2013年【西野ナツキ】33 その時にならなくちゃ分からない。

 紗雪から缶コーヒーを受け取り、しばらく並んでそれを飲んだ。

 気づけば日が傾き空が赤く色を変えていた。


「紗雪さんはお兄さんと別れて何年が経っているんですか?」


「二年前ですね」

 ぼくの問いに紗雪は間を取ることなく答えてくれた。


「ということは紗雪さん。十七歳ですか?」


「はい。そうです」


「高校生じゃないですか? 学校は?」


「行っていないんです」

 言って、紗雪は苦笑いを浮かべた。

「父の仕事を手伝っている以上はお金の心配はありませんし、私の力は条件が揃えば時と場所を選ばず起きます。だから、人が集まる学校という空間は危ないんです」


「高校に行きたいとは思わないんですか?」


「思わないですね。勉強は一人で出来ますし、友達を作るにしても学校じゃないといけない理由はありません」


 その通りだ、と思った。


 紗雪は缶に口をつけてから続けた。

「朱美ちゃんも仕事関係で知り合ったんです。美容院で働いていて、何度か髪も切ってもらったことがあります」


「なるほど。仲、良さそうでしたね」


「仲良くさせてもらってます。頻繁に会える訳ではないので、メル友って感じですけどね」


 紗雪はメールでも敬語なのだろうか?

 と、ぼくは疑問に思ったが口にはしなかった。

 半分ほど減った缶コーヒーを口につけて、ぼくは次の話題へ移った。


「紗雪さんは川田元幸に会って、どうするつもりなんですか?」


 返答があるまで長い間があった。

 その声は先ほどとは違って、か細く弱々しかった。

「分かりません」


 ぼくは何も言わなかった。

 紗雪は、また少し間を取ってから続けた。


「その時にならなくちゃ本当に分からないんです。世の中には、そういうことってあるじゃないですか?」


「そうですね」

 と、ぼくは頷いた。


 記憶を失っているぼくに経験則というものはない。

 しかし、記憶がないが故に紗雪の言う、その時にならなくては分からない感覚を理解することはできた。


「紗雪さん」


「はい」


「あなたのお父さんに会わせてもらえませんか?」


「会って、どうするんですか?」

 紗雪の声が固くなるのが分かった。


「事情を尋ねます」


「兄の話で分かる通り、父は歪んだ人間です。素直に物を尋ねて、応えてくれる人ではありません」


「それでも。答えを知っているのは、紗雪のお父さんです。会わなくちゃ始まりません」


 ぼくの言葉に対し、紗雪は眉を寄せて不満げな表情を作ったが、言葉はなく頷いた。

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