2013年【西野ナツキ】31 その決断を私ではどうすることもできない。
父は私の手を取って車に押し込みました。
兄は視線で私たちを追うことさえしてくれませんでした。
私は何度も兄の名前を呼びました。
ほんの一瞬でも視線が重なれば、私の想いは兄に届く。
真剣に、私はそう思っていました。
しかし、車が走り出すその瞬間まで、兄は石膏のように白い顔で、その場に立ち尽くすだけでした。
仕事を終えて、私はすぐに兄へ連絡を入れました。
父が軽蔑した眼差しを私に向けましたが、私はそれ以上の怒りの視線で応えました。
それほど真っ直ぐに父と向かい合ったのは後にも先にも、その時だけでした。
兄は私からのメールにも電話にも、応えてくれませんでした。
私は兄の学校前で待ち伏せて彼と会い、話し合いの場を設けました。
どういう形であれ、私は自分の口から父のこと、力のことを説明したかったんです。
あくまで父が認めているのは私ではなく、私の死者が見える力だ、と。
私は真剣に言葉を紡ぎました。
兄に分かって欲しい、その一点だけを願って口を動かしました。
けれど、私が話をしている間、兄の表情は時間が止まってしまったかのように微動だにしませんでした。
兄はもう決めてしまっていたのです。
その決断を私ではどうすることもできないと、気づいてしまってからは言葉を続けられなくなってしまいました。
もどかしさと悲しさから私は兄の前で泣きました。
そうすれば以前のように兄が私に同情して、優しい言葉をかけてくれる。
心のどこかで私はそう期待していたのかも知れません。
しかし、
「何にしてもさ、アイツにとって貴女は、どうでもいい訳じゃないんだよ」
そう言うと兄は下を向いて嗚咽を漏らす私を置いて、その場を後にしました。
私と兄の関係は、そのようにして終わりました。
その後の兄の動向は父の秘書から聞きました。
高校を卒業したこと。
進学せず仕事に就いたこと。
全て具体性のない曖昧な情報でしたが、私にとっては丁度良い距離感でした。
そして、つい二ヶ月ほど前に仕事を辞めたこと。
更に行方が分からなくなったことを二週間と少し前に知りました。
私は父を頼り、西野ナツキさんが兄の行方を知っていると言われて、今ここにいます。
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