2013年【西野ナツキ】54 「川田元幸……」

「その為に、お前。手伝え、俺を馬鹿にした奴らは、全員まとめてぶっ殺す。全員だ、あの中華料理屋に居た眼鏡の餓鬼も含めて!」


 興奮して叫ぶ田宮を横に、ぼくは本当に嫌な気持ちになっていた。怒りや動揺で声が震えないように気をつけて口を開いた。


「じゃあ、川島疾風は今やくざに捕まっているってこと?」


「あ? んな訳ねぇだろ?」


 田宮が平然とした表情で言う。

「良いか? お前。滅茶苦茶、嫌いな奴っているだろ?」


 そう言われて浮かんだのは川田元幸だった。

 もちろん、田宮由紀夫も嫌いだ。

 けれど、紗雪のことを想うぼくにとって、この先どうしようもなく嫌ってしまうのは川田元幸だった。


「そーいう嫌いな奴を、お前どーするよ? 殺すだろ?」

 と、田宮は続けた。


「殺すほど物騒なことはしないよ」


「嘘つけ。警察に捕まるリスクがなく、誰にも咎められないなら殺すだろ? だって、相手は滅茶苦茶嫌いな奴なんだぜ?」


 田宮の物言いについて考える。

 嫌いだから死んで欲しい、というのは文言として通じるのだろうか?


 ぼくの曖昧な表情に気づいたのか、田宮が舌打ちをし

「分かった、分かった。おい、お前。嫌いな奴の名前、挙げてみろ。俺が殺してやるから」

 と言った。


「川田元幸……」


 零れるように彼の名前が出た。

 もし、田宮が本当に川田元幸を殺そうとするのだとすれば、それはつまり彼を見つけ出す、ということだ。

 ぼくが記憶を取り戻さなくとも、彼の居場所が分かるのだ、

 それは――



「あ? お前、なに自分の名前を言ってやがんだぁ?」



 は?


「なんだぁ、お前。自分が滅茶苦茶嫌いだから、殺してくれってかぁ? 詰まんねぇ上に滑ってんぞ」


 なに言ってんの? 

 なに言ってんの?

 なに言ってんの?


「っ……。なっ、……。ぁ、」


 声を出そうとしたが、上手くいかなかった。

 田宮由紀夫はなんと言った? 川田元幸が、ぼくの名前?


 はぁ?

 いや、でも、だけど――。


「た、田宮くん?」


「あ? どーしたよ?」


「ぼくの名前は?」


「は? 川田元幸だろ? お前、マジでなに言ってんだよ?」


「西野ナツキじゃなくて?」


 田宮が不可解そうに眉を寄せる。

「なんでお前が、あの人殺し野郎の名前を名乗んだよ?」


「はっ?」

 西野ナツキが人殺し?

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