2013年【西野ナツキ】62 「貴方もあたしの体に痣をつけてみる?」
川田元幸くんの家のリフォームをしている間、彼と話をした覚えはなかった。
ただ、熱心に僕たちの仕事を見ていることには気が付いていた。その視線はちょっと他では感じないような必死さがあった。
どうして、彼はこれほどリフォーム作業を熱心に眺めているのだろう。
それが最初の疑問だった。
川田くんの家の仕事が終わって、一週間が経たない頃に彼は事務所に現れて「雇ってください」と言ってきた。
理由は変わりたい、変わる為のきっかけが欲しい、というものだった。
青くさくて良いじゃないか、と社員の一人が言った。
僕もそう思ってね、アルバイトとして雇うことにしたんだ。仕事ぶりは素人も良いところだったけど、しっかりと人の話を聞くし、人の指示には素直に従う。
真っ直ぐで、とても良い子だと現場でも密かな人気が川田くんにはあったよ。
そんな川田くんと出会う少し前かな、僕は一つの問題を抱えていたんだ。
一言でまとめれば女性関係だった。名前を藤田京子と言って、僕よりも一回り年上の女性だった。
藤田京子には恋人ではないけれど、想う人がいた。
僕はそれを理解した上で彼女との関係を持っていた。
実際、僕も藤田京子とは別に好きだと思う同級生の女の子がいてね。付き合っている訳じゃないけど、年に何度かは会ってお酒を飲むような関係だった。
僕は好きでもない女性と寝る趣味はなかった。
そういう関係を持つにしても、一晩だけでお互いすっきり別れるのが常だった。でも、藤田京子だけは違った。
彼女と他の女性の違いは痣だった。
藤田京子の体には至るところに痣があり、初めてベッドを共にした時、彼女は僕にその痣の一つ一つを指で辿らせた。
「昔の男が煙草の火を押し付けてつけたの」
と彼女は言った。
残酷なことをする男が世の中にはいるものだ、と最初は思っただけだった。
二回目に誘われた時、僕は断るつもりでいた。
藤田京子はその空気を感じてか「貴方が見つけられていない痣が、まだあるのよ」と言った。
言われるがままに見せられた痣は確かに、言われなければ分からないような箇所にあった。
そうした流れで僕は彼女と二回目の関係を持った。
僕はその時点で彼女のテリトリーに足を取られていたのだと思う。
三回、四回と数を重ねていく度に、僕はとても悪いものに絡め取られていると自覚していた。
理性でも、藤田京子と会うなと警報を鳴らしていた。
警報も最初は驚きと新鮮さがあるものの、それが積み重なると自然と気にならなくなってしまう。
決定的だったのは藤田京子の一つの提案だった。
「貴方もあたしの体に痣をつけてみる?」
例えば、この世界にもう一人西野ナツキがいて、そこで藤田京子と関係を持ったのだとしたら、その僕はこの提案を断っていた。
煙草の火を女性の体に押し付ける趣味は僕にはない。
でも、僕はずっと僕でいられるわけじゃなかった。
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