2013年【西野ナツキ】46 願わくば幸福な終わりを。
守田の目当ての人物はギャル風の美人だった。
彼女が手で合図すると、守田はそちらの卓へと近づいていった。
「ん? なに、ナツキくん。彼、君の友達なの?」
「友達というか、知り合いです。よく行く喫茶店の店員さん」
「ふーん」
ぼくはそこで箸を手にして、料理を取り皿によそった。
守田裕がここで現れるのは予想外だった。単なる偶然か、それとも何かしらの関係があるのか。
そんなことを考えながら、熱々のシューマイを口に入れる。
肉汁を口で満たし、熱さから噛むのに何度か躊躇していると、山本が「おっ」と声をあげた。
彼の視線の先は守田裕とギャル風の美人に固定されていた。
熱で涙目になった視線をずらすと、守田がギャル風の美人に銃を突きつけられていた。
男女のいざこざにしても行き過ぎた場面だった。
「へぇ、すごいな。ナツキくんの知り合い」
山本が感心したように言った。
「何がですか、っていうか、どーして誰も止めようとしないんですか? 犯罪じゃないですか!」
まるで映画のワンシーンに紛れ込んだような錯覚を味わうぼくとは裏腹に山本は殊更に落ち着いた声で応える。
「まーまー、ナツキくん。あれは偽物だよ」
「え?」
山本は取り皿の残った料理を口に入れて、咀嚼してから
「いや正直、この距離だと本物か偽物かの区別はつかないんだけど。どちらにしても、あのギャルのお姉さんは撃つ気がないよ。単純にからかっているんだろう」
「からかってる?」
「お遊びみたいなもんだね。だって、周囲の誰一人として動揺していない。ナツキくんと銃口を向けられた子くらいか。単純に全員やくざだってことかも知れないけれど」
何でもないことのように言う山本に、ぼくは得体の知れない不安を感じた。
「全員、やくざなんですか?」
「そりゃあ、そーでしょう。だいたい、やくざの会談をおこなう中華料理屋だよ? 店員まで含めて全員真っ黒だって」
言われてみれば、その通りだと頷く他なかった。
ということは守田に銃を向けている美人もまた、やくざなのだろう。
山本は変わらぬトーンで楽しげに続ける。
「そんな中で、ナツキくんの知り合いはたいしたもんだよ。ちゃんとギャルの目を見て話をしてる。肝座ってるよ」
数えるほどしか話をしていない守田が、それほどの覚悟を持ってやくざと対面している。
彼が何を抱えて銃口を前にしているのか、ぼくは知り得ない。
しかし、守田の意地はしっかりと貫かれようとしている。
銃を持った美人は守田に笑いかけたかと思うと、銃口を口元に近付けて、咥えていた煙草に火を点けた。
どうやら銃の形をしたライターだったようだ。
あえて勝敗をつけるなら、守田は勝負に勝ったように思った。自身の覚悟と意地を持って意思を貫いた。
ぼくにも、そのようなことができるのだろうか?
その問いは、当事者になってみなければ分からないが、自信があるかと言われれば疑わしいものだった。
銃の脅威から解放された守田は力が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。
呆れ顔で煙草を咥えた女性が手を差し出し、守田に肩を貸す形で奥の一人で食事をしている男の卓へと連れて行くのが分かった。
事の中心は、田宮由紀夫と川島疾風が起こした事故だ。
その周りであらゆる人間が動いている。
片岡潤之助、久我朱美、守田裕、中谷勇次……。そして、岩田屋町周辺のやくざ。
他にもぼくが知らないだけで多くの人間、思惑が渦巻いているはずだ。
その中に記憶を失った西野ナツキこと、ぼくも含まれている。
見えるのは当たり前だけれど、ぼくの視界が捉える範囲だ。
そして、肩入れができるのも、ぼくが知っている人たちだけだ。
それでも、この一連の事件に関わる各自が収まるべき所に収まり、願わくば幸福な終わりを迎えてくれればと思った。
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