2013年【西野ナツキ】30 「お前は甘い。ただ弱く、愚かだ」
父の仕事を手伝うという名目で私はキンモク荘を離れました。
最後まで鶴子さんは私を心配してくれましたが、憑いた彼女のお父さんは私に敵意を向けたままでした。
私はある地方都市で一人暮らしをはじめました。
中学校に通い、父の秘書に連れられて時折、名も知らぬ人物に会い、死者を見たり会ったり、会わせたりしました。
忙しい日々でしたが、余計なことは考えなくて良いので有難かったです。
そんな日々に亀裂が入ったのは八月、夏休みに入った時でした。
父の秘書との会話で、腹違いの兄が父に会いに来ていたことを知ったんです。
兄の存在を知った私は、忙しい日常の中で彼に対する無条件な信頼を抱えるようになりました。
ただ血が繋がっていて、あの歪んだ父を持つ。
それだけのことで兄は私のことを理解してくれると思ったんです。
それは殆ど押し付けに近い感情です。
しかし、母を亡くし、鶴子さんから離れた私には、そのような相手が必要でした。
私は父の秘書から兄の名前と住所を聞くと彼に会いに行きました。
兄は私よりも二歳年上で、当時の彼は高校二年生で、私が中学三年生。
時期は夏の終わり、丁度衣替えをした頃でした。
突然、訪ねてきた私を兄は邪険に扱うことなく、迎えてくれました。
兄は三日間、父と共に過ごしたそうでしたが、その経験はあまり良いものではなかったのは、すぐに分かりました。
私たちは兄妹だと言う自覚もなく、何度も会いました。
共通の厄介な父が居る、というのも大きな理由だったと思いますが、根も葉もない言い方をすればお互いに寂しかったのでしょう。
誰でも良いから自分の話を聞いてほしい、そして僅かでも同情してくれれば、それで私たちは満たされました。
父に兄は
「お前は甘い。ただ弱く、愚かだ」
と言われたそうです。
兄は優しく、脆い人でした。
父の言葉を真正面から受け止めて傷ついていました。
そんな兄を優しく包むように抱きしめて、私は耳元で彼を甘やかすようなことを言いました。
私も母の死やキンモク荘での話をしました。
意図的に死者が見える話はしませんでした。
私はただ兄に優しく同情してもらえれば、それで良かったんです。
兄は私が思う以上に深く、私に同情し甘やかしてくれました。
しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。
父が私と兄の前に現れたんです。
それは父の嫌がらせの類ではなく、純粋な私のミスでした。
兄の関係に拘泥するあまり、父からの仕事を疎かにしてしまっていたんです。
元幸ぃー、と父が兄を呼びました。
兄が視線を落として委縮するのが分かりました。
「お前、俺があてがった女は抱かねぇっつて、いい人ぶっておいて血の繋がった妹は抱くのかよ?」
あてがった?
私は話が見えず、父と兄を交互に見ました。
父は更に続けましす。
「いい人ってのは、どうでもいい人の意味で用いられるんだ。元幸、お前は甘く、弱く、愚かだ。そうすることで、いい人でいたいんだろ? 紗雪はそんなお前が、手ぇ出して良い女じゃねーぞ」
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