2013年【西野ナツキ】58 強く願おうと思う。呪われるくらいに、強く。

 山本は平然と続ける。


「まぁ、もしもの話をしても仕方がないね。私が知っているのは、私が把握できる事情だけだからね。事実、抗争になる。そういう動きが今の巖田屋会と無双組にはある」


「その結果、田宮組がなくなると?」


「単純な力関係を見るとね」


「どの組織が勝つんですか?」


「さぁね。だいたい、ナツキくんがそれを知ってどうするんだい?」


 自然と足が止まった。

 守田裕と中谷勇次の顔が浮かんで消えた。

「抗争の火種に利用された彼らはどうなるんですか?」


 山本も立ち止まって、詰まらなそうな表情を浮かべた。


「そりゃあ、タダじゃ済まないだろうね」


「どうして……」

 と言いかけて、僕は口を噤む。


 どうして、それを知っていて車を奪う彼らを止めなかったのか?

 しかし、それができる状態じゃなかった。

 それは一緒にいたぼく自身も分かっている。

 彼らを止めるのなら、もっと前。

 守田裕がやくざの会談へ行くのを止めるべきだった――。


 違う。

 ぼくはぼくの考えを否定する。


 最初からぼくは止めようとしていなかったし、中谷勇次も守田裕も止まろうとしていなかった。

 腐っても田宮由紀夫はやくざの息子なのだ。

 そんな人間を車ごと奪うなんて、普通の神経ではできない。


 どうしようもなかった。

 だから、あの二人は――


「良いよね」と山本が言った。「自分が知り合った人間全員を助けられたら。でも、それは夢だよ」


 その響きは固く、冷たいものだった。


「なら、山本さん。今、貴方は誰を助けようとしているんですか?」


「言わなかったかい? 私は西野ナツキくん、君の味方だよ」


「今は?」


「そう」


 なんだ、その考え方? 

「じゃあ、例えば守田裕を助ける立場にいたとするなら、彼を田宮由紀夫と共に見送ったりはしなかったんですか?」


「どうだろうなぁ。けど、そうだな。その場合は田宮由紀夫と同じ車に乗るなんてことはしなかっただろうな」


「その場合はぼくも見捨てていた、と?」


「まぁ、場合によってはね」


 であるなら、今ぼくはここにいなかっただろう。

 田宮由紀夫から情報を聞き出せなかったし、ぼくの本当の名も知れなかった。

 ぼくは守田裕と中谷勇次の犠牲の上で、ここにいる。


 分かっている。

 ぼくは今、ものすごく甘っちょろいことを考えている。

 自分が好ましいと思った人間全員に幸せになってほしい、と。


 守田裕と中谷勇次が無事であってほしい、と。

 全てをやりきって、その上で、幸せになってほしい。

 それは山本の言うように夢なのかも知れない。


 それでも。

「夢は呪いのようなものなんでしょうか?」


 自然とこぼれた問いに、山本が僅かに目を見開いて

「さぁね。それは呪いだと思うくらい強く夢に向かった人間にしか分からない」

 と言った。


 強く願おうと思う。呪われるくらいに、強く。

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