2013年【西野ナツキ】34 中谷勇次は姉、優子とその彼氏を探している。

 父に連絡を入れてみますね、と去り際に言い、バスに乗り込んだ紗雪を見送った後、ぼくは病院へと足を進めた。

 十八時を少し過ぎていた。夕食の時間を考えると、少し急いだ方が良かった。

 それでも病院にたどり着き、病室の前に到着したのは十九時になる五分ほど前だった。

 扉を開けると、見知らぬ男と目があった。


「よぉ、待ってたぜ」


 男はそう言って、口元を釣り上げた。

 そして、ぼくに向かって一歩を踏み出した瞬間、


「待って、勇次くん」


 と有が短く制した。


 勇次と呼ばれた男は立ち止まったものの、ぼくから視線を外さなかった。

 有はやや大人びた声でぼくを呼んだ。


「ナツキさん、すみません。こちらは中谷勇次くん、僕の友達です。ナツキさんに用がある、らしいんです。話を聞いてもらってもいいですか?」


 有の提案を断れば勇次は間違いなくぼくとの距離を詰めて、実力行使に出るのだろう。

 そういうことに慣れた雰囲気を強く感じとった。


「もちろん。有くんの頼みとあれば」


 ぼくは病室に入って、手前の使われていないベッドの横にあるパイプ椅子を一つ取って、部屋の中央に椅子を開いて座った。

 夕食はぼくのベッドの横にある棚の上にきちんと並んでいたが、それに口にすることを勇次は許さないだろう。


「随分、余裕じゃねーか。パシリ野郎」


 勇次が言った。

 ぼくは笑みを浮かべた。


「あたふたと焦った方が良い時には、そうするんですけど」


「今はそーじゃねぇと?」


「少なくとも勇次くんは話をしに来たんでしょ? なら、冷静でないと話は聞けませんから」


「監督がいなけりゃあ、オレは五秒でお前を地べたと仲良くさせてるぜ」


「監督?」

 と思ったが、有がむずかゆい表情を浮かべていて分かった。

「あぁ、有くんのことですね。それは、彼に感謝しないといけませんね」


 どうして有が監督と呼ばれているのか、それは後で本人から聞くことにする。

 有は一つ咳をして勇次よりも前に出て、ぼくをまっすぐ見た。

 そこには年齢を超えた、冷静で大切な話をする為の姿勢が感じられて、ぼくは自然と息を深く吐いて気持ちを落ち着けた。


「ナツキさん。勇次くんの代わりに、僕が最初に喋っても良いですか?」


「もちろん」


 じゃあ、と言ってはじめた有の話は以下のようなことだった。


 中谷勇次は姉、優子とその彼氏を探している。勇次と優子の両親は既に他界していて、二人暮らしだった。

 その為、何の説明もなく優子が家を空けることはない。更に、優子の彼氏とも連絡がつかないのは緊急事態だと勇次は理解した。


 勇次は二人が事故か事件に巻き込まれたのだと考えた。二人の行方が分からなくなる当日に、優子の彼氏がやくざの息子と名乗る男と揉めていた。

 やくざの息子とその取り巻きを暴力で制圧したのは勇次だった。


 やくざの息子、田宮由紀夫とその取り巻きを探している中で、田宮かの子に勇次は行きついた。

 そして、彼女から病院に田宮由紀夫のパシリが入院していると聞き、知り合いである有を頼った。

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