祭りは二人で楽しむもので、二人なら祭りは必要ない。

小笠原 雪兎(ゆきと)

祭りは二人で、二人は祭りで。




「お祭り…か」


 夏休みの補習から帰って来る途中、神社でお祭りをやっていたのを見かけた。

 小学生の頃はよく連れてってもらったな…。懐かしい。


 まぁでも、お祭りって誰かと一緒に行かないとあんまり楽しくないんだよな~…。

 そう思いつつも自転車を降りて道ばたに停める。

 祭りの人波に入って、そのまま奥の方へ流されるまま歩く。屋台を見てるだけで面白かった。


「へいおにーちゃん!綿菓子食べないか?」

「あ…じゃあ」


 久しぶりに見た綿菓子に興味をそそられて、財布を開く…とパンパンの財布から小銭が溢れた。


「わっ…す、すいません…あ、ありがとうございます…」

「このビー玉も兄ちゃんのか?」

「あ、ありがとうございます」


 周りの人が拾ってくれる。それを受け取って財布に一旦戻し、綿菓子のお金を払う。

 綿菓子を食べていると今度は食欲がそそられて、ついでに焼きそばとたこ焼きも買ってしまった。


「はふはふ…うっめぇ…」


 こんなに買ってどうするんだ、ってぐらい買ってしまったけれど、もとから夕飯は外で食べるつもりだったし丁度いい。


 屋台の恥の方までくると、長い長い、山の頂上への階段があった。この上にあがる人はあまりいない。見上げても、頂上が見えないのだ。そりゃ登る気をなくす。


 けどどうせ暇だし、帰ってもすることがないから、興味本位で階段を上り始めた。

 最初の方は子供たちが遊んでいたり、恋人同士でいちゃつく人もいたけど、だんだん人影が薄くなって、最後は誰もいなくなった。


「…ちょっと怖いな…」


 決して暗闇が怖いとか思ったんじゃない。ただ足下を滑らせて転げたら怖い、と思っただけだ。

 スマホを弄って、足下を照らす。上に行くほど、横の溝に落ち葉が溜まっていく。


 疲れたらたこ焼きを口に入れて休憩、そしてまた上る。疲れたらたこ焼きを…と繰り返しているうちに十分以上経つ。

 そしてようやく、頂上についた。


「…はぁはぁ…疲れた…。っ…そう言えばこれ…」


 今まで上った階段を振り返る…。と、恐怖が訪れた。まさかコレ…降りるときもこの階段を…。

 当たり前のことだが、その事実に膝が震え出す。


「と、ともかく…折角来たんだし…」


 頂上の祠は意外と小さくて、雑に作られたベンチが1個、あるだけだった。

 静かで、夏の蒸し暑さもあまり感じない。ベンチに近づく…と、こんなところでも先客がいた。


 目を擦ってみる…が、目の前の光景は変わらない。


「…え…?」


 思わず声が漏れる。と、ソレは顔を上げた。

 記憶の中の何かと合致する…そうだ、カップうどんのCMの狐耳美女だ。

 そしてその狐耳も口をポカン、と開く。


「え…?」

「き、狐がしゃ、喋った!?」

「…ニンゲン…?」

「ぎゃぁっ!?」


 思わずその場に尻餅をつく。狐耳は、とてとて、と目の前に駈け寄り、顔をのぞき込んできた。


「…見えてますか〜?」

「は…?み、見えるに決まってんだろ!おいっ!」


 掴もうと手を伸ばす、が、手は狐耳の身体をすり抜けた。


「はぁ!?」

「見えてる!?ホント!?」

「おい狐耳!なんだよこれ!どういうことだよ!」

「に、ニンゲン~!」


 突然、狐耳の身体をすり抜けていた腕がすり抜けなくなる。と同時に、狐耳が抱きついてきた。そのまま押し倒される。

 背中に刺さる小さい木の枝が微妙に痛いのとぎゅ~っと、抱きしめられるので我に返る。


 押し返そうとしても、離れろと叫んでも離れてくれそうにないので、抵抗することを諦めた。





「…はぁ…まぁ話はわかった…」

「…はふはふ…ん~美味しいっ!」


 たこ焼きが狐耳の胃の中へと消えていく。そのまま食べ続ける感じがしたので、仕方が無いから焼きそばのパックを開けた。


「獣がたこ焼き食べるって大丈夫なのか?」

「獣じゃないっ!神獣!」

「…動きが神っぽくないんだけど」

「う、うるさいっ。一番下の階級だからっ!」

「…あと人と普通に話すとか神らしくないんだけど?」

「そ、それは…誰も…来てくれないから…だ…。久しぶりの会話だから…」


 突然、狐耳が俯いて、気弱に喋り始めた。

 たこ焼きのパックをおいた狐耳を見つつ、焼きそばを掻き込む。


「他の神獣は影響力が強いから…。でも…私はあまり力も強くないし…。母様も数年前にしんじゃったから…それからずっと1人…。

 あ、子供が一回だけ来てくれた…。その時にビー玉をあげたな…。懐かしい…けどそれ以来は…」

「そりゃこれだけ階段がキツかったらこないだろうな。エレベーターかエスカレータでも付ければいいのに…。

 ってかさ一緒に下、降りてお祭りいかね?2人の方が絶対楽しいじゃん。

 そのケモ耳と尻尾、隠す能力は持ってるだろ?勘だけど」


