第32話 「報奨と恩義」

 閣下の部屋に入るのは2回目になる。最初にこの屋敷についた日以来だ。あの日よりはまだマシではあるけども、それでも一対一だと緊張する。

 互いに椅子に座ると、間をおかずに閣下が仰った。


「彼はどうだったかな?」

「……彼に面白がられた感じはありますが、私も彼に対して似たような印象を持ちました」

「そうだろうね。割と気が合うのではないかとは、前から考えていたんだ」


 実際、俺の失敗談を聞いている時の様子は、本当に興味津々といった感じで悪い気はしなかった。

 ただ、彼も自身が言ったような一般的な魔法使いなんだろうかと、少し気にはなっている。つまり、真面目であんまり遊びがないタイプなんだろうかと。

 そんなことを考えていると、閣下は言葉を続けられた。


「彼は見ての通りの快活な少年なんだが、集団間の綱渡りのセンスには天性のものがある。魔法庁でもいくつかの派閥とは渡りをつけていて、他の派閥にマークされつつも干渉されないでいるようだ」

「……私が関与することで、何か彼に面倒事が起こったりは?」

「それだが、彼自身と同様にきみのことも面倒から遠ざけるのに、彼が動いてくれるのではないかと思っている。面白い取材対象が魔法庁に睨まれたとあっては、彼も面白くないだろうからね。きみが危険な目に遭わないように、ある程度の情報提供はよろこんでやってくれるだろう」


 なるほど。ああいう彼視点で面白い話を提供する代わりに、アドバイザーになってもらおうという話のようだ。


「願ってもない話ですが、私から見返りがなかなか提供できそうにない場合は?」

「彼も結局は信用商売でやっている身だからね。裏切ろうとしない限りは味方でいてくれるだろう。ネタ切れ程度はなんとも思われないか、あるいはネタの材料まで用意してくれるのではないかとさえ思っているよ」


 そこまで微笑みながら話された閣下だけど、にわかに申し訳なそうな困り顔になられた。悪い知らせのような気がして、思わず身構える。


「森の一件が収束しつつあるが、そうなると私の次の任地や役目をどうするか、国の上の方で議論されていてね。まぁ、当分は屋敷と外を行き来する生活になるようだが……そうなると、きみに彼みたいな協力者が必要なんじゃないかと、そう考えたところに彼が訪れたというわけだ」

「彼に私の正体は?」

「いや、外で知り合った食客ぐらいにしか伝えてないよ。伝えても言いふらしはしないだろうが……さすがに、余分なリスクは負えないのでね」


 食客というのは、彼の興味をそそりそうな表現だとなんとなく思った。今の扱いを考えれば、表現としても妥当なところだろう。

 それから少し間をあけて、閣下が仰った。


「森の一件だが、公式な報告書においては、禁呪の用法に言及せず、ただ実戦で運用したとのみ記す。きみの名前は参戦者に連なり、『捕らえた犬が束縛を解いて抜け出そうとした際に、率先して動きこれを阻止した件』を第一の功績とした。捕らえた件について仔細に触れると、”実行犯”にされてしまう可能性が無視できない。国家上層に限定した報告では、もう少しきみの手柄に触れるつもりではあるが……」

「上層にあてた報告では、どのような扱いになるでしょうか?」

「こちらでも、禁呪の具体的利用法には触れられない。とりあえず、きみの経験と発案をもとに、娘が捕獲法を提示し、私と妻がそれを承認して実行した……という流れになりそうだ。上にはきみの功績を示しつつ、責任は当家に負わせられる妥協点にはなるかと思うが……」


 そう言うと、閣下は俺に頭を下げられた。それから上げた顔には、少し苦悩の色が浮かび上がっている。


「上層向けの報告は、公式には存在しない文章になる。世間的に知らせられる功績は、きみの本来の働きからすれば、ほんの一部でしか無いが……それをもとに報奨が定められることになる。功労者に対して十分に報いることができず、本当にすまない」

「ああ、いえ、そんな! 一宿一飯どころではない恩義がありますから、その恩返しにと思ったまでですから!」


 お嬢様から報奨関係について詫びられたことはあったけど、閣下にまで頭を下げられるとは思わず、うろたえながら受け答えしてしまった。

 ただ、報奨がどんなもんになるのかとか、”本来”の功績に対する報奨がどんな感じなのかは気になった。


「実際に払われる報酬は、ギルドとも協議したが、20万フロンになりそうだ」


 いまだに金銭感覚がいまいちでよくわかっていない。パン屋を見た限りでは、1フロンで1円ぐらいなんじゃないかって感じだった。一番安い菓子パンが80フロンだったからだ。レートに上下に20%程度のズレはあるかもしれない。

