2013年【西野ナツキ】49 行き当たりばったりの計画。

 気づけば、奥のテーブルで話をしていた守田の姿がなくなっていた。

 出入りがあれば気づくし、トイレならテーブルにいた男もいないのは不自然だった。


 となると、考えれるのは二階のやくざの会談に参加したのだろう、というのがぼくと山本の結論だった。

 そして、現状ぼくにできることは何もない以上、席を立つ訳にもいかなかった。


「ナツキくん。私は君の味方だから、このまま会談へ行くと言うなら一緒するよ」


 山本の表情から本気で言っていることは分かった。

 けれど、いえ、とぼくは言った。


「行き当たりばったりの計画ですけど、一つ計画したことがあるんです。それが起こるのを待ちます」


「ん? 朝、有くんに頼んでいたことと、関係があるのかい?」


「はい」

 ぼくが有に頼んだのは、中谷勇次への連絡だった。

 今日、やくざの会談があり、そこに田宮由紀夫が現れる、という連絡。


 この場に中谷勇次が来れば、事態は必ず混乱する。

 後は野となれ山となれだった。

 勇次が田宮との接触に成功すれば、それに便乗するし、失敗すれば田宮の友人、西野ナツキとして田宮由紀夫と接触する。


「つまり、ナツキくんは君の知り合いを見捨てるってことだね」


 ギャル風の女性に銃を突き付けられた守田の姿が浮かんだ。

 彼は目を逸らすことなく、女性を見つめ続けていた。


「はい」

 ぼくはしっかりと頷いた。


 少なくとも守田は望んでこの場に現れ、どういう流れかは分からないが自分の意思で二階へと進んだのだ。

 守田裕の覚悟にぼくが水を差すことはできない。


「なるほどね」


 と山本は曖昧に頷いた。

 そして、関心するように言った。


「そーいう顔をするようになったんだなぁ」


 何のことか分からなかったが、彼の視線を追ってすぐに理解した。

 そこには中谷勇次が立っていた。


 彼はまっすぐ前だけを見ていて、何の迷いもなく二階へと続く階段に近づいて行く。

 それに気付いた食事をしていた客が止めに入った。

 やくざの組の人間なのだろう。

 最初こそ丁寧語だったが、まったく止まる気配のない勇次に腹を立てて言葉が乱暴になる。

 そんなものが、勇次の前で意味を成すはずもなかった。


 一人のやくざが勇次の前に立ちはだかり、彼を殴ろうした。

 が、それは失敗に終わる。

 どころか、勇次は殴ろうとした人間を転がし、彼の後ろにいたやくざの進行の妨げにしてしまった。

 勇次は殆ど歩調を緩めることなく、二階へと上がっていった。


 ぼくの視界では確認できないが、二階の個室の前にもやくざがいたのかドスの効いた声や衝突音が響いた。

 それも五秒と経たずに収まった。

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