第34話 「初仕事①」

 4月4日早朝、冒険者としての初仕事のため、俺は王都の門を通ろうとした。すると、「今日は初仕事ですか?」と門衛の方から聞かれて驚いた。


「いえ、今日は例の定期清掃だと聞いていますから。この時間での訪問ですし、もしやと」

「お察しのとおりです」

「疲れると思いますが、頑張ってください」


 激励を受けて門をくぐり抜ける。南門は比較的通行量が少ないらしいし、そもそも今までマリーさんと通過していたわけで、伯爵家との関係を考えれば顔はすでに覚えられているんだろう。一方的に顔を覚えられているようで、少し落ち着かない気分になった。

 朝早くということもあって、やはり大通りはほとんど人通りがない。軒先で掃除する方がちらほら見られる程度だ。すれ違いざまに会釈しつつ、まだ眠い目をこすりながらギルドへ向かう。


 中央広場では十数人ほどがベンチに腰掛けていた。互いに旧知というわけではなさそうで、それぞれが個別に朝食をとっていたり本を読んでいたりと、思い思いの過ごし方をしている。たぶん、今回の仕事に参加する方々……というか、いわゆる同期か。

 ドア開けっ放しのギルドに入ると、受付のラナレナさんがいた。今回は眠そうにしていない。新米たちの前でダラけたところは見せられないってことなのかもしれない。


「おはようございます」

「おはよ~。朝ごはん食べる~?」

「いただきます」

「じゃ、ついてきて~」


 彼女は、口調だけは少し間延びした感じだけど、動きはキビキビしている。受付から立ち上がって、前にも使った別室へ案内された。

 部屋の中には、先客がいた。大人しそうな、年下っぽい男女が一人ずつ。緊張しているんだろうか、朝食のパンを頬張りながら、おずおずと会釈された。俺も会釈を返す。


「あんまり量がないかも。物足りなかったらゴメンね~」


 そう言ってラナレナさんが用意した朝食は、ロールパンっぽいのが2つに、大皿に盛り盛りのサラダ、それと湯気の立っているハーブティーだった。サラダには細く裂いた干し肉らしいものが惜しげもなく散らしてあって、簡単ではあるが、十分満足できそうな朝食だ。


「いただきます」


 手を合わせて頭を下げる俺を見て、彼女はなんだかニコニコしている。

 そこで、つい癖でやってしまった「いただきます」が、ここのお作法ではないことに思い至った。


「あー、これは地元でやってる、食べる前の感謝のお祈りみたいなもので……」

「おっけ~大丈夫。別に誰にも言わないし、そもそも冒険者同士、あまり出自とか詮索しないしね」


 彼女が先客の二人に視線をやると、二人も少し慌て気味にうなずいた。

 それから彼女が受付に戻ると、部屋には三人残る形になり、ただ黙々と朝食を食べ始めた。外のベンチで食べている人たちの気持ちが、何となくわかった気がする。

 目の前の二人もそうだけど、友達と一緒に初仕事って感じの組は見当たらなかった気がする。こういうところで気軽に話しかけてこそ仲良くなれるんだろうけど、冒険者同士では互いに詮索しないっていう話があったからか、少し話しかけづらい空気だ。

……そういえば、この仕事は大人数で一緒にやるんだろうか、それともチーム分けでもするんだろうか? 全然聞いてなかった。

 パンを咥えながら考えていると、女の子の方が食べ終わったようで、自分の皿を重ね始めた。俺と残されることになる男の子の方は、ちょっとペースアップを始めたように見える。

