2013年【西野ナツキ】32 それでも疑問は残る。

 紗雪の話が終わったのが分かって、ぼくは何を言えば良いのか想像もできなかった。

 一度、口を開いたが、うめき声さえ出てこなかった。そんなぼくを見て紗雪は柔らかい笑みを浮かべて言った。


「ごめんなさい。突然、こんなに長い話を。私、そこの自販機で何か飲み物を買ってきますね」


 言うと紗雪は立ち上がって、近くの自販機へと歩き出した。

 ぼくはしばらく紗雪の後ろ姿を見てから、上を向いた。

 雲が太陽を隠した空だった。

 ぼくは目を瞑って考えがまとまるのを待った。


 死者が見える、会える、紗雪、父、キンモク荘、鶴子さん、由香里さん、川田元幸、いい人、西野ナツキ……。


 紗雪の話を聞く限り、彼らの父は川田元幸のことをどうでもいい奴としながら、動向をちゃんと調べていたし、ぼくという手掛かりも示している。

 問題だったのは、ぼくが記憶喪失だったこと……。


 本当に?

 彼女の話が仮に本当だったとするなら、殆ど全てのことが紗雪の父の掌の上の出来事にならないだろうか?


 だいたい、どうすれば川田元幸の行方が分からなくなって、西野ナツキが行方を知っていると調べられるんだ?

 いや、それが調べられるのなら、もうすでに紗雪の父は川田元幸の居場所は知っていてもおかしくないじゃないか。


 けど、なら何故、紗雪にそれを知らせない?

 知らせられない理由がある? それは何だ?


 一番最悪な想像が頭を過る。

 記憶を失っている、ぼくが実は川田元幸を……。


 しかし、それでも疑問は残るし、何故このような状態に陥ったのかの説明にならない。

 確かな動かぬ事実が必要だった。


 そうする為には、紗雪の父と会って話をする必要があった。

 現状、最も情報を持っているのは間違いなく彼だから。

 紗雪の話を聞いて、ぼくがどう動くべきか決まった。


 目を開けて、顔を傾けると紗雪がこちらに歩いてくる姿が見えた。

 やや幼さの残った顔立ち。

 少女そのものな声。

 学生が背伸びして着たようなスーツ。


 ふと、他愛の無い感想が浮かんだ。

 ぼくは川田元幸を決して好きになれない。

 少なくとも紗雪の話を聞いた上では。

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