2013年【西野ナツキ】16 言わば、魔法使い。

「なに? お兄様が危ない状態にいるかも、って? それは有り得ないわね。だって、チャンさんが大丈夫だって言ったんだから」


「チャン?」


 かの子が何故か誇らしげな笑みを浮かべる。


「チャンさんは凄いのよ。何でも思い通りに動かすことができる、そーね。言わば、魔法使いってやつね」


「魔法使い?」


「チャンさんがあたしたちの味方にいるんだから、何があっても大丈夫なのよ」


 断言する物言いに気味の悪さを覚えた。


「大丈夫って、どーいうこと?」


「あたしたちが好きに生きても大丈夫ってこと」


 言った瞬間、かの子は確かに有を見た。

 欲しいものは何でも手に入れようとする。

 十歳の子供であれば、当たり前の振る舞いが家や環境によって確かな不気味さを帯びて見えた。


 ぼくは意識的に前へ進み、有の前に立った。

 かの子の視線がぼくに移った。

 そこには明確な敵意が含まれていた。


「じゃあ、かの子ちゃんのお兄さんも好きに生きているんだね」


「当然じゃない」


「なら、あいさつ回りも好きに生きる為の一環なの?」


「その通りよ。お兄様は前から、あいさつ回りをしたいって言っていたわ。多分、四年前のことがあったからでしょうね」


「四年前?」

 と問うぼくに対し、かの子は平然と答える。


「あたしは小さかったから、あんまり覚えてないけど四年前に戦争があったそうよ。その時、お兄様は活躍できなかったことが心残りなの」


「戦争?」


 物騒な単語にぼくが繰り返すと、予想外の方から返答が返ってきた。


「やくざの組同士の抗争だよ。巖田屋会と外からきた無双組の、ね」


「山本さん、詳しいんですか?」


 有が不思議そうに山本に尋ねた。

 山本は写真のチェックを続けながら口を開いた。


「岩田屋町に住んでいる人なら大抵、知っているんじゃないかな? テレビや新聞でも報道があったしね」


「なるほど」と有が頷いた。


 ぼくは話を元に戻すべく続ける。


「それで、かの子ちゃんのお父さんの組は巖田屋会と外からきた無双組、どちらに属しているの?」


 かの子がまだ膨らんでいない胸を張った。

「無双組よ」


 巖田屋会じゃないのか。

 ということは、と浮かんだ疑問を口にした。

「かの子のお兄ちゃんのあいさつ回りは県外なの?」


「そうよ。無双組は全国規模の指定暴力団なんだから、知ってるでしょ?」


 かの子の知っていて当然という顔を見て、ぼくは知らないはずの無双組の情報が頭に流れ込んできた。

 記憶を失ったと言っても知識を失った訳ではない。

 何かきっかけさえあれば、知識はぼくの手元に戻ってくる。


 無双組はかの子の言う通り、全国規模の指定暴力団だ。

 現在、岩田屋町付近に組を構えている無双組は田宮組以外にも加藤組、シャイニー組。

 組織の内情に関しては不明。


 まるで実感の沸かない情報だけが頭に浮かんできても、それが過去のぼくにとってどれほど価値があるものだったのか、計り知れる訳ではなかった。

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