第33話 「冒険者登録」

 4月2日、早朝。俺はマリーさんの案内で王都に来ていた。これで2回目になる。


「では、私は買い出しに行きます。昼はどうします?」

「お屋敷に戻って食べます」

「わかりました。では、ラナレナさんによろしくお伝えください」


 南門でマリーさんと別れると、さっそく俺は冒険者ギルドへ向かった。

 閣下の勧めもあって冒険者を目指すわけだけど、今のところ王都へ行くにも、こうしてお屋敷の誰かの付添がないと門を抜けられない。

 だから、会員証を作ってもらうのも目的の一つだ。今日、会員証を作ってもらえれば、気兼ねなく王都へ行けるようになる。


 着いたのが早朝ということもあって、人はあまり出歩いていない。こんな時間から冒険者ギルドが開いているというのは少し信じられないけど、きちんと開業しているとのことだ。

 ちなみに、マリーさんが早朝から買い出しなんてやってるのは、生鮮食材でいいやつを確保できる時間だかららしい。

 結局ほとんど人と出くわすことなく、中央広場沿いのギルドに着いた。隣接する図書館一階の茶店は閉まっている一方で、ギルドはドアが開けっ放しで中からは柔らかな照明が漏れ出ている。本当にやっているようだ。少し緊張するけど、ここで怖気づいても始まらない。


「おはようございます」と挨拶しながら中に入る。中は木のぬくもりを感じられる居心地の良い空間で、春先の早朝にこんなところで働くと眠気との戦いになりそうだ――目の前の受付の女性みたいに。

 受付はラナレナさんだった。以前と違うのはメガネをかけている点だ。それに、初対面の時よりもずっと気だるそうな雰囲気を出している。

 そんな彼女は、俺の来訪に気づくと体をびくっと震わせ、頬杖をやめて居住まいを正した。


「え~と、リッツ・アンダーソン氏ですね、おはようございます」

「……おはようございます」


 見た目は見間違えようがない。しかし、どうも雰囲気が違う感じがあって、ご本人なのか心配になってくる。


「ラナレナさんですよね?」

「あ~、あなたもラナレナ呼びなんですね、マリーに教わりました?」

「ええまぁ……なんで敬語なんです?」

「ん~、あのご一家での、あなたの立ち位置が良くわからなかったので。最初のうちは職業柄、敬体を使うように心がけてますし……まぁ、その辺はご希望に添えますが」

「みなさんと同じように接してもらう方が、こちらは助かります」


 そういうと、ラナレナさんは短く息を吐いて「りょーかい」と言った。


「ごめんなさいね、こんな眠そうな女で」

「いえ、それは別に……他にお客さんいなさそうですけど、それでも開けないとまずいんですね」

「朝一にロクでもない依頼が舞い込むことがあって~、とりあえず一人は管理者級を窓口に置いとかないとってことで、私が貧乏くじ引いてんの。上がりが早いのはいいんだけどね~」


 そう言いつつ、ラナレナさんは引き出しから何か探している。


「ご用向きは冒険者登録ってとこ?」

「はい」

「おっけ~、色々説明があるから、奥の部屋へ来てもらえるかしら?」


 ラナレナさんは受付後ろの事務室にいた職員の方を、代わりの受付として呼んだ。そして引き継ぎを短く済ませると、俺を別室へ案内した。

 案内された部屋も、入り口同様で壁に明るめの木材を使った、落ち着く部屋だ。

 彼女に促され、テーブルに着く。彼女は相変わらず眠そうな顔だけど、手際がいい。テキパキと書類や茶の準備をあっという間に終わらせ、俺に向かい合うように座った。


「まず説明からね。当事務所はフラウゼ王国冒険者ギルドの本部で、ここで発行された会員証は王国内の各ギルドでも通用する身分証になります。なくしたら罰金なので注意するように」

「気をつけます。ちなみに、いくら取られますか?」

「完全に紛失して再発行の場合は1万フロン、遺失物としてこちらに届けられた場合、引き渡しに8千フロンよ。まぁ、恥ずかしさの方がずっと高く付くけど~?」


 にこやかに笑いながら、彼女は茶をすすった。俺も合わせて茶を飲む。眠気覚ましってことなんだろうけど、かなり渋みが強い。思わずしかめてしまった俺の顔を見て、彼女は含み笑いを漏らしてから話を続けた。


