2013年【西野ナツキ】57 ここからは抗争になるからね。

「いやぁ、最近の子供は元気があって良いね」


 山本はわざとらしい動作で、体を伸ばした。

 道路のど真ん中に立っている訳にはいかず、ぼくは歩道の方へと進む。

 山本も同じ歩幅で、ぼくに近付いてくる。


「いいんですか?」


 ポケットの中でオンにしていたボイスレコーダーをオフにして、ぼくは言った。


「なにが?」


「田宮くんを残したまま車、持って行かれましたよ? 彼のお父さんかチャンさんに、酷い目に遭わされるんじゃないですか?」


「あぁ、それね」山本は何でもないことのように頷く。「大丈夫、田宮組は近いうちに無くなるから」


「どういうことですか?」


「ここからは抗争になるからね。私のような人間の相手をしてられなくなるってことだよ」


 簡単には聞き流せない単語だった。


「待ってください。抗争? どうして、ですか?」


「川島疾風が田宮由紀夫を撃ったから?」

 と言って、山本は何故か笑った。


「分かりません。どういうことですか?」


「説明をするのは良いんだが、私もこれから用事があるんだ。だから、そっちへ向かいながら話そう。良いね? ナツキくん」


 名前を呼ばれた。

 ただそれだけのことで体内の温度が下がるのが分かった。


「山本さん、ぼくが西野ナツキじゃないと、知っていたんですか?」


「知ってたよ」

 あっさりと山本は認めた。


 叫びだしそうな激しい何かが、ぼくの中を通り過ぎた。

 震える体を押さえつけて固い声で言った。


「どうし、て、教えてくれなかったんですか?」


「ん? 君が西野ナツキと名乗っている方が都合良かったんじゃないかな?」


 言って山本が歩きだすので、ぼくもそれに続く。


「誰が?」


「これから、行く先で分かるよ」


 独り言のように言って携帯を取り出し、短い操作をしポケットにしまった。


「さて、どこから説明するかな。ナツキくんは知らないことが多いからね。……まぁ良いか。まず、川島疾風が運び屋をやっていた岩城組と田宮由紀夫の父の田宮組は上の組織が対立し合っているんだよ」


「上の組織?」


「言ってしまえば、元締めが違うんだよ。岩城組の上は巖田屋会。田宮組の上が無双組。まぁ、そうだな。巖田屋会が長年地元密着の商店街で、無双組は全国幅広く商売をやっているスーパーマーケットって感じだな。で、その抗争が四年前かな? にもあってね、その結果、岩田屋町にやくざは事務所を構えないっていう条約ができた訳だ」


 ややこしいな、と眉を寄せる。

 巖田屋会が商店街で川島疾風が属していた。

 無双組に属する田宮組は全国チェーンのスーパーマーケットで、その田宮組の息子が田宮由紀夫。

 とりあえず、それだけは分かった。


「しかし、その不可侵領域とされる山で、川島疾風は田宮由紀夫を撃ってしまった。疾風は愛する人を守るつもりだったのだろうけど、周囲の大人はそんなことはお構いなしだった。それについて話し合う会談が行われた本日、中谷勇次と守田裕の介入によって滅茶苦茶になった」


 目の奥が痛んだ。それは――。


 山本は尚も続ける。

「そして、彼らは火種の元である、田宮由紀夫を拉致って現在はドライブ中。田宮くんが無事に戻ってこようと、戻らなくとも中谷勇次と守田裕が川島疾風の為に動いたと分かれば、田宮組は黙っていられないだろう。それを巖田屋会が狙っていたかは知るよしもないが、まぁ抗争だろうね」


「中谷勇次と守田裕のせいで、抗争になると?」


「そうとも言えるかも知れないな」


 抗争?

 彼らのせいで、多くの人間が死ぬかも知れない?


 ぼくは走り去ってしまった車を追うように、道路の方に視線を向けた。

 どうにかして追い付けないだろうか。

 おそらく彼らは川島疾風の居場所を田宮から聞き出すつもりのはずだ。

 それが終わった後、ちゃんと田宮をもと居た場所へ帰せば、というぼくの思考を止めたのは山本だった。


「きっかけなんて何でも良かったんだよ。偶然、川島疾風が事件を起こし、そこに中谷勇次と守田裕が絡んできた。それを利用して抗争にしようとしている連中がいる、これはそういう話だよ」


「けれど、周囲の人間の努力次第で抗争にならない道もあった」

 と、ぼくは思いたかった。

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