2013年【西野ナツキ】12 人を探す非効率な方法。

 病院前のバス停の前で紗雪が奢ってくれた冷えた缶コーヒーを飲んだ。

 本日、二本目だったが、とくに他のものが良いとは思わなかった。


「明後日にまた病室を訪ねますね」

 と紗雪は言った。


「はい。それまでに記憶が戻っていれば良いんですけどね」


「無理はしないでください」


 紗雪が僅かに笑って、ぼくは頷いた。

 道路は通勤ラッシュの渋滞によって進みが遅かった。

 少し前から背の高いバスが見えてはいるものの、赤信号に二回捕まってしまっていて、到着までまだ時間がかかりそうだった。


「紗雪さん、もしかしてなんですけど」


「はい?」


「お兄さんと会うの躊躇していませんか?」


 確信がある訳じゃなかった。

 ただ、紗雪はぼくに対して苛立ちや落胆といった感情を向けなさすぎた。


 彼女の目的は川田元幸を見つけだすことだ。

 その鍵を握るぼくは、確かに重要な存在だろう。

 けれど、人を探すのであれば、記憶を失ったぼくに頼る以外の方法は幾らだってあるはずだ。


 それこそ、ぼくの入院費や服なんかにお金を使うぐらいなら他の方法を試すべきではないだろうか。

 情報を探る方法は幾らだってある。


 記憶を失った人間の記憶が戻るのを待つ、なんてあまりにも非効率的すぎる。

 紗雪がぼくを真っ直ぐ見て口を開きかけた時、ぼくらの横にバスが停車し扉を開いた。

 アナウンスが聞こえ、ぼくは自然と口もとを緩めた。


「少し踏み込んだ質問をしてしまいました。すみません」


「いえ。その話は次に会った時でも、良いですか?」


「もちろん」


「ありがとうございます」


 紗雪は言うとバスへと乗り込んだ。

 その表情には、少し苦しげな影が差し込んで見えた。


 尋ねるべきではなかった。

 そう思いながら、ぼくは目が合った紗雪に向かって手を振った。

 紗雪もぎこちない動きで手を振り返してくれた。


 バスが走り出して、その背中が見えなくなるまで見送った後、ぼくは病院へと向かった。

 途中、どこか店へ入ることも考えたが、紗雪からもらったお金を使うことには躊躇があった。

 また、見知らぬ人の空間へ行くよりは二週間ほどだが、部屋を共にしている見知った同室の人たちの顔を見て安心したい気持ちもあった。


 病院へ戻って、廊下を歩いていると学生服の女の子とすれ違った。

 まだ面会時間は過ぎていないのか、と気づき廊下にある時計に目を向ける。

 十七時を少し回っていた。

 夕食の時間は十八時なので間に合ったな、と考えながら病室の扉を開けた。


「良いねぇ! 良いよぉ! かの子ちゃん、もっと顎ひいて、そーそー。最高だよっ」


 男の褒め称えるような声と共に、カメラのシャッター音が何度も響く。

 室内を確認すると、窓際の空きベッドの上に少女(かの子と言うらしい)が立たされてポーズをとり、六十代くらいの男性が一眼レフカメラで写真を撮っていた。


 それを呆然と眺めている少年が男性から五歩ほど離れた場所にいて、扉を開けたぼくと目があった。

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