2013年【西野ナツキ】41 過去の時間を剥奪されたぼくは物語的にはどうなるのだろう。
片岡潤之助が立ち去った後、ぼくは彼が指差した天井を眺めていた。
二階の個室で明日、やくざの会談がおこなわれる。
それにどう関係すればいいのか、さっぱり分からなかった。
視線を戻し紗雪の方を見たが、彼女はじっと何かに耐えるようにテーブルを見つめていた。
テーブルの上に残った料理はその熱を失い固くなっていくのが分かっていたけれど、それを食べようという気にはなれなかった。
長い五分が過ぎて紗雪が口を開いた。
「ナツキさん。気づきましたか? 父は腕時計をしていないんです」
「そうでした?」
思い返してみようとしたが、上手く浮かんでこなかった。
「そうなんです」
と紗雪が頷いた。
「もっと言えば父は携帯さえ持ち歩きません。常に秘書の方が付き添い、他人からの連絡はその秘書を通じておこなわれます」
「徹底してますね」
「本当に」
と言う、紗雪はぼくの方を見ようとしなかった。
「今から話すのは鶴子さんから聞いた話なんですが、良いですか?」
「もちろん」
誰から聞いたものでも紗雪が話すのであれば、ぼくはなんでも聞きたかった。
「ヤクザ映画に出てくるやくざも腕時計をしていないそうなんです」
片岡潤之助が腕時計をせず携帯を持ち歩かない理由と、ヤクザ映画の繋がりは分からないものの、ぼくは頷いた。
「理由はとても物語的ですけど、ヤクザ映画のやくざは社会の秩序の外にいる、という記号なんだそうです。そう考えると、腕時計はまるで社会が課す手錠みたいですね」
紗雪の物言いには何かしらの飛躍があったように感じたが、ぼくは口を挟まず彼女の言葉を待った。
「当たり前ですけど、私たちの生活は時間によって管理されています。仕事をするにしても、学校に行くにしても。つまり、時間に定められた事柄は社会的な行動なんです。そして、ヤクザ映画のやくざは、そのルールから外れている。というしるしとして彼らは腕時計をしていないんだそうです」
なるほど、とぼくは納得した。
紗雪の言う通り実に物語的なしるしだ。
けれど、そうなると記憶を失った、過去の時間を剥奪されたぼくは物語的にはどうなるのだろう。
と思ったが、考えがまとまる前に紗雪が続けた。
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