君の指にクラダリングを

新巻へもん

恋の迷い道

「うーん」


 いつにない真剣な表情で俺はパソコンに向かってしまう。もうすぐお付き合いしているミキの誕生日が近づいていた。それ自体は誠にめでたい。あんな素敵な女の子がこの世に生を受けたこと、そして20歳を迎えること自体はファンファーレと共に巨大なくす玉を割って祝福したいほどだ。


 しかも、そのミキがこともあろうに自分の告白を受けてくれてお付き合いを始めて、もうすぐ4年を迎えようとしている。もう跪いて伏し拝みたい。まあ、ミキと撮った写真はアイツの送ってくれた絵葉書と一緒に机の一番上の引き出しに大切にしまってあって、時々拝んでいる。


 それで、目下の悩みは誕生日のプレゼントをどうするかだった。高校生の間はお互いに小遣いをやりくりしている身であったし、ちょっとした小物で済んでいた。しかし、もう20歳である。法律が改正されなくても成人だ。酒も飲めるし、タバコも吸える。アルバイトのお陰で財布の中身もそれなりに暖かい。


 以前に比べれば回数は減ったとはいえ、俺とミキがずっと一緒にプレイしているカードゲーム、センゴク☆サモナーのカードというわけにはいかないだろう。例えそれが諭吉さま数人分だとしてもだ。そういや、随分と前のことだがカードをあげたらめっちゃ喜んでけど……。


 先月の俺の誕生日には長めのシックな傘をプレゼントされた。藍色でよく見ると細かな模様が透けるデザインで、20歳には少々渋めのものだった。何故に傘という疑問は梅雨の時期を迎えて氷解する。行きも帰りもミキとリアル相合傘だ。鬱陶しいこの時期がちょっとだけ好きになる。


 何をプレゼントしたらいいか全く見当がつかず、俺は人生で2番目ぐらいに真剣にプレゼント選びに取り組んでいた。ちなみに1番目は大学受験の勉強だ。成績優秀なミキの志望校に自分も進むために必死の努力をする。ミキと違う大学に行くなんて想像もできなかった。


 なんとか努力の甲斐あって、一緒の学校に通っている。学部は違うがサークルは一緒で割と充実したキャンパスライフを送っていた。高校のときと同様に相変わらず、ミキの彼氏が自分であることに周囲は訝しまれている。間に割り込もうとする野郎もいないではなかったがミキは歯牙にもかけていなかった。


「ねえ。私前に言ったよね。ヒロと付き合ってるって。私が二股かけるように見えたならお生憎さま。そんな風に見られてると思ったら100年の恋でも冷めるわ。じゃあさよなら」

 見た目は俺の数倍上のチャラい先輩を振るミキを偶然見かけたが相変わらず男前だ。


 そんな素敵な彼女の誕生日である。何か気の利いたものをプレゼントして少しは自分のことを見直して欲しいと、ネットでプレゼントのことを検索していた。そして、全く役に立たなかった。ネットという特性上、失敗話は山ほど転がっている。自作の歌のCDとか、駄菓子の詰め合わせとか。それらがNGなことぐらいは俺でも分かった。つーか、そんな奴でも取りあえず付き合ってるとかどんだけイケメンなんだろう?


 偶然買い物中のミキの母親に会ったので、思い余って、ミキの好きそうなものの探りを入れる。

「最近のあの子のお気に入り? うーん、なんだろう。ヒロくんじゃない? あ、最近ってこともないわね。はっはーん。そういうことか。頑張れ」

 万事休す。とりあえず、ミキには話さないように懇願しておく。


 誰かに相談しようにも女友達なんて洒落たものはいない。気心しれた親友の野島に相談したが同じ悩みを抱えているだけだった。

「まあ、ヒロは大丈夫じゃね。なんてったって菩薩のような彼女だもんな。きっと、なんでも喜んでくれるよ」


 そして、重要な一撃。

「つーかさ。プレゼントで見直して欲しいなんておかしいぜ。お前らしくもない。ちょっと変な方向に気持ちが行ってないか?」

 あ。俺は何をやってるんだろう?

「目が覚めたよ。サンキュな」


 あぶねえところだった。結局、俺は正攻法でいくことにした。付け焼刃の路線はうまくいくわけはない。地味でさえないかもしれないけど地の自分に逆戻り。

「なあ。ミキ。何か欲しいもの無い?」

「えー。なに。藪から棒に」

「いや、もうすぐ誕生日だろ。何かプレゼントしたいと思ったんだけど、結局何も思いつかなかった。面目ない……」


 ミキはにっこりと笑う。

「そうか。そうか。最近何か真剣に悩んでいると思ったら、そういうことだったのか。そうだねえ」

 パンケーキに入れていたナイフを止めて考えている。


「じゃあ、指輪が欲しい」

 え? ミキってそういうのに興味があったんだ。資金足りるかな。

「えーっとね。ヒロに買ってもらった指輪をつけてれば、メンドクサイのが寄って来るのが減ると思うんだよね」


「え?」

「まあ。魔除けのおまじないみたいなもん?」

 そう言ってウフフと笑うミキの可愛さは俺の防壁を完全に破壊する。

「じゃあ、今終末に一緒に見に行こう? 大丈夫、誕生石入りのリングとかは言わないから」


 そして、今日も一つ傘の下、ミキの左手の薬指には、王冠の乗ったハートを両手が支える金の指輪が光っている。最初に指を通したときのセリフが蘇った。

「ずっと、この指にこの向きでつけてられるといいね。ヒロ」

 はい。粉骨砕身いたしますです。

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