四年に一度、世界が終わるとき

砂竹洋

世界の終わり


「ねぇ、あの話を知ってる?」


 君はある日、そんな風に僕に教えてくれた。

 よくある話。単なる都市伝説にしか聞こえないその話。


「この世界は四年に一度、終わりを迎えるんだって」


「終わり? 四年前にそんな事件無かったと思うけど」


 科学的根拠が無い上に、現実味に欠けた話だ。

 四年に一度と言うのなら、他ならぬ僕らがその事実を覚えていなければおかしい。


「それがね。一度終わって、また始まるらしいの」


「それはまた、随分ご都合主義な話だね……」


 記憶に留めておく価値もない。そんな風に適当にあしらっておく。

 君は不満そうに「本当なのにー」と口を尖らせていた。


 今日は2月29日。君と出会ってから丁度四年の月日が経過した。

 僕らは別に恋仲というわけではなく、ただ仲の良い友達程度の関係。邪推する人も沢山いるし、されてもおかしくない程に仲が良いのは二人とも理解している。


 二人だけで出掛けることなんて日常茶飯事だし、今もこうしてカフェで適当に時間を潰しているところだ。


「そろそろ出よっか」


 そう言って立ち上がる君に同調して、僕も席を立つ。そこで君は思い出した様に一言付け加えた。


「あ、前回私が奢ったから次はあんたね」


「分かってるよ。まったく、ここぞとばかりに高いもの頼むんだから……」


「言いっこなーし。恨むなら前回財布を忘れた自分を恨みなってね」


 繰り返すけど恋人ではないので、別に男の僕が奢るといった風習はない。前に遊んだときにたまたま僕が財布を忘れてしまい、「次来た時は奢る」という約束で支払いを肩代わりしたもらった事があったのだ。


 ――ちなみに、それがわざとだったと言うことには気付かれていない。

 僕はその時、この日に彼女を誘うために芝居を打ったのだ。


 確かに僕らは恋人じゃない。だけど、僕の中には確かな恋心が四年も前から芽生えていた。

 僕らが初めて出会った日──彼女が僕を助けてくれた、その日から。


 いつまでも言い出せないまま時間が経ってしまったけど、今日こそ絶対に告白しようと、前々から準備を進めていたのだ。


「で、次はどこ行こっか?」


 カフェから出てすぐ、君が僕に話しかける。今日の予定は僕に任せてと言ってあったので、当然彼女は何も考えていない。


「うん、前から行ってみたかった所があってさ。閏年うるうどしのキャンペーンとかで安くなってるから行ってみよう」


「ほほぅ、自信ありげですな~。お手並み拝見といきますか」


 そう言って悪戯っぽく笑う君の笑顔に、どうしようもなく惹き付けられる。思わず抱き締めたくなるけど、それはまだ我慢だ。

 今はまだ友達だから。友達はそんなことはしない。


 僕が彼女を連れていった先は、二駅ほど先にある大型水族館だった。交通の便も良く、映画館やショッピングモールも併設されているためにデートスポットとして人気の場所である。

 その情報はネットで知ったことだし、普段は恋愛には無頓着な振りをしているのでそれだけで今日の目的がバレる事はない──と思う。


「わー! おっきいところだねー! こんなとこ知ってたんだ!」


 ──よし、この反応は知らないって事だな。

 僕は見えないようにガッツポーズをとった。


「ネットで騒がれてるのを見てさ。なかなか面白そうだと思ってたんだよ」


「えー、でも意外だねー。こんないかにもデートスポットっぽい所、嫌いだと思ってたよ」


 ──ギクッ。


「珍しく『自分で決めた場所に行く』なんて言い出すから最初からちょっと怪しかったけど、まさか本当にデートだったり……」


──ギクギクッ!


