2013年【西野ナツキ】13 『悲しみよ こんにちは』
「おかえりなさい、ナツキさん」
同室の少年、空野有が困惑気味な感情を残しつつ笑った。
「ただいま、有くん。山本さん、またやっているの?」
「ええ、そうです。僕からすると助かりましたけど」
「昼、熱烈にアプローチを受けていたじゃないか」
「困りました」
言って、有は本当に困ったように眉を寄せた。
ぼくが公園で缶をゴミ箱に投げ捨てようとした時、背後にいた少年少女は有と今ベッドの上でポーズを取っているかの子だった。
「同級生なの? 友達?」
と有にかの子との関係を尋ねた。
有は正確に言葉を探すように、少し黙ってから
「同じクラスらしいです。ただ、ぼくは一度も学校に登校したことがないので、今日が初対面でした」
と言った。
「へぇ。にしては、好かれていたね」
「それは、その……。学校の担任の先生の勧めで読書感想文を書いたんです。確か、夏休みの宿題の一環だったんですけど。それで、その読書感想文が市のコンクールに出されていて、僕のが受賞したんです」
「おぉ、おめでとう」
「ありがとうございます」
と言った有は本当に嬉しそうに頬を緩めていた。
そんな歓びの表情のまま続けた。
「それで、その担任の先生が皆の前で大袈裟に僕の感想文を褒めたらしいんです。将来文学者になれるとか、なんとか」
「ふむ」
「で、田宮さんは何を思ったのか、僕が将来凄い人になるから、あたしと恋人になってって」
「飛躍したねぇ」
かの子の名字は田宮というらしい。
「本当に」
「ちなみに、有くんは読書感想文は何の本を選んだの?」
「『悲しみよ こんにちは』です」
ん? すぐにはピンと来ずに、僕は殆ど空っぽの頭の中を探しまわってみた。
「サガン?」
「そうです。フランスの作家さんですね」
「十歳の少年が読むには少し重たいというか、普通なら手に取らない小説だよね?」
確か自由奔放な父を持った少女が、父の再婚相手の教育に戸惑いつつ恋人を作る話だった。
「はい。記憶を失っていても、知識はやっぱりちゃんと残っているんですね」
「っぽいね。いつ読んだかなんてのは、まったく思い出せないけど」
「そうですか」
と有は頷いてから「僕が『悲しみよ こんにちは』を読んだのは父の影響です。父の本棚にあったんです」と言った。
「なるほど」
有の父は数年前に病気で亡くなった。
有の父は有と同じ病気を患っていて、それを案じてか彼は息子へ宛てた手紙を大量に残した、らしい。
有が母から聞いた限りで、その手紙は千通を超えていた。
そして、その手紙は毎週月曜日に「JK」という人物から送られてきた。
有のベッドの隣にある棚の引き出しには綺麗に並べられた手紙を、ぼくは何度か見かけたし、有は時間があれば慎重な手つきで手紙を開いてはそれを読んでいた。
その姿を見ると、有が亡くなった父をどれだけ慕っているのかが伺えた。
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