「冒険者になる特典は、まずウチで依頼を受注できるってこと。会員が非会員と協力するのは自由だけどね。あとは、冒険者ランクによって色々特典があるわ」

「ランクっていうのは?」

「FからAまであるんだけど、仕事ぶりや魔法庁の魔導師階位認定に応じて昇段していくわ。最初のFだと、大した特典はないわね。みんなが優しくしてくれるぐらいよ」

「Eからはちょっとずつ良くなっていくんですね」

「そうね~、王都内の宿の部屋代に対して助成金が出たり、魔導工廠でツケがきいたり試作品を回してもらえたり、各種売店で値引きできたり、観劇でいい席取れたり、異性にモテたり、いい仕事のオファーが来たり……」


 そう言いながら、彼女はA4ぐらいの大きさの薄い冊子を俺に渡してきた。


「王都内の商工会から出てる、冒険者特典一覧よ。各商店のランクごとの特典が載ってるわ。まぁ、載ってない特典もあったりするから、実際に足運んで店主さんと仲良くするのが一番ね~」

「商工会のみなさんは冒険者に好意的なんですか?」

「この事務所って、王都の雑用係みたいなもんだから。最近、上からの締め付けが強くなってきてて、居づらく感じる冒険者もいるから、商工会も引き止めに必死なのよ~。あと、目をつけた冒険者に直接依頼して、中抜きを防ぎたいって欲もあるでしょうけど~」


 もらったパンフをチラ見する。家賃の助成金は魅力的だけど、パンフには載ってない。ここの窓口を通して何らかの手続をする仕組みがあるんだろうか。他の特典は、やはり金銭感覚がまだまだなのでピンとこない。

 それで、特典よりも重要なことがあった。


「冒険者のお仕事の方は、実際にはどのようなものがありますか?」

「あ~、ちゃんとしっかりしてていいわね~」


 頬杖を付いて、にっこり笑いながら別の冊子を渡された。王都ギルド本部依頼受注実績とある。


「新人への説明と、関係各所へのアピールのために作ってるの。載ってるのはEランクの依頼が多いけどね。最初のうちに受注するのは、物品の調達や採集、あとは他の街への護衛とかがメインかしら?」


 パラパラめくって中身を確認する。1ページに2件ほど、依頼と成果の摘要が載っている。細かいのが負傷者の項目で、どのような事態でどのように負傷したのか、冊子発行時点での予後についてまで記載してあった。

 少し寒気を覚えて、最後のページまでめくる。今季死亡者数の項は……


「0人よ」


 顔色で色々と察したんだろう。見たものをそのまま口に出された。思わず安堵した。


「まぁ、危険な依頼が減ってきてるってのはあるけど……そこの項目で不正するようなことはないから、そこは信じてもらいたいわ」

「いえ、信じますよ」

「そう」


 彼女は机の上に両肘付いて、合わせた手の甲の上に顔を乗せた。ニコニコしてこちらを見つめている。


「それで、どう? 気が変わったりはしてない?」

「はい、大丈夫です」


 俺の返事に満足そうな笑みを浮かべ、彼女は不思議な質感の白いカードを差し出した。金属っぽい光沢はあるけど、そこまで冷たい感じはない。表面だけで言えばセラミックっぽい。

 次に彼女は、黒色の紙とマナペンを取り出した。紙は、よく見ると何やら白字で記入してある。中央には”器”があった。かなり複雑な模様で、構造が全く理解できない。

 その器の真ん中に、彼女はカードを置いて、俺にマナペンを手渡した。


「紙の所定の位置に、あなたの名前を書いてね」

「所定の位置?」

「見てればわかるわ」


 彼女がそう言って紙に書かれた器に指を這わせると、紙の下端に白い線が浮かび上がった。記入欄ってことだろう。

 しかし、器の方がもっとすごいことになっている。白く光る器が起き上がってカードを宙に持ち上げたかと思うと、一つの器が幾何学的な模様を内包した3つの円に分裂し、カードを中心として各円がシャイロスコープのように回転し始めた。


「ちょっとすごいでしょ~、刻名の儀って言って、結構感動する子も多いのよ、コレ」

「いや、メチャクチャすごいですよ」

「このまま見たい気持ちも分けるけど、白線の上にあなたの名前を書いてね?」


 言われてそのようにすると、マナペンで書いた青緑の名前と白線が紙の上を滑って、真ん中でぐるぐる回転している円の中に吸い込まれていった。

 それから、カードの周りをめぐる白い円は薄い青緑に染まり、俺の名前と一緒に、カードの表面に触れては刻み込まれていく。

 やがて、カードを浮かせていた光を消費しきると、カードは音も立てずに黒い紙に落ちた。表面には青緑で俺の名前と、薄い青緑で何やら紋章が刻まれていた。裏面を見ると、表とは別の紋章がある。


「表のはウチのギルドの紋章で、裏のは国の紋章よ。つまり、ウチとフラウゼ王国が、あなたを冒険者として承認するってことね。紋章を挟むように持つと色が濃くなるけど、それがあなたの身分証明になるの。さっそく今日の帰りに門でやるといいわ」


 試しにやってみると、確かに色が濃くなって光った。


「……これ、魔法を使えない方は、こういう身分証をもらえないんですか?」


 俺がそう聞くと、ラナレナさんは目をパチクリさせてから、微笑んだ。


「いいとこつくわね~。とりあえずは仮の会員証を出してるわ。王都では使えるけど、他の街じゃ使えないって感じの。自分の色のマナを出せないと、こういう精度の高い身分証明ができないから。その仮会員証で割り切る冒険者もいるけど、だいたいはマナを出せるように練習するわ」

「これは、どれぐらい精度が高いんですか? 色が近い他人で使えたりとか」

「ん~、双子でやったら光っちゃったって報告は聞いたことがあるわ。普通の親兄弟では、本人とは間違えないみたい。もし他人でも使えるって事例に出くわしたら、その時は真っ先に知らせてもらえる?」

「はい」


 いつの間にか眠気が覚めていたようで、彼女の口調もかなりハキハキしたものになっていた。少しトロンとしていた目も、今はパッチリしている。この質問で完全に起きたのかも知れない。

 すると、「割と長いこと受付やってるけど」と、彼女は楽しそうに話しだした。


「今みたいな質問は、なかなか受けないわ」

「そうなんですか?」

「まぁ、気づいても聞かないのかもね~? 変に勘ぐられて、アヤシイ企みしてるように思われちゃ損だし~」


 不用意に変なことを聞いてしまったようで、思わず口をつぐんだ。


「フフフ。私は別にあなたのこと変に思ってないから、気になったらことがあれば気軽に聞いてね~?」

「……初仕事って、どんなのがあります?」

「あ~、そうよね、ごめんごめん」


 少しゆるくなっていた姿勢を正して、彼女は話し始めた。


「明後日、王都の地下水道の定期清掃があるけど、新米をそこに送り込むのが毎回恒例なの。他にすぐに紹介できる、初回向けの依頼ってのはないわね。どうする?」

「できれば、それを受けたいんですが、注意事項とかありますか?」

「お~、やる気あって感心感心」


 彼女は書類を一つ取り出して、俺の方に差し出した。


「詳細はそちらに書いてあるわ。滑って転ばない限り負傷しないぐらいの安全度。ただ、地下は少し冷えるかもね~。動けば暑くなるから、着たり脱いだり楽にできる上着がいいかしら」

「……武器の持ち込み禁止ってあるんですが」

「地下水道はセキュリティが厳しい区画になるから、持ち込めないのよ。これはギルドじゃなくて国の方が定めてるわ」


 他の項目を見ると、明後日の朝7時にギルド前集合。依頼報酬は7500フロン、当日中に完遂しない場合、減額か翌日に割り当て分の続きを行うものとする……等々書いてあった。


「時計を持ってませんが、早めに来ても構いませんか?」

「そうね。ギルドを開けるのが6時だから、朝一に来るつもりでいればいいわ。多少集合時間に遅れても、事前に参加する意向を伝えてくれれば調整するし、早めに来てくれれば簡単な朝食の用意もあるからね」

「では、朝一に来るつもりで起きてきます」

「いいわね~、私も当日はちゃんと起きるから」



 ギルドで登録を済ませ、会員証と書類一式をもらった俺は、孤児院に少し顔を出してから帰路についた。

 門では、少し意気揚々と会員証を掲げてみせた。すると、門番の方にほっこりされ、少し恥ずかしくなって小走り気味に駆け抜けた。

 その帰り道、何か忘れているような気がしたけど、思い出せなかった。それを思い出したのは、お屋敷でお嬢様の顔を見たときだ。

 ラナレナさんに、例の夜の報奨だの何だのを聞くのをすっかり忘れていた。

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