2013年【西野ナツキ】56 彼が成した罪は、ぼくの罪だ。

「なぁ田宮くん。本当に川島疾風は死んだの?」


 山本の言葉が浮かぶ。

 人間的自分と社会的自分。ぼくが背負うべきは社会的な川田元幸だ。

 彼が成した罪は、ぼくの罪だ。

 それをちゃんと知るところから始める他ない。


「あぁ? 突然、黙ったと思ったら、なんだよ? さっきも言っただろ?」


「本当に?」


 紗雪の力で見た時、川島疾風は生きていると判断された。

 田宮と紗雪のどちらを信じるか?

 と問われれば、この期に及んでも、ぼくは紗雪だった。


「当然だろ? アイツの両手を俺は切断した。両足は面倒になって他の奴にやらせたけどな。人間の肉っつーのは、どーしてあーも丈夫なんだろーな」


 両手足を切断すれば、当然だが人は死ぬ。

 田宮の話が本当であるなら、確かに川島疾風は死んでいることになる。

 そして、その理由の一端は川田元幸、ぼくにある。


「あぁ? まーた、黙りやがって。おい、どーしたよ?」


「いや、何でもないよ。ただ朱美さんに顔向けできないな、と思っただけで」

「朱美?」


「田宮くんには関係ない人だよ。それより、一つ聞きたいんだけどさ」

 と言いつつ、ぼくはポケットに忍ばせていた紗雪から借りたボイスレコーダーをオンにした。

「ちょっと前に脅した旅館のこと覚えてる? キンモク荘って名前のところ」


「キン、モク、荘? ん、あぁ、女将を裸に剥いて土下座させたヤツだな。お前が参加してねぇ頃のヤツじゃねーか。どうしたよ? 一緒にやりたかったのかよ?」


「いや、そーいうわけじゃないんだけどさ。その映像をカメラに収めていたじゃん? それって田宮くん、まだ持ってる?」


「持ってねぇよ。そのカメラで中谷優子をハメ撮りしようとしたから、川島疾風に車ごと突き落とされてぶっ壊れちまった。勿体ねぇ、マジで勿体ねぇよ」


 田宮は何の疑いもなく、べらべらとぼくの質問に答えてくれる。

 それも川田元幸のおかげだと思うと吐き気もするが、本題の確認に集中する。


「バックアップは取ってないの?」


「取ってねぇよ。だから、勿体ねぇよなって話だよ」


「それは確かに。じゃあ、これから中谷勇次をぶちのめしたら、最新のカメラを買っておくよ」


「マジか? おい、言ったかんな?」


 まるで中学生のような反応だ。これで二十歳は超えている風貌だと言うのだから、救えない。


「もちろん」


 とぼくがにっこりと笑った時、赤信号で車が止まった。

 ふと顔をあげると、山本がミラー越しに目を合わせてきた。そこには明確な合図があった。


 なんだ?

 と思って、外を見ると、金属バットを持った男が車のフロントガラスをぶん殴った。

 そして、同時に運転席の窓が映画のワンシーンみたいに割られる。


 つまり、それは金属バットよりも破壊力のある何か、だ。


 割られた窓から手が伸びて、鍵を開け、運転手の山本が外へと引きずり出される。

 代わりに乗り込んできたのは金属バットを持った少年、守田裕だった。

 バットの先端を後部座席のぼくらに向けて、「騒ぐな」と短く言った。


 更に、運転席側の後部座席の窓が割られる。

 割ったのは中谷勇次だ。

 恐ろしいことに彼は拳一つで車の窓を割っていた。

 平然とした動きで空いた窓から鍵を解除し、ドアを開ける。田宮が情けない声をあげた。


「一人、邪魔が居んな」


 車内を見た勇次が言い、守田が頷く。


「そーだな。そこのお兄さん、自分の手で鍵を開けて、外に出てもらって良いですか?」


 ぼくを誰か理解した上での言葉。

 だが、おそらく彼らはぼくが抵抗すれば、容赦なく暴力に訴えるだろう。


「悪りぃな」

 勇次が言った。「シップーの兄貴の居場所を知ってる、このサルにしか今は用がねぇんだ」


 何か言おうと思っていた。

 けれど、勇次の目を見たら、言葉はなくなった。

 彼らには彼らの信念と覚悟がある。


 ぼくの言葉でそれを汚す訳にはいかなかった。

 川島疾風が彼らにとって、どれほど大きな存在だったのか、それは中谷勇次と守田裕にしか分からないことだ。

 ぼくは鍵を施錠して、ドアを開け外に出た。

 最後に窓ガラス越しに田宮由紀夫と視線が交わった。


 カメラ頼むぜ、

 と声なく言ったような気がした。


 車が発進する。

 どうやら田宮にも何かしら勝算のようなものがあるようだった。

 車のガラスを平気で割るだけの力を持つ中谷勇次に田宮がどのように挑むのか、ぼくは分からない。

 が、万が一にも田宮が普通の生活に戻るのなら、その時はぼくが彼に地獄を見せよう、と去っていく車を見送りながら決めた。

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