 やっぱり話しづらいんだろうな~と思いつつ、俺はのんびり朝食を楽しむことにした。


 男の子の方も立ち去ってから少し経つと、ラナレナさんがやってきた。


「楽しくおしゃべりって感じじゃなかったみたいね」


 食べ物で口がふさがっていたので、俺は黙ってうなずいた。彼女は少し笑い、先の2人の片付けをしながら言った。


「初仕事の前って、だいたいみんなそんな感じなのよね~。チーム分け済んだら仲間になるんだから、そのときは仲良くね?」

「……チーム分けするんですね」


 聞きたかった話題に彼女が触れたので、口の中を熱い茶で流し込んで口を開いた。


「ええ。8チームに分かれて掃除するの。1チーム3~4人で、ギルドの職員が案内兼監督役に付く感じね~」

「チームの分け方って、何かあるんですか?」

「依頼を受けた順番で区切ってるわよ~? 初仕事でそこまで相性とか気にすることもないし」

「さっきの子たちは?」

「それぞれ別チームになるわ」


 つまり、もしかしたら顔を合わせることがあるかもっていう程度の縁だったらしい。仕事が終わってからもし会うことがあれば、ちゃんと自己紹介でもしよう。


「他に、何か聞きたいことはある?」

「……そういえば最初に会ったときはメガネかけてませんでしたよね?」

「あ~これね。目はもともといいんだけど、受付っぽく見えるからかけたらって同僚に言われて、就任祝いで貰って~」


 そう言って、彼女はメガネを取って、少し嬉しそうにそれを眺めた。


「正直、どっちが好み?」

「まぁ、受付のときはかけてる方がソレっぽいかもですけど」

「ふぅん?」


 彼女はメガネを掛け直し、片付けの続きを始めた。


「おかわり、いる?」

「いえ、結構多いです……」


 最初、サラダは葉物ばかりかと思ったけど、下に根菜らしきものが溜まっていて、わりと腹にたまる。これがタダ飯と考えると、結構な好待遇だ。


「食べ終わったら、受付でまた声かけてね~。チームと集合場所を教えるから」



 朝食の後、ラナレナさんに集合場所を教えてもらってそちらへ向かった。東門についたら突き当り右へ城壁沿いに進むと着くらしい。事前にもらった書類ではギルド前集合とあったけど、実際にはギルドに顔を出してもらうためにそう書いてあるだけのようだ。

 東門へ続く大通りは、王都でも一番の商業区になっている。この早朝でも、人通りが多少あった。店の開店準備をやってる方も多く、朝から他の区域よりも活気がある。

 すれ違う方、視線が合った店員さんたちと挨拶を交わしつつ進み、案内された場所にたどり着くと、城壁内への入り口らしき場所に、先客が二人いた。背が高い年上らしき青年と、同世代っぽい普通の背丈の女の子だ。こんな朝っぱらから和気あいあいと会話している。

 女の子が俺に気づいたらしく、背伸びして少し大きめに手を振った。少し距離があったので、駆け足気味になって近寄る。しかし、これで人違いとかだったらアレだな

~。

 そんな事を思っていると、女の子の方が先手を打ってきた。


「あなたも掃除に来たの? 私はコーネリア、よろしくね」

「ああ、よろしく。俺はリッツ」


 俺の名前を聞くと、男性の方が俺に向き直って言った。


「俺はこの班担当のギルド職員、ウェインだ。よろしくな」


 握手を求められて、それに答えた。次いでコーネリアとも握手する。

「あと一人ですよね、先輩」とコーネリアが言うと、先輩は目の上に手をかざした。「アレがそうなんじゃないか?」という彼の視線を追うと、先輩よりもさらに少し背が高く、ガタイのいい青年が走ってくる。おそらく、年はそんなに違わないだろう。


「……清掃任務で来ましたが、合ってますか?」


 俺たちのもとに着いた青年が、低い声で先輩に問いかける。


「ああ、合ってるよ。集合時間までまだまだあるから、別に急がんでも良かったんだけどな~」

「俺が最後の一人だと思ったので……」

「ま、そうだな。とりあえず名前でも聞こうか」

「ハロルドです」


 ハロルドがそう言ってから、また順に各自名前を告げていく。そうして全員回って、「あっさり終わっちゃったね」とコーネリアが言った。

 確かに自己紹介にしてはだいぶ物足りない感じはある。彼女の言を受けて、先輩は苦笑いしつつ話した。


「今回の仕事時間の大半は、歩くことになるからな。話題は取っといたほうがいいぞ。あと、最初だから言っておくが、冒険者は基本的にファミリーネームでは呼ばないのが慣習になってる。ワケありなヤツも結構いるからな。家出したヤツとか、勘当されたヤツとか」

「名前がかぶったら?」

「あだ名つけたり、愛称で分けたりだな……まぁ、名乗りに抵抗がなければ、ファミリーネームで区別するのが手っ取り早いんだが」


 なんにせよ、他にリッツが居なければ、冒険者の間でアンダーソン姓を使う必要はないということで、これは良いニュースだ。

 俺たち後輩三人にそれぞれ視線をやった後、先輩が「じゃあ行くか」と言って先導した。

 ハロルドが「開始時間より早いのでは?」と聞くと、先輩は「任務によっては、割と雑なやつもあって、今回がそれだな」と答えた。集合場所の記載の件もあって、そこまでガチガチの仕事ってわけではないらしい。


