2013年【西野ナツキ】69 自然に逆らい、自力を諦めない人間。

 外へ出ても紗雪の姿はなかった。


 当然と言えば当然だが、落胆しなかったと言えば嘘だった。

 空に浮かんでいた太陽は傾きつつあって、長い一日の終わりを告げつつある。

 勇次と守田は今頃どうしているのだろうか。田宮から川島疾風の事実を知って、町から離れてくれていれば良いのだが、とぼくは思う。


 それほど素直な人間なら、現状のややこしい事態に陥っていないことも分かっている。今回、西野ナツキの話に出て来た山本の息子、大介が言った。

 自然に逆らい、自力を諦めない人間。

 努力できることが才能。


 今回の一連の事件はまさに、そういう才能を諦めなかった人間が、重なって絡まり合って衝突した結果だった。

 そして、その中には川田元幸と、今ここにいる当事者としてのぼくも居る。

 才能を諦めたくなければ自然に逆らい、動き続ける他ない。


 ぼくはまず駅に向かって走り出した。

 駅で駅員に紗雪の特徴を伝えて、乗っていないか尋ねたが、分からないと言われた。当然だ。

 駅員が客の顔を全て覚えておくなど不可能だ。ぼくは礼を言って、バス停の方へ走る。

 錆びたガードレール沿いを進んだ。

 その途中で、見知った顔が前から歩いてくるのが分かった。


「やぁ。ナツキくんじゃない? どーしたの?」


 久我朱美がそう言うと柔らかな笑みを浮かべた。

 彼女の手にはスーパーのビニール袋があり、その横に小さな女の子が同様のビニール袋を抱えて立っていた。

 親子でスーパーへ行った帰りなのだろう。


「こんにちは。朱美さん。紗雪さんを見ませんでしたか?」


「紗雪ちゃん? はぐれちゃったの?」


 そう言われて、僅かな躊躇があった。だが、素直に言う他なかった。

「いろいろあって、紗雪さんがぼくから逃げてるんです」


 朱美があからさまに眉をひそめた。

「嫌がっている女の子を追いかけるのはお姉さん関心しないなぁ」


「お姉さん?」

 と、朱美の横にいた女の子が首を傾げた。


「いや、遥、そこは疑問に思わなくて良いところだよ」

 ぼくは呼吸を整える為に、一度深呼吸をしてから「嫌われるにしても、ちゃんと面と向かって話がしたいんです」


「ナツキくん。紗雪ちゃんに嫌われるようなことをしたの?」


「分かりません。したつもりはありませんけど、無意識にしていたのなら仕方ありません」


「諦めるの?」


 思わず、口元が緩んだ。「諦めませんよ」


 これ以上、失ってたまるか。

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