2013年【西野ナツキ】35 「まぁ結果は残念って感じだな」

「監督、さすがだぜ」


 言って、勇次はぼくを睨んだ。

「で、パシリ野郎。姉貴とシップーの兄貴をどこへやったんだよ?」


「勇次くん、駄目だよ」


 有が諌めた。

 勇次はその場を動こうとはしなかったが、ほんの僅かに腰を屈めたのが分かった。

 いつでも、ぼくへの暴力を可能にする為の態勢だった。


「ありがと、有くん」

 言ってから、ぼくは勇次に対し頭を下げた。

「すみません、勇次くん。ぼくは君の力になれません。それを今から説明します」


 顔を上げてからぼくは自分が記憶喪失であること、病院前に捨てられていたこと、ぼく自身もやくざの息子、田宮由紀夫を探していることを話した。

 勇次はぼくの話を聞いた後、有の方に視線をやった。


「本当だよ」と有が言った。


「人が悪いぜ、監督」


 ぼやくように言って、勇次から力が抜けていくのが分かった。


「ごめん。でも、話を聞いて、ナツキさんが記憶を取り戻すって可能性がゼロじゃない以上、最初から全部話すのは違うかなって思って」


「なるほどな。まぁ結果は残念って感じだな」


「そうだね。でも、」

 と言う、有の言葉を継ぐようにぼくが続ける。

「ぼくも勇次くんと同じ立場にいるから、協力はできると思うよ」


「あぁ、なるほどな」

 勇次が頷き、ぼくが使っているベッドに腰を下ろして息をついた。

「田宮由紀夫の居場所は分かってんのか?」


「分からない。でも、分かったら勇次くんにも教えるよ」


「頼むわ」


 やや投げやりな物言いになった勇次に、ぼくは気になったことを尋ねた。

「勇次くんのお姉さんの彼氏の名前はなんて言うの?」


「シップーの兄貴のことか? 川島疾風だな」


 川島疾風? 朱美が探していた?

 ぼくが眉をひそめたのが分かったのか、勇次が「どーした?」と言う。


「いや、勇次くんのように、川島疾風を探している人がいたから」


「さすが、シップーの兄貴。人気だな」


「出所の説明は難しいけど、川島疾風は今も生きているってことは保証できるよ」


「なんだよ、それ」

 と勇次が呆れた後に、にっと笑った。「当たり前だろ、シップーの兄貴が死ぬわけねぇって」


 無慈悲なまでの信頼だ、と思った。

 勇次はベッドから立ち上がって、ぼくの前まで来て「最後に」と言った。


「一発殴ったら記憶が戻るかも知れねぇから、殴っていいか?」


 いいわけねぇだろ。

 と思いつつ、ぼくもパイプ椅子から立ち上った。

「勇次くんの話を考慮すると、優子さんと疾風さんの行方不明に、記憶を失う前のぼくが関わっていた可能性はあるから。殴られることに文句はないです」


 勇次が短い舌打ちをした。

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