 城壁内部への入り口には、衛兵の方がいた。先輩がお辞儀をすると、「お疲れさまです」と言って先方も頭を下げた。それから、先輩が用件を切り出す。


「冒険者ギルドより、定期清掃で参りました。地下水道への通行許可を願います」


 そう言って何やら書類を取り出し、衛兵の方に差し出す。衛兵の方は、「確かに」と言って書類を受け取り、俺たち後輩3人の方に向いて話した。


「事前に冒険者ギルドから説明は受けていると思いますが、内部への武器の持ち込みは禁止されています。暗器含め、素手以外の攻撃手段となるもの全てです」

「小さなナイフとか、護身具もダメなんでな。もしいま携帯してたら、ここで出して預かってもらうんだが、何かあるか?」


 俺は手ぶらだ。コーネリアは護身具らしきナイフを外し、ハロルドは腰に携えた長剣を取って衛兵の方に渡した。先輩は俺の方を見て言った。


「リッツは特に何も持ってないのか?」

「武器なしでってことだったので、手ぶらで来ました……ボディチェックされますか?」


 俺がそう言うと、先輩と衛兵の方は顔を見合わせ苦笑いした。衛兵の方が俺に話しかける。


「いえ、それには及びません。ですが、万が一何か隠して持ち込むようなことがあれば、厳罰の対象になり得ますので、その点はお含みおきください」


 衛兵の方々は教育が行き届いているのだろうか、俺たちのような駆け出し未満の冒険者に対しても、ド丁寧な態度を崩さない。この姿勢には驚かされる。

 内部への戸を開けてもらい、「じゃあ行くぞ~」と、先輩のあまり緊張感のない掛け声とともに足を踏み入れた。


 中は南門で見たのと同じような、白い壁で囲まれた空間になっている。ただ、門の方よりは薄暗い。奥の方には上下に続く階段が見え、入口近くにはデッキブラシが四本と、麻っぽい巾着袋が一つ用意してあった。

「俺は荷物があるから、その袋は頼む」と先輩が言った。たしかに先輩はバックパックを背負っている。そもそも俺たちの任務なんだから、荷物は俺たち三人で持つのが筋だろう。

 袋に一番近い俺が近づいて持ち上げようとすると、見た目以上に重い。米一ヶ月分ってところか。「中身を見ても構いませんか?」と先輩に聞くと、笑顔でうなずかれた。

 すると、コーネリアが俺に近づき、少し遅れてハロルドもやってきた。三人揃ったところで袋を開ける。中に入っていたのは、透明な砂のようなものだ。それがギッシリと。重いわけだ。


「そいつを、水路の汚れた箇所に撒いて、ブラシでこすりつけて掃除するんだ」


 なるほど、研磨剤みたいなものらしい。コーネリアが「重い?」と聞いてきたので、「だいぶ」と答えると、彼女はデッキブラシを二本ハロルドに渡し、自分でも二本持った。


「荷物はこの配分で、ローテーションしながら持ってかない?」

「あー、助かる。そうしよ」

「わかった」


 分担も決まったところで、「じゃあ行くか」と言って先輩が下への階段へ向かった。

 俺たちもそれに続くと、階段は螺旋階段になっていた。足場は白いセラミックのような質感で、ほのかに光っている。他の光源は、ちょっと下った先で吹き抜けを輪切りにするように橙色の魔法陣が待ち構えているぐらいで、だいぶ薄暗いものの視界に困るほどではなかった。しかし、かなり下まで続いていそうではある。

「あの魔法陣は無視していいぞ」と、先輩が階段を降りながら言う。意味もないのに置くわけはないだろうから、何かしら役目はあるんだろう。

 そこで、城門をくぐるときの通路を思い出した。あれで魔道具を検出しているって話だった。目の前の魔法陣も似たような感じで、危険物を検出しているのかもしれない。

 そんな事を考えつつ、実際に魔法陣を抜ける段になった。先を行く先輩は本当に何事もないかのように進んでいって、ちょっと離れたところから俺たちをニヤニヤしながら見ている。手で手招きもしている。

 そこで、「せーの、で行かない?」というコーネリアの提案を受け、三人で意を決して一緒に踏み込んだ。何もなかった。

「何もなくてよかったな。何かあったら引き返すところだったんだが」そう言って笑う先輩に、コーネリアが問いかける。


「アレってなんです?」

「内緒。解釈は自由にな」


 先輩はそれだけ言うと、更に先に進んでいった。残った三人で顔を見合わせた。


「どう思う?」とコーネリア。

「変に深入りすると、ロクなことにならないっぽい気がする」と俺が言うと、ハロルドも同調した。


「必要な話なら、今教えてもらえるだろう。無視して進んだ方がいいんじゃないか」

「そっかー、気になるけど仕方ないよね」


 それから数分間、階段を降り続け、ようやく水路にたどり着いた。匂いの心配をしていたけど、逆に何の匂いも感じない。床も壁も、石とは違う滑らかで硬く光沢のある素材でできていて、ほのかに青白い光を放っている。

 一番明るいのが水路を流れる水で、眩しいというほどではないものの、床や壁よりは明るい。ほんの僅かに緑に着色しているけど、水路の底がはっきり見えるぐらいに透き通っている。間違っても下水などではなさそうだ。というか、上の王都とは切り離された、まったく人の生活とは無縁の空間に思える。


「じゃあ進むぞ~」と言う先輩に着いていくと、すぐに水路の交差点に差し掛かった。

 そして、その交差点に小柄な女の子が一人、本を読みながらたたずんでいた。

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