2013年【西野ナツキ】47 言葉の上以上の現実や事実が必要なのか?

 料理が尽きたものの、やくざの会談が終わらない限りは席を立つ訳にもいかず、二回目の注文を山本がしてくれた。

 順番はおかしいが野菜などの常温でも味の落ちないものを山本は選んだ。


 守田は奥の席で男と銃を突き付けてきた美人と同席した二人の男に向かって、何かしらの説明をしているようだった。

 山本が注文した料理はすぐテーブルに運ばれてきた。

 ぼくはサラダを新しい取り皿に乗せた。中華料理は味がしっかりしているものが多かった為か、ここにきて食べるサラダは瑞々しく普段よりも美味しく感じられた。


「さて、」仕切り直すように山本が呟いた。「ナツキくん。君は記憶を取り戻したら、どうするつもりなんだい?」


 どうする?

 質問の意図が分からなかった。

 彼は気にした様子もなく続ける。


「記憶がないと困るのは分かるんだけどね。でも、なくても生きようと思えばできるだろ? どうして、そういう方向には考えなかったんだい?」


 言われてみれば、そうだ。

 困るから取り戻したい。それがスタートだった。

 しかし、紗雪のおかげで治療代に困ることはなくなった。

 彼女の兄、川田元幸の行方をぼくが知っているから、彼を捜さなければならない。


 だが、さっさと病院生活に見切りをつけて、役所か警察を頼って生活を安定させても良かった。

 もし、過去のぼくが犯罪に手を染めていたのだとしても、罪を償うのが筋だ。


 ぼくは、その方向になぜ考えを巡らせなかった?

 記憶を失って、ぼくは正常な思考回路を失っていたのか?


「確かに記憶を失うというのは怖いことだよね」

 と山本は言った。

「けれどね。その記憶を取り戻した方が、今よりも息苦しい現実に直面するかも知れない。なら、ない方が良いと思わないかい?」


「言葉の上でなら、何とでも言えますよ」


 圧倒的な事実がぼくは欲しい。

 でも、なら、ぼくは警察の御厄介になるべきなのではないか、そう思わずにいられなかった。


 現状は事情聴取を一度受けた程度だが、警察の厄介になれば現状よりも分かることはあるだろう。

 もし、何も分からなければ警察でも無理だった、という大義名分を手に入れられる。


「言葉の上以上の現実や事実なんて、本当に必要だと思うのかい?」

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