「……え? なにその反応……ウソでしょ?」


 鋭すぎる。それでも僕がデートに誘うなんて流石に無いと思われていたのだろう。驚きを隠せない様子でこっちを見ている。


「いやいや、そんなわけないって! 何言い出してんのさ!」


 こんな形でバレるわけにはいかない。僕は何とか平静を装い、笑って誤魔化した。誤魔化せているのかは分からないけど。


「あ、そうだよねー! ごめんごめん! あはははは……」


 彼女も笑って流してくれた。これが気付いた上で流されてくれたのか、本当に誤魔化せたのかは分からないけど──おそらく前者だろう。


「とにかく、まずは入ろう!」


 これ以上この空気に耐えられなかったので、半ば無理やりに彼女の手を引いて水族館の中に入っていった。


 その後は若干変な空気になりながらも、一応は水族館をしっかり楽しんだ。

 僕がいつもの空気に戻そうと必死になってふざけていたから、幸か不幸かデートには全く見えない内容だったと思う。


 そんな風に僕が全力でふざけている内に、いつの間にかいつもの調子は戻っていた。

 後半はチンアナゴを見て下ネタを言い合える程度には回復していたので、結果オーライだと言えるだろう。


「あー楽しかった! 次はどうする? すぐそこに映画館もあることだしー?」


「もちろん、映画も見ましょうか」


「やたー!」


 そんな会話をしながら、僕らはそのまま映画館へハシゴする。なんだかんだちゃんと楽しんでくれて本当に良かった。

 映画館の前で、ポスターを見ながら何を見ようか悩んでいると、彼女がとあるポスターの前で立ち止まった。


「あ、これ見てみようよ!」


「どれどれ……『終末の四年間』? 聞いたこと無いなぁ」


「カフェで話したじゃない。この世界は四年に一度終わりを迎えるって話」


「え、なにそれ映画の話だったの?」


「違うってばー。それを題材にした映画なんでしょ?」


「どっちみち眉唾物だよね……」


 卵が先か鶏が先かなんて論ずる意味もない。映画の題材になる程度の、おふざけの噂話だったって事だ。


「まーいーや。とにかくこれ見よ! 面白そう!」


「まぁ、変な噂話でも映画なら面白そうかな……」


 ムードもへったくれも無いけど。ここで僕が急に恋愛映画を見ようなんてせっかく引き戻した空気が台無しだ。


 僕が受付で二人分のチケットを買っていると、その隙に彼女がポップコーンと飲み物を二人分買っておいてくれた。


「流石にちょっと奢らせ過ぎちゃったし、これは私の奢りで」


 との事だ。そこで断るのもやはり不自然なので、大人しく受け取っておく。

 程なくして案内が始まったので、席についてそのまま謎の映画を鑑賞した。


 内容は、はっきり言ってB級だった。閏年の2月29日は地球のエネルギーが集中する日であるとか、そのエネルギーが神の様な存在を作り出すとか、そんな話。

 やはり残念な噂話は映画にしても残念なものにしかならなかったようだ。


「あははー流石にアレは私も楽しめなかったかな……」


「そこは一致するんだね。じゃあこの後、晩飯でも食べながら愚痴り大会でも開こうか」


 とか言いながら、これも最初から決めていたプランだった。この場所には当然というべきか、デートスポットらしいお洒落なレストランがあるのだ。


 が、しかし。何事も計画通りにはいかないらしい。


「いや、あんなシャレオツな場所じゃ落ち着けないでしょ。あっちのハンバーガー屋でいいよ」


 と、まさかのダメ出しを食らってしまった。

 そうしてムードゼロの映画の愚痴を、ムードゼロのバーガーショップで語らう羽目になった。まぁ、気を張らなくていい分僕も楽しめたのだけど。


 楽しい時間が経つのは早いと言うが、あっという間に夜も遅い時間になっていた。


「もう遅いし、帰ろっか」


「そ、そうだね」


 彼女の言葉に従い、店を出る。いつも通りの、解散の号令。

 しかし僕にとっては、それが開戦の合図の様だった。 

 後は駅まで一緒に行って、そこで告白する。

 それが僕のプランだったから。


 最寄り駅までの道すがら、作戦を考える。

 今は敢えて黙っていた方がいいのか。

 逆に何かムードが上がるような発言をすればいいのか。

 普段の空気のままサプライズ的に告白した方が上手くいくのか。


 そんな思考がぐるぐると頭の中で回り続けるも、答えが出る事は無くそのまま最寄り駅へと到着してしまった。


「ここからだと乗る路線違ったよね。じゃあこの辺で――」


 ――まずい。

 さっさと帰ってしまいそうな彼女を見て、思わず僕は彼女の手を握っていた。


「えっと……どうしたの?」


 困惑する彼女に対して、それ以上に困惑している僕。

 もっと色々シミュレーションしておけばよかった、と後悔の念ばかりが浮かぶ。

 

「手、痛いよ。離してくれない?」


 彼女が遠慮がちに僕に言った。

 その言葉に従って、手を離す。

 そのまま押し黙ってしまう僕に対し、彼女が再度声をかけてくれる。


「ねえ。もしかして、私に言いたい事があるんじゃない?」


「あ……」


 ――ここだ。

 ここで言わなきゃ、もう二度と機会なんて訪れない。

 僕は勇気を振り絞って、言葉を紡ぐ。


「あのさ――今日、すごく楽しかったんだ」


「うん」


「今日だけじゃなく、その前からずっと楽しくて――」


「うん」


「4年前の今日、出会ったころからずっと……ずっと君の事が――」


 ……


 そこから先の言葉は、僕の口からは出なかった。


 僕の体は後方から突如到来した熱の塊を受けて、灰になってしまったから。


 僕には見えなかったけど、その後彼女にもこの熱は届いて、そして彼女を灰にしてしまったのだろう。


 ああ、こんな事なら。


 ――こんな事なら、もっと早く言っておけばよかった。




 …………




「はぁ、またやり直しか」


 目の前に広がる光景を見ながら、はため息をつく。目の前には荒れ果てた大地と死体の山。

 僕がそうしたのだから、この光景自体に文句があるわけじゃない。

 上手くいかない現実に――上手く動かないに対して憤りを覚えているのだ。


「まぁいいや。次は上手くやってくれよ。『僕の駒』」


 盤面を再構築する。構築されるのは――四年前の光景。

 彼女と出会った頃から、また全てをやり直す。


 今度は少し出会い方を変えてみるか。

 今回は折角滅亡に関するヒントまで与えたのに、肝心の僕が信じないのなら意味が無い。


 ――何度やり直してでも、絶対に成功させる。


 これは、僕による僕のための物語。

 彼女に出会ってから、四年後に地球が滅亡するまでの――やり直しの物語。

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