2013年【西野ナツキ】68 「貴方にとっての夢ってなんですか?」

 片岡潤之助と入れ違いになるようにして山本義男が体育館に入ってきた。

 紗雪に手で挨拶をしてから、ぼくに近付いてきた。


「『ナツキ』くん。納得したかい?」


 ぼくは僅かな躊躇の後に首を横に振った。

「納得はできません。ただ、ぼくが背負うものは分かりました。後は考えます。考え続けていきます」


 納得も、理解もぼくはしていない。ただ、立場は分かった。

 ぼくにしか出来ないことがあるとも知った。

 それらに対し、どう折り合いをつけていくか、それはこの先の人生で探し出して行くしかない。


「気負ったねぇ、『ナツキ』くん。おじさんが言えることは一つだ、気持よくならない人生は選ばないこと。その為に考えなさい」


 前にも言ったけどね、と山本が笑って、手を差し出した。

 ぼくはしっかりと山本の手を握って、「分かりました」と頷いた。


 手を離すとぼくは紗雪に、山本は西野ナツキの方へと進んだ。

 紗雪はぼくが近づいてくるのが分かると、目を伏せたまま体を縮こめた。

「紗雪さん、お願いがあるんです。今から時間良いですか?」


 窺うように紗雪が顔を上げ、目が合った瞬間、彼女はぼくに背を向けて全力で体育館を出て行ってしまった。

 扉が閉まる重い音が響いた時、「おぉ、見事な逃げっぷりだねぇ」と山本が茶化すように言った。


 逃げられたからと言って、諦める訳にはいかないのは明確だった。追いかけようと一歩を踏み出した時、

「『ナツキ』くん」

 西野ナツキが静かに言った。


「はい」

 自然と足から力が抜けていくのが分かった。


「君がこの先、どういう選択をするのか分からない。ただ、建築とリフォームは経験学だ。僕が教えた技術が、この先の君の力になれば良いと願っているよ」


 まるで呪いの言葉だ、と思った。

 川田元幸に戻るにしても、キャラクター『西野ナツキ』と生きるにしても、ぼくはこの体で生きていく他ない。

 そして、その体の一部を作ったのは西野ナツキだった。


「今日ここで背負ったものを、ぼくは絶対に手放さず生きていきます。西野ナツキさん、一つだけ質問していいですか?」


「なに?」


「貴方にとっての夢ってなんですか?」


 そして、それは呪いのようなものですか?

 西野ナツキは顎を数ミリ下に向けてから、口を開いた。

「死ぬ、その瞬間まで仕事をすること、かな」


「その時、ぼくをまた雇ってくれますか?」


 ぼくの言葉に山本が吹き出すように笑い、西野ナツキは目を見開いた後、「ははっ」と声を出した。

「君は本当に良いヤツで、悪人だから困る」


 それはこちらの台詞だ。


「もちろん」と西野ナツキは言う。「土下座して、一緒に働いてくれって頼みにいくよ」


「待ってます」


 これは確かに間違いようのない呪いだ。

 ちくしょうめ。

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