2013年【西野ナツキ】44 やくざの会談。

 やくざの会談がおこなわれる中華料理屋の営業時間は、十一時からだった。

 それは土日も関係がなかった。


 山本と話し合った結果、念の為にぼくらは朝の八時から中華料理店を見張った。

 常にじっとしているのは怪しい為、何度か近所をぶらぶら歩いたり、コンビニに入ったりしつつ何か動きがあるのを待った。


 ただ待つだけでは時間が勿体ないと思い、ぼくは中華料理の周辺を回ってみた。

 店の裏口には日陰になった川があった。

 深さはそれなりあるようだけれど、上流の方から洗剤の類を流しているのだろう。虹色の油が水面に浮かんでいる箇所が確認できた。

 お世辞にも綺麗とは言えない川だった。

 広い駐車場の端っこにある自動販売機でペットボトルのお茶を買っていると、山本が近づいてきた。


「やくざの会談だって言うなら、複数の人間が集まるだろうから移動は車だろう。なら、店の前の駐車場がいっぱいになった頃が、会談時だろうね」


 ぼくもその考えに異論はなかった。

 十一時を過ぎても駐車場に車が停まることはなかったので、店内に入るのはやめて、やはり周辺をぶらぶら歩いた。

 十二時を少し過ぎた辺りから、車が一台、二台と停まりはじめた。


「行きますか」

 と山本が言い、ぼくは頷いた。


 店内に入ると、店員が現れテーブル席に通してもらえた。

 片岡潤之助と会った時に二階への階段は確認していた。

 幸い山本と共に座ったテーブル席は出入口と階段が確認できた。


 山本はメニューを見ると

「なにか食べたいものはあるかい?」

 と言い、ぼくは任せると返した。

 じゃあ、と山本はシュウマイや水餃子といった分けやすい料理をを注文していった。


「やっぱり、中華といったら、こう皿が幾つも並んでないと雰囲気がでないよね」


「好きなんですか? 中華」


「家族で来ると楽なんだよ。みんなで分けられるから」


 周囲をそれとなく把握していたぼくは山本の方を見た。

「山本さん。もしかして、奥さんだけじゃなく、お子さんもいらっしゃるんですか?」


「いるよ、二人。男の子と女の子」


「そうですか」


 と言いつつ、山本が自分の父親だったらと考えたが、記憶がないぼくからすると具体的な想像は浮かばなかった。

 ただ、なんとなく一般的な良い父親からは離れたイメージが浮かんできた。


「ちなみにだが、ナツキくん」


「はい」


「これからの計画はあるのかい?」


「おぼろげに、ですが」


「聞いても良いかな」


 山本の表情は至って普段通りで緊張の類は見受けられなかった。

 もしかすると、山本はこういう場に慣れているのかも知れない。


「田宮由紀夫はぼくの顔を知っています。なので、帰り道に声をかけます」


「ん? 顔は知っているのかい?」


「昨日、かの子ちゃんに会いに行って、田宮由紀夫の写真をもらってきました」


「なるほど。一応、準備はしているようだね。けど、それだけで上手くいくのかい?」


「もう一つ準備はあるんですが。正直、出たとこ勝負です」


 言いつつ、ぼくは店内の客の数を数える。

 テーブルに二つ。

 全て男性で三人で座っているのと、二人で座っている。

 彼らが一般客なのか、やくざなのかは判断がつかなかった。


 店内の扉が開く音がした。団体客だった。

 明らかに一般人と離れた雰囲気の彼らは、店員に案内されることもなく二階へとぞろぞろ上がっていく。

 スーツの厳つい男のたちの中に一人だけ、白衣の男が混ざっていた。

 医者?

 と疑問に思ったが、やくざの会談に医者が参加する理由もよく分からなかった。

 団体の最後尾に松葉杖をつく、ボウズ頭の男がいた。かの子からもらった写真とも一致する。

 彼が田宮由紀夫だ。


 片岡潤之助が比喩で使ったように、彼はサルにとてもよく似ていた。


「本命の到着だね。さて、本当に上手く行けば良いねぇ」

 山本はどこか楽しげに口もとを緩めた。

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