2013年【西野ナツキ】14 ぼくのことを知ってるの?

「思い出す限り『悲しみよ こんにちは』は十七歳の女の子の話だよね?」


「そうですね」


「じゃあ、有くんが十七歳の時にサガンの話が手紙であるのかも知れないね。お父さんの本棚にサガンがあった訳だし」


「それなんですよね」

 と有が困ったような笑みを浮かべた。

「サガンが『悲しみよ こんにちは』を書いたのが十八歳だったんです。だから、多分十七歳か十八歳の頃に、そういう話を手紙にしているはずなんです。先取りしちゃったなぁって今、後悔してます」


「十歳とは思えない物言いだなぁ」


 素直な感想だった。


「そうですか?」

 と有がぼくを見た。


 言ってみて、ぼくは十歳の正しい成熟具合に考えがある訳ではなかった。

 有のような十歳が居ても良いのだろう。

 毎日ベッドの上で一人で過ごさなければならないのだから。

 普通とズレるのは、むしろ当然なことだった。


「じゃあ、かの子ちゃんっ! スカートの端を摘まんで、ちょっと上げてみようかぁ!」


 カメラを構える山本とベッドの上でポーズを取るかの子に対し有は背を向けたので、ぼくは彼らに向かって口を開いた。


「山本さん。それ以上は、マジで犯罪ですよ」


「ん? やぁ、ナツキくん。いや、これは芸術と言ってだね!」


「そんなこと言って、看護婦さんに回し蹴りされたのを忘れたんですか」


「むしろ、望むところだねっ」


「小学生女子に、それを望まないで下さい」


 言って、山本の手にしたカメラを下へ向けさせる。

 そんな仕草を見て、かの子がやや怒りの籠った目でぼくを見た。


「ちょっと、止めにくるのが遅いんじゃないの?」


「いや、えっと。かの子ちゃんも、嫌なら嫌って言わなきゃ駄目ですよ?」


「嫌? そんな訳ないじゃないのよ。あたしの美貌を後世に残したいって言うんだから」


 かの子の言葉に山本を睨むが、彼はわざとらしく顔をそむけて撮った写真の確認をはじめた。

 ぼくはため息を漏らしたが、かの子は怒り足りないのか、ベッドを下りてスリッパを引っ掛けると近づいてきた。


「だいたい、さっきの公園でも、そーよ。あれくらいの距離のゴミ箱には缶を入れなさいよっ!」


 昼の公園のベンチに座っていたのが、ぼくだとかの子は気づいていたようだ。

 それもそうか。

 服装は昼から変わっていない。


「すみません、怪我をした後なもので」


「なに? また喧嘩をした訳? お兄様のパシリなんだから、もう少し鍛えなさいよ、この役立たず」


 ん?

 かの子の言葉に聞き逃せない台詞があった。


「ちょっと、聞いているの? ねぇって?」


「聞いてる。けど、ちょっと待って。え? かの子ちゃん、ぼくのことを知ってるの?」


 かの子は訳が分からないという顔で言う。


「知ってるも何も、お兄様のパシリでしょ? 何度か家にも来たじゃない? 忘れたの?」


 忘れてるんだよ。


 声が震えるのを我慢して、慎重に口を開く。

「ねぇ、かの子ちゃん。ぼくは君のお兄さんのパシリだったの?」


「そうでしょ。あたしのお兄様はいずれ家業を継ぐ、立派な人だからね。あんたみたいなのを何人も引き連れてたじゃない」


「かの子ちゃんの家の家業って?」


「え? 知ってるでしょ? やくざよ!」


 ぼくの口もとが変な方向に曲がり、有が素っ頓狂な声をあげた。

 あぁ良かった。

 空き缶をゴミ箱から外して本当に良かった。


 有をやくざの娘の恋人にするところだった。

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