忘れて没頭できるのは、こうして段階的に達成感を得られるところも大きいんだろうと思う。


 ではさっそく、最初に彼女が作ったのよりは少し小さめの器を描いてみることに。午前中の水差しとはまた違う大きさになるけど、縮めて書くやり方をここでも試そう。

 すると、普段の大きさの器よりも多少の時間はかかったものの、なんとかミスせずに書き上げることができた。横にたたずむ彼女が小さく拍手してくれて、少し気恥ずかしい。

 気を取り直して文の記述に入る。もしかしたら、自分で自分を驚かす少しマヌケな事態に陥るかもしれない――そんなことを無意識にでも感じていたのか、少しのろのろと一字ずつ慎重に文を刻んで最後まで書き込むと、自家製の衝撃波が襲ってきた。もう少し小さくした方がいいな。

 適当な大きさが見つかるまでは、段階的に少しずつ小さくしていく。複製術で本格的に文を覚えていくのは、大きさが定まってからでいいだろう。円を少しずつ小さくしていって、それに合わせて器も文も少しずつ縮めて、衝撃波を作って……円の大きさと魔法の威力を体感として結びつける、そういう訓練にもなっている気がした。


「あまり連続して衝撃を受けると、少し気持ち悪くなるかもしれません。立ちくらみのようなものを感じたら、すぐに休みましょう」

「わかりました。とりあえず、今は大丈夫です」


 そして、ちょうどいい塩梅の大きさが見つかった。体内を揺さぶられる感覚がなく、音は小さいながらもハッキリわかるという具合だ。

 こうして発見した、ちょうどいい大きさの器を、さっそく複製術でコピーする。しかし、あまりにも何気なく使ったものの、複製術も作った器に合わせてきちんと縮小できた。出てきたコピーは、コピー元のと同じ大きさで6つ。

 じゃあ、複製術だけ大きさを変えたらどうなるんだろうか。今度やってみようとメモに書き込む。


「どうされました?」

「いえ、今度少し試してみたいことができまして」

「では、今の文を覚える練習が終わったら、試してみませんか?」

「……あ~、そうですね」


 メモを見返すと、前からやってみたいことというのが溜まってきていた。中には自分ひとりで検証したほうが良さそうなものや、彼女と一緒に確認したいものなど様々だ。今書き込んだやつは、それほど面白くもなさそうなので、一人の時にパッと済ませたほうがいいかもしれない。

 メモを閉じてコピーした器に向き直る。器に文を書き込み終わると、魔法が発動して小さな音を立てた。次の器へ書き込み、音を立ててまた次へ。書くたびに体の中身をゆすられていては、きっと覚えるどころじゃなかっただろう。

 こうやって、大きさを変えて魔法陣を書くのは、練習法のおかげで定着しそうな感じだ。では、他にも少し書き方を変える方法とかあるんだろうか? たとえば、遠くに魔法を書いてみるのは?


「遠くに書くのは難しいですね。手もとから離れるほど、魔法陣を書くことが難しくなります。記述速度も少し低下するでしょう。そうなると実戦で不利ですし、そもそも離れた位置に狙いをつける必要もありますから、普段の感覚が通用しません」

「なるほど。慣れるために苦労しても、あまり見返りは無さそうですか」

「使う魔法次第では、遠くに書くメリットもあるでしょう。鼓空破も相手がいる位置で使いたい魔法ですね。ただ、そこまで距離をとって慎重に戦いたい相手なら、そもそも効かない可能性が高いので……」

「ままならないもんですね」


 離れた位置に書くのは、よほど適した状況でもやってこない限りは、あまり考えないほうが良さそうだ。とりあえずは確実に覚えよう。


 覚え始めは自分の魔法に気を散らされて、あまりうまく覚えられないんじゃないかと心配したけど、特にそういうこともなかった。少し慣れてきて文を書くスピードが上がってくると、小さな破裂音の間隔も縮まってくる。爆竹みたいにするのを当面の目標にしよう。

 そうやって練習を続けていき、三時頃にいったん練習を切り上げた。テーブルでお茶を一服すると、彼女が微笑みながら話しかけてくる。


「順調ですね」

「そうですね。今日中にはきちんと定着しそうです」


 俺がそう言うと、彼女が微笑みながら少し身を乗り出して聞いてきた。


「休憩の後、メモに書かれたことを試してみませんか?」

「そうですね……わかりました。ちょっと大きめな紙とかあれば助かるんですが」

「取ってきます」


 そう言うなり、彼女は屋敷の中に消えていった。何だかパシらせたみたいで気が引けるけど、ノリノリだったからいいか。

 一人でメモを見返しながら茶をすすっていると、笑顔の彼女が丸めたベージュ色の紙を携えて戻ってきた。「この大きさでどうでしょうか」と言って広げると、ポスター2枚を横につなげた程度の大きさになった。


