2013年【西野ナツキ】05 現在、記憶喪失で家無き子です。
岩田屋町は山に囲まれた町だった。
住宅街があって、やや大き目な湖も確認できた。
人と自然が隣り合う場所。
町を見下ろし、ぼくは事細かに観察していった。
それは完成したパズルのピースの継ぎ目を辿るような作業だった。
家と家が隣り合い、公園があって、森林がある。
何処にも抜けた空白はなく、ぴったりと寄り添い合っている。
「ナツキさん」
声がして振り返ると、紗雪が立っていた。
彼女の横には見慣れない女性の姿もあった。
黒のシャツにジーパンという出で立ちで、シンプル故に女性のスタイルの良さが伺えた。
「こんにちは」
目が合うと、女性は感じよく笑って言った。
ぼくは整って間もない呼吸状態で、上手く喋れる気がせず頭を下げるだけに留めた。
そんなぼくの仕草を見て、女性は「ふむ」と頷いた。
「良いじゃない、紗雪ちゃんの彼氏。ちょっと、髪色が明るくて、目つき悪いやんちゃ系っぽいけど、紗雪ちゃんが真面目だし。相性良いんじゃない?」
実際、ぼくは金髪で、生え際の髪はやや黒色が混じりだしている。
いわゆるプリン状態のぼくは、どう言いつくろっても真面目な風貌からは遠い外見だ。
目つきも悪く、病院の廊下で見知らぬお爺ちゃんに「何、睨んでいるんだ」と注意を受けたこともある。
「違いますよ!」
紗雪がやや必死に否定の言葉を並べた。
「ちょっと訳あってナツキさんとは一緒に行動しているだけで。彼氏じゃありませんよ。ナツキさんも今、大変な時ですし」
「へぇ」
と頷く女性の笑みには隠す気のない余裕が含まれていた。
ぼくは居心地の悪いものを感じつつ、紗雪の横に立った。
「はじめまして。西野ナツキと申します。現在、記憶喪失で家無き子です。ぼくの顔に見覚えはありませんか?」
「ん? んー」
女性はぼくの顔を至近距離で覗き込んだ。
長い睫毛、大きな瞳、手入れの行き届いた艶のある髪の毛が視界に入ってきて、ぼくは少し焦った。
紗雪が慌てたように声をあげた。
「朱美さんっ! そんなに顔を近付ける必要、絶対にありませんよね!」
「あはは」
と笑って、女性はぼくから離れた。「紗雪ちゃんが慌てるのが見たくてね。ごめん、西野くん。見覚えはないや」
「そうですか」
落胆しなかったと言えば嘘だった。
病院を出て、町を歩けば記憶は戻らなくとも、手掛かりの一つくらい掴めると思っていた。
現実は甘くない。
町を歩く程度では手掛かりは得られないようだった。
まだ一人目であり、この先に顔を合わせる人から何か得られる可能性は十分にある。
しかし、期待があった分、落胆は大きかった。
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