2013年【西野ナツキ】29 自分の力によって他人を不幸にする経験。

 それが自分の力によって他人を不幸にした初めての経験でした。


 同時に、初めて他人に故意に傷つけられる経験にもなりました。

 由香里さんは私のよくない噂を流しました。


 いわく、井原紗雪は悪魔憑きだ、と。

 彼女が旅館に居たせいで、身元不明の男性が自殺したのだ、と。


 客観的に見れば、由香里さんは感心するほど鮮やかに全ての責任を私に押し付けていきました。

 そうして私につけられた名前は、「屋根裏の悪魔憑き」でした。


 どうして屋根裏かと言うと、鶴子さんが学生時代に持っていた本が屋根裏に片付けられていて、私は休日には必ずそこへ行って一日本を読んで過ごしたり、昼寝をしたりしていたんです。


 キンモク荘は男性の死と、それを引き寄せた屋根裏の悪魔憑きの私によって、評判を落としていきました。

 従業員の方々の私を見る目も変わっていました。

 そんな中、唯一変わらず接してくれたのが鶴子さんでした。


 しかし、鶴子さんが良くても周りは私を許してくれません。

 キンモク荘は鶴子さんの亡くなったお父さんが始めた旅館でした。

 そのお父さんは鶴子さんに憑いていました。


 ふとした瞬間、死者である鶴子さんのお父さんは私の前に現れて、私を罵倒しました。

 お前のせいで旅館は滅茶苦茶だ。

 鶴子の邪魔をするな、出て行け、と。


 私は鶴子さんのお父さんの言う通り、キンモク荘を出ていくべきなのだと思いました。

 中学二年の冬の終わりのことでした。

 私は父に連絡をしました。


 事情を聞いた父は電話口で言いました。

『俺は澄子のお願いの通りに手配をした。もう、俺がどうこうする義理はない』


「母のお願い?」


 今、考えれば、あの父が善意で私を鶴子さんのもとへ住めるよう手配する訳がありませんでした。

 そこには母の心遣いがあったんです。


 父は何でもないことのように言います。

『澄子のお願いは、紗雪が不自由なく暮らせる場所の提供、そして成人まで紗雪の力の利用の禁止、だ』


「私の力の利用の禁止?」


『そうだ。お前のような力は個人の手に負えるもんじゃないからな。俺のような社会的に地位があって、金のある人間が使ってこそ、ようやくバランスが取れるんだよ』


 迷いはありませんでした。


「なら、今から私の力を使ってください。その代わり、一人で生活できる環境を保障してください」


 電話向こうの父の表情を私は窺い知ることはできません。

 しかし、今なら容易に想像できます。

 彼は間違いなく嗤っていました。

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