「ちょうどいい感じの大きさです、ありがとうございます」

「いえ、私も興味がありますから」


 紙を丸めてから椅子に立て掛け、彼女は座り直した。早く試したいということもなく、落ち着いている風に見える。


「実は、休憩中にも魔法の訓練ができないかと考えたことがあって」


 そう言う彼女は苦笑いしながら、ティーカップを指差した。


視導術キネサイトでカップにお茶を注いで、それを口元へ持っていって傾けて……みたいな感じですね」

「実際にやりました?」

「いえ、さすがに行儀が悪すぎると思い直しました。それに、休憩は休憩で大切にしたいですし」


 そこから少しの間、二人で静かにお茶を楽しんだ。


 休憩後、スッと立ち上がった彼女は持ってきた紙を片手に「地面に敷きますか?」と聞いてきた。「はい」と返すと、いそいそと広げて微笑みながらこちらをじっと見ている。少し恥ずかしい。軽く咳払いして、紙に向き直る。

 試してみたいのは、複製術の特性についてだ。森で犬相手に罠の試行錯誤をしていた時、一斉に記述しようとコピー元の器に文を書き込んだところ、そのコピー元が矢になって消え、後のコピーが続かないということがあった。これを継続型の視導術で試したらどうなるか。

 まずは空の器を紙に書き込み、続いて複製術を使う。ここまでは問題ない。一度深く息を吸ってからまた吐き、気分を落ち着けてから、複製術で少し複雑になった記述部分に文を書き込んでいく。ミスすることなく文を書き終わると、文のコピーが始まった。少し待つとコピー元とコピー先すべてに同一の文が記入された。


「中心にも文を書けたのですね」

「例の罠の時に、ちょっと試したことがありまして。そのときはうまくいきませんでしたけど」


 彼女は少し驚いている。もともと、文を覚えるために使用許可を得た複製術だけに、文を書かせるという本末転倒なことは考えもしなかったのだろう。

 続いて、一度書いた視導術を全て消し、再度紙の真ん中に器と文を書き込んで、それに複製術を重ねる。魔法陣としてできあがっているものを複製できるかどうかの実験だ。

 これもきちんとコピーが発生した。先程の複製術を使った後に文を書き込んだのも、最終的には完成形からコピー情報を引き出しているようなものだったから、うまくいってもそう不思議ではない。

 すると、彼女はメモを取り出し、この発見を書き込み始めた。そんな彼女に、少し気になったことがあって問いかける。


「こういう発見って、あまり言いふらさない方がいいですか?」

「そうですね、二人だけの秘密にしましょう」


 マリーさんと違って他意はないんだろうけど、妙に恥ずかしい発言をされて、紅潮してしまったのが自分でもわかる。メモに集中しているから見られていないのが救いか。何回か深呼吸をして気分を落ち着ける。

 そして、紙に書かれた7つの視導術を見て、また気になることができた。これは動かせるんだろうか?


 書かれた一つ一つの魔法陣に意識を集中しようとしても、集中した意識が7つの魔法陣全体に広がる感じがある。まるで、7つをひとまとめに捉えているように。

 試しに紙を持ち上げようとすると、全体がふわっと持ち上がった。真ん中のコピー元だけに意識を集中しようとしても、端の方から力が抜けてしなだれるということはない。7つの魔法陣全体で紙を持ち上げている感じだ。


「文を複製しても、きちんと術者の魔法として機能するのですね」

「えっ? ああ、そうですね」


 彼女の指摘に、ハッとさせられた。なるほど、彼女は”誰”の魔法かということに注目していたようだ。複製術に書かせたのだから、書かせた術者ではなく、複製術自身に一種の制御権があるんじゃないかと。

 以前の実験では、複製術に必要なマナは術者本人ではなく他のところからかすめ取っているようだった。そのことも、術者にコントロールがあるこの状況には、あまりマッチしていないように思う。


 しばらく、浮かせたり落としたりを繰り返しているうちに、また気になることが出てきた。

 再度7つの魔法陣を消し、今度は視導術の器と複製術を書き込む。できあがった文を書くスペースは7つ。まずは外縁部の6つに文を書き込んでいって、紙を持ち上げると……今度は意識した部分から持ち上がった。端だけつまんで持ち上げるような形になっている。別の部分に意識を集中させると、そちらも持ち上がった。

 どうやら、器を複製術で共有していても、文を別に書き込めば別々の魔法としてコントロールできるような感じだ。訓練を積めば、紙を引きちぎったり折り紙とかもできるかもしれない。

 そうして遊んでいるところに、また1つ気になることができて紙を地面に下ろす。文を書いたのは6つ。真ん中の1つに最後に書き込むと、どうなるんだろうか。

 実際にやってみると、これも他の魔法陣とは別にコントロールできるようで、最初に真ん中へ書き込んだときとは違う挙動だ。真ん中に書かれているかどうかではなく、真ん中へ最初に書き込み、それをコピーさせたかどうかが重要らしい。


 とりあえず実験に満足して、紙を下ろして魔法を解く。メモを取っていた彼女は、難しそうな顔をして考え込んでいる。少ししてから、彼女は口を開いた。


「書き込む順番で、反応が違うみたいですね」

「そうですね。たぶん文まで複製させると、完全に同じ動きをする魔法になるんじゃないかと」

「なるほど。勉強になりますね、先生」


 微笑みながら俺の顔を覗き込むようにしている彼女を見て、思わず頬が熱くなって、俺は顔を背けた。

 メモには色々と実験したいリストがある。しかし、彼女と実験するたびに、嬉し恥ずかし状態になるわけか。

 どうしよう。

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