 狐耳は一瞬、ぱぁっと顔を明るくして、ハッと何かに気付いたように、俯いた。


「確かに耳と尻尾は見えなくすることはできるけど…依り代が無いところに行ったらただの獣になっちゃう…」

「そうか…ごめん。じゃあさ、神獣同窓会とかないのか?」

「あるけど…確かに神無月…10月には出雲で盃を交わすけど…呼ばれたことない…」


 話を聞いてると結構不憫に見えてきた。神獣だけど、正直そこら辺の子供と同じくらいの精神年齢だ。

 たこ焼きを箸で摘まみ、狐耳の口にツッコむ。すると目を白黒させて、飲み込んだ。


「何をっ!」

「まぁ今日は?ここに話し相手がいるんだし。祭り行けないなら別にそれでいいよ。

 祭りは二人で楽しむもんだけど、話し相手がいれば祭りなんてなくても楽しめるだろ?」


 そう言いながら狐耳の口から箸を抜き、自分の焼きそばを掻き込む。

 何故か狐耳は顔を赤くさせて、小さく頷いた。





「はぁ!?取り壊し!?」


 山に穴をぶち抜いて、トンネルを作るらしい。

 祭りから一年、不思議と記憶が薄れて、狐耳の事を忘れかけていた時だった。


「そんな驚くことか?お祭りには関係の無いことだし。別にいいじゃないか」

「そうねぇ~。あの階段の上、どうなってるのか知りたいけど上るのも面倒だしね~」


 両親の会話が耳に入ってこない。気付けば家を飛び出していた。

 全力疾走で神社まで走る。神社に着いてから、家からなんか持ってくればよかったと後悔した。


「アイツになんか手土産持ってくればよかった…っ」


 額から噴き出る汗を払い、全然、頂上の見えない階段を駆け上がる。

 途中、スマホが振動したが、無視することにした。多分母さんか父さんだ。


 暑さと喉の渇きで頭がクラクラしかけたとき、ようやく頂上に着いた。

 狐耳はいつものベンチに座っている。


「おいケモ耳!」

「っ…」


 狐耳がパッ、と顔を上げる。そしてこっちを見て、嬉しそうにも、悲しそうにも笑った。


「…ニンゲン、ここに来ない方がいいと思う…。

 普通、神に関わるのは許されない。来る度にここの存在を忘れて、そのうち天罰が下ると思う…。

 まぁ、もう壊れるから問題は無いけれど…」

「お前はどうなるんだよ!」

「消えて無くなる。祠が依り代だから…」

「え…よ、依り代だな?分かった。えと…」


 ポケットから財布を出す。なんか依り代になりそうな珍しいものでも入ってたら…。

 淡い期待を胸に財布を無理矢理開けると小銭が散らばったが、そんなのはどうでもいい。


「オリンピックの記念硬貨は!?聖徳太子の1万円札とか!」

「無理…神気がありつつ、依り代の持ち主となるニンゲンの気が宿っているものじゃないと無理だから…。

 もういい…帰って」

「いやでもっ!」

「いいからっ!これ以上いたら別れたくなくなるだけ!だから帰って!」


 狐耳の顔を見る…と、悲痛そうに顔を歪めて、目尻に涙を溜めていた。


「っ…分かったよ…じゃあな…」


 諦めて財布を仕舞い、片手を上げて階段を降りる。途中、落ちてる硬貨を拾う気にもなれなかった。





「ん~…祭りか」


 高三、大学受験のための居残り勉強を終えて帰る途中、目の端に映った。

 トンネルが開通しても相変わらずの人気で、浴衣の人がたくさんいる。


「まぁ…人と一緒に行かないと楽しくないんだけどな…」


 呟きつつも自転車を道ばたに停めて、人波に入る。流れに身を任せてすこしぶらつく。

 気づけば奥まで流されていて、山頂までの階段が目に映った。

 崩落危険により、立ち入り禁止…という紙が貼られているが、子供たちは嬉しそうに、古びたロープをくぐる。


 ふと地面に目をやると、キラリと光る物が見えた。

 落ち葉を払って拾い上げる…ビー玉だ。

 特に何の変哲も無い…多分、ラムネに入ってるビー玉。


「昔なくしたビー玉に似てるな~。…縁がありそうだしもらっとこうか」


 ビー玉をしまおうと財布を開く、その瞬間、ビー玉が光った。

 慌てて手を離して離れるが、周りの人は気づいてないかのように動く。いや、実際に気づいてなさそうだ。

 自分だけが見えてるのか!?

 状況が飲み込めないままでいると、目の前に何かが現れて、それが喋りだす。


「久しぶり、ニンゲン。二人なら必要ないかもしれないけど…一緒に祭り、楽しも?」


 少し恥じらいながら、カップうどんのCMの狐のようなソレは、小首を傾げて、嬉しそうに笑った。

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祭りは二人で楽しむもので、二人なら祭りは必要ない。 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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