 それと、犬を倒しまくって得た硬貨を、市場用に換金したら3万フロンだった。そう思えば、一晩戦っただけで20万フロンというのは、案外破格なんじゃないかって気はする。

 あるいは、相場をよくわかっていない今が、一番幸せなだけなのかもしれない。

 続いて、本来の報酬に関してだけど、これがすごく難しいらしい。


「全体でも主たる功績を挙げた場合、金銭では報いない事が多い。過去の功績と合わせて叙勲したり、加増したり、あるいはギルドでの昇格、特殊な地位への任命など、何かしらの名誉を与える事が多いな。ただ、禁呪絡みの件なので、本来の功績を考えるのはかなり難しいだろう」

「……この家のみなさまにお褒めいただいているのは、十分な名誉なのではないですか?」

「私達の言葉を、きみが誉れに思ってくれるのは嬉しいんだが……」

「お言葉だけで十分です、閣下」


 正直、俺の才能というか可能性を見出して、あの戦いで使ってもらえただけでも、達成感というか一種の自己実現を果たしたみたいな感じがあった。それに、あの戦いの前後で見返りとかは、もともと考えてなかったと思う。

 それに……報酬うんぬんよりも、閣下に頭下げさせているみたいなこの状況が逆に恐縮で、思わず苦笑いしてしまった。少し気まずくなって頬をかいていると閣下も苦笑いされた。

 それから、気を取り直したらしい閣下が、俺へ問いかけられる。


「この後は、何か希望はあるかな?」

「展望というか、進路というか、そういった話でしょうか?」


 閣下はうなずかれた。

 この後何になるか、深くは考えていなかった。魔法使いになりたいとは思っているけど、魔法を使えるなら覚えた数が少なくても魔法使いなんじゃないかと思う。

 それに、そもそも魔法使いってのは魔法を使える人であって、その魔法で何をする人なのかは何も定めていないんじゃないか? だとしたら、本当のところ、俺は魔法で何を成したいんだろう?

 こうして考え込む俺に、閣下は助言をくださった。


「王都に行けば、きみが興味を持ちそうな仕事に色々出会えるとは思うが……世の中を知るということであれば、冒険者が一番かもしれないな」

「冒険者ですか」

「ああ。何か心に定めた希望の職業があっても、見聞を広めるために冒険者を志す者がいるくらいでね。まぁ、好奇心を満たすためなら一番といえるぐらいの職業だ。私も若い頃に少し……いや、結構やったな」


 心配なのは、やっていけるかどうかってところだ。でも、閣下の様子を見るに、まぁ問題なさそうだ。はっきりとした目標が定まるまでは、それが一番面白いのかもしれない。


「では、今度冒険者ギルドに顔を出してみます」

「顔を出す前から、名を知られていそうだが」


 そう言って閣下は笑われた。

 思い返せば、あの夜はみなさんの前で酔っ払ってわけのわからないまま、みなさんが知らないであろう魔法をぶっ放して、立てなくなって荷車に載せられて帰還したわけだ。とんでもなく悪目立ちしたというか、一方的に名前と顔を覚えられている可能性はある。

 にこやかにされている閣下に、俺は引きつった笑顔と乾いた笑いを返した。すると、どうやら酔っ払っていた件に関しては知られていなかったようで、少し怪訝な顔をされた。

 その後、思い出したように、閣下は「そういえば」と切り出された。


「昼食後に3人で何の話をしていたんだ? ギャンブルではないようだったが」

「えー、何といいますか……平面幾何と算術でしょうか」


 そう言うと、閣下は「少し待っててくれないか」と仰って、部屋を出られた。

 それからややあって、部屋に戻られた。奥様と一緒に。


「せっかくだから、私達にも教えてもらえないかしら?」

「というわけだ、よろしく頼む」


 そういえば、もともと閣下はこういう話を楽しみにして、俺の面倒を見ることにされたんだよなと思い出した。

 部屋の入口の方にある、小さなテーブルを引っ張り出して、三人で卓を囲む。

 閣下と奥様の三人で何か話すというのは初めてだ。それを意識するとたいへん緊張したけど、俺の向かい側に少し窮屈そうに席を並べるご夫妻は、なんだか幸せそうに笑っておられる。

 たまには、こういうのもいいかな。

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