2013年【西野ナツキ】17 触れたことがないこわい場所。

「いやぁ、かの子ちゃん。良いと思うよ。将来、それなりの美人に育つよ、大丈夫大丈夫。今から唾つけといて問題ないって」


 と山本義男はかの子が帰った後の病室で言った。

 全国規模の指定暴力団の、下部組織の組長の娘だと知っても山本は普段と変わらぬ軽い口調だった。

 有は困った表情で首を振った。


「もしかして、有くん。かの子ちゃんに何かされた?」


 ぼくが尋ねると、有が青くなっていくのが分かった。

 そんな有を見て山本も只事ではないと思ったのか、座っていたパイプ椅子から身を乗り出す。


「有?」


 有は僅かな躊躇を見せた後に口を開いた。

「あの子に公園の隅に連れて行かれて、スカートをめくらされたんだ」


「おぉ」

 山本がよく分からない感嘆の声をあげる。


「それで、パンツを脱がれて、触ってって言われて……。嫌やったんやけど、恋人になるんやからって無理矢理、股のしわの部分に僕の手を持っていって……」

 有は目を瞑って、何かを吐き出すように続ける。

「僕の耳元でいいわよいいわよ、言うて。何ていうんやろ、よぉ分からないけれど、本当にばかなことをしているような気がして」


 有は以前関西に住んでいた為、感情が高ぶると時折関西弁が混ざった。

 山本が立ち上がって有の頭を撫でる。


「忘れて良いよ。今は綺麗に忘れなさい」


 有は俯いたまま、山本のお腹の部分に顔を埋めて小さく頷いた。

「わからへん、わからへんけど、なんか、してはいけへんこと、した気がして……」


 確かに同級生の女の子に突然スカートをめくられ、パンツを脱がれて、触れたことがないような場所に手をあてがわれれば戸惑うし、こわいと感じても仕方がなかった。


 有は山本の勧めでベッドにもぐると、人口呼吸器をつけた。

 山本が機器のスイッチを入れて、有に向かって笑った。

 有が頭を僅かに上下させて目を瞑った。


 空野有は病気の関係で眠ると呼吸が止まってしまう、らしい。

 その為に昼寝をする際も人工呼吸器が必要だった。人工呼吸器の低い控えめな稼働音が病室を満たしたのを確認してから、ぼくは電気を消した。

 山本が窓際の自分のベッドの枕元にあるスタンドを点けた。パイプ椅子をベッドの横に置いた。


「それで、ナツキくんの方はどうだい?」


 言いながら、山本はベッドの下からウィスキーの瓶を取り出し、備え付けの冷蔵庫の上に置いていた二つのグラスに注いだ。

 黄金色のウィスキーが入ったグラスを山本はぼくの方へ差し出した。


 礼を言いながらグラスを受け取り、パイプ椅子に座った。

 ベッドの上に胡坐をかいた山本がグラスをぼくの方へ傾けたので、それに応えた。


 ウィスキーを舌に馴染ませるように飲んだ。

 舌の上でアルコールが痺れるように残るのを少し心地良く感じながら、ぼくは今日あったことについて語った。


 昼に出会った久我朱美のこと、二週間前から行方不明になった川島疾風のこと。

 紗雪の力については語らなかった。あくまで朱美が疾風を探している、そういう風に話した。

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