2013年【西野ナツキ】70 死者に会えるくせに、神様を信じてる。

「でも、難しいよねぇ」


 朱美はわざとらしい声で続ける。

「紗雪ちゃんは人とは違う、特別なルールを持って生きているからね。その孤独を誰とも共有できないことを、彼女は宿命づけられているんだから」


「だとしても、一緒にいちゃいけない理由にはなりませんよ」


「本気で口説く気なんだ?」


「勿論です」


 ぼくの答えに、朱美の目が細められた。

「でも、いつか紗雪ちゃんのルールの壁にぶつかって理解できない時がくるよ。ナツキくんは、その時どうするの? 話せば話すほど、理解から遠のいて、二人で居れば居るだけ孤独になる。そういう瞬間、君はどうするの?」


「それは紗雪に限らないことです」


 ぼくはその時、初めて彼女の名前を呼び捨てにした。

「男と女というだけで、いや、他人というだけで百パーセントの理解は得られません。それでも、ぼくには紗雪が必要だし、紗雪にはぼくを必要としてほしい」


「もし、紗雪ちゃんに憎まれたとしても?」


「何も感じられないより、ずっと良いです」


 朱美が更に何か言おうと口を開きかけたが、声は続かなかった。

 遥と呼ばれた朱美の娘が、ぼくの服の裾を引っぱっていたから――。


「お兄さん、これ」


 言って、遥は子供用のラムネのお菓子をぼくに差し出した。

「あげる。これ、食べたら、あたしの幼馴染がなんでもできる、って言うから」


「なんでも?」


「うん。空だって飛べるって」


 無意識に笑みがこぼれた。

「それは良いね。じゃあ、好きな女の子に会うのなんて、簡単だね」


「もちろん」

 と、遥は得意げに胸を張った。

 それを見た朱美が短いため息を漏らして「遥、それはあんたのお菓子でしょうに」と呆れた後、ぼくを真っ直ぐ見た。


「うちの神社、行ってみなさい」


「朱美さんと最初に会った神社?」


「そう。紗雪ちゃんは、何かあると神頼みするから」


「神頼み?」


 朱美が遥の頭をゆっくりと撫でた。

「死者に会えるくせに、神様を信じてる。そういう変な子を、あんたは好きになったんだよ」


「光栄です。今日のお礼は後日、必ず伺います」


 一瞬の躊躇の後に付け加えた。

「それと、川島疾風についても」


 朱美が遥の反応を見るように視線を動かしてから、「何か分かったの?」と言った。


「人から聞いた、信憑性のない話ですけど」


「そう」と頷いてから、朱美は薄く笑った。

「その話をする時は、ちゃんと紗雪と一緒に来なさい」


 ぼくは頷いて神社の方へ走り出した。

 後ろから遥の、がんばれーという幼い声が聞こえた。

 その声に、ぼくは思わず微笑んでしまった。


 自力を諦めなければ誰かに頑張れと言ってもらえる。

 それだけのことで、諦めなくて良かったと思えるものなのかも知れない。

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