2013年【西野ナツキ】09 死者は最も弱い他者。

 朱美が補足とばかりに口を開く。

「凄いのは、それだけじゃなくてね。紗雪ちゃんは『会う』死者と、それを通している他者を『会わせる』こともできるの」


「会わせる?」

 と、ぼくは朱美の言葉を単純に繰り返した。


 紗雪が朱美の説明を汲むように、口を開いた。


「私は他人を通して死者と『会う』訳ですけど、この他人と私の立場を『会う』時だけは逆転させられるんです」


「つまり、紗雪さんだけでなく、普通の人と、その守護霊的な濃い繋がりを持った死者を『会わせる』ことができるってことですか?」


「その通りです」

 と頷いてから、紗雪は誰の目も見ずに続けた。

「私の力を知った人は亡くなった大切な人ともう一度会う為に、私を頼ります。多くはありませんが、私はその人と死者を会わせます。

『会わせる』時、私はその人と死者の会話を知りません。生者と死者の間で、どんな邂逅があったのか私が知る限りではありませんが、死者と会った人はそれ以降、生きる力を失う例があります」


 一間、置いてから紗雪は続ける。


「死者は最も弱い他者です。口も利かず、動きもしない。そんな当たり前が崩れることは、決して良い結果を生みません」


 ぼくは内心で頷いた。

 確かに死者と会える。

 それだけのことで、今までの人類の歴史は根底から覆るほどの大事件のように思う。

 紗雪の言うような良い結果を生まないのかどうかは、今のぼくには判断がつかない。


 ただ、常識が根底から覆る感触だけは確かにあった。


「でもね、紗雪ちゃん」

と、朱美は柔らかい声で言った。

「私が、君の力をそれなりに良いと思っている理由は一つでね。『見る』のは生きている私たちで選べるけど『会う』のは死者が選んでいる、ってところだと思うんだよね」


 なるほど、とぼくは頷いた。


「それにね。『会わせる』って言っても、選んだのは生きている側な訳だよね? なら、もう自己責任だよ。紗雪ちゃんは無理矢理、生きている人と死んでいる人を会わせている訳じゃないんだから」


 紗雪はやや自虐的な笑みを浮かべた。


「そうだね。以前にも、朱美ちゃんから同じような話をしてもらったね」


「したよ。紗雪ちゃんは何でもかんでも背負おうとするんだから。しなくて良いよ、そんなこと」


「そうだね」


 言いながら、紗雪は多分また同じように悩むのだろう、とぼくは思った。

 自分だけが特異な力を持ってしまっているが故に、目の前で誰かが不幸になる度に、私がいなければ、と。


 それは一種、過剰な思想なのだと思う。

 しかし、紗雪はそれを考え続けずにはいられないのだ。

 特異な力を自分だけが